4、作戦『変装』

「サイズ感は問題ないな」

「いや……あの……フェスタさん?」


 フェスタは舎弟たちが旅籠から持ち出した必要最低限の荷物から旅支度を整えていた。

 そんな中、不満気? な表情を浮かべるルナ。


「なんだルナ、今はありものしかないから、あまり贅沢は言うなよ」


 ナイフにランプ、路銀、食料、そして、衣類。

 他にも生活必需品はあるが、あくまでも必要最低限。その他、かさばる物品は道中で荷馬車と一緒に購入する予定だ。


「あの、いえ、贅沢……贅沢なのかな……」

「殿下、大変お似合いです。恥じることはございません」

「そういう問題ではないんですよ!」


 珍しく声を荒げるルナは装いを新たに――『町娘の服』に着せ替えられていた。


「アストレアから貰った自分の私服だが、よく似合ってるぞ」


 帝都から逃げ出す上で、皇太子であるルナと副長のアルターは顔や身分を隠さなければならないのは至極当然。ゆえに、北蠍の双爪の旅籠から持ち出した衣類の中からルナの体格にあったモノを選ぶとなると、唯一年齢が近いフェスタの服(箪笥の肥やし)しかなかったのだ。


 かく言うフェスタは、普段着使いの魔女っぽいローブの下にシャツとベストそしてハーフパンツ姿。

 ルナに渡されたのはブラウスにショートジャケットを羽織り、下はお淑やかなふんわりスカート。この場にサフィールがいたら爆発四散しながら吐血と共に賛辞の言葉を垂れ流していたことだろう。


「もっとボロ着の方が逃げ惑う民衆に紛れるとは思うが、今日は上等な服を着た連中も多いし、適当に汚しとけば帝都を出るには十分だろう」

「問題はそこではなくて……フェスタさんが今着てる方を貸してくださいよ」

「自分の脱ぎたてが着たいと言うか、中々、面白い趣味をしているな」

「そうではなくてですね!」

「ああー、分かっている冗談だ。お前に女物の服を着せているのには、ちゃんと合理的な理由もある。何も面白いからってだけじゃない」

「面白がってるのもあるんじゃないですか」

「まあ聞け。いくら自分が幻想魔術で身を隠しながら移動が出来るとは言え、休息クールタイムが必要な以上は、絶対に人と会うのは避けられない。というか宿や店を利用する以上は必須だ」

「まぁ、そうですね」

「普通の格好をしていても、お前のその特徴的な銀髪は目立つ」


 フェスタは荷物から服に合う黒の帽子キャスケットをルナに被せながら続ける。


「だが、民衆は『皇太子』を男子だと認識している」

「それは、皇太子だからでしょう」


 言うまでも無いことだが、皇帝の息子が皇太子、娘が皇女と呼ばれている。


「そこでだ、多少目立つ髪だったとしても、女子の格好をしていれば誰もお前を皇太子本人だとは思わないということだ」

「はぁ……アルター、貴方はどう思いますか?」

「え、私ですか?」

「貴方、さっきから私は関係ありませんみたいにしていますけど、僕らの問題なんですからね」


 先の話し合いで決定した、帝都撤退作戦において、バルク隊、イオ隊、そしてフェスタ隊に分かれることとなり、最も敵から狙われることが予想されているルナとアルターは必然的に逃げのスペシャリスト、フェスタの隊と共に逃げることになる。

 というか既に、バルクとイオたちは出立していて、ぐだぐだ残ってるのはフェスタたちを残すのみだ。


「こういうとき奇数人は便利だな。最後の一票だ。自分を脱がせるか、ルナを脱がせるかお前が決めろアルター」

「そういう話だったか!?」


 それだとどっちも脱いでいて意味がない。

 ちなみに、アルターの騎士団の制服も当然目立つので、舎弟が持ち出していたソルの服を(勝手に)借り受けている。

 やや胸が窮屈なこと以外は、動きやすいパンツルックの傭兵スタイルで特に不満はなさそうだ。

 それもあってか、ルナからはやや非難の目を向けられている。


「私は、正直、とても似合っておいでだと思います。それにフェスタの意見も一理あると思うので、ここは腹を括っていただきたいです」

「アルター!?」


 信頼していたモノにまたも裏切られたルナは瞳に涙を浮かべ悲しみにくれる。

 アルターもフェスタの言い分に納得しているし、何より、恥らうルナの愛らしさに負けている。


「結論が出たな」

「…………ああもう! わかりましたよ! 仕方ないですよね、僕は可愛いですから!」


 これ以上だだを捏ねてもどうにもならないので、ルナは観念すると言うより、潔くふっきれたようだ。


「お労しや殿下」


 アルターは共犯の癖に白々しく顔を伏せる。何笑ってんだ。


「そうだルナ」


 もはや天を仰いでいるルナとアルターを見て、もう出立しようというタイミングでフェスタは思い出したように話す。


「これ以上、僕にどんな辱めを?」

「自分をなんだと思ってるんだ」


 出会って間もないのに、こうも信頼を失えるものだろうか。

 状況が状況でなければ不敬罪で即牢屋行きのフェスタだろうが、流石に、無闇矢鱈に他人を傷つけることはないだろう。おそらく。


「自分自身に能力を使うことは出来るか?」

「え、『天使の一矢カウス・ルーナ』のことですか? まあ……可能ですけど」


 対象の外傷を治療する能力『天使の一矢カウス・ルーナ』。

 彼自身がまだ幼いということもあり、完全に能力を掌握しているわけではないが、よほど重傷でもない限りは細胞の自然治癒作用を活性化させ下手な傷薬よりも早く傷を治すことが出来る。

 それを自分に対して使えるかどうか、という問いの意図が分からないとルナは不思議そうな表情を浮かべる。


「首、虫に噛まれた程度だが出血してる。治しておけ」


 ルナの着替えの際に、首の側面によく『見たら分かる』程度の僅かな虫に噛まれた痕のような穿孔から出血していたのを見ていたフェスタはなんでもない風を装いながら治療を勧める。

 『蛇なんかおらんかったやろ』とラヴィの容態が急変した際に、ソルが発した言葉……そして、ラヴィが言い残した毒のこと。それがフェスタの脳裏を過った。とても蛇の咬傷には見えないが、念のためだ。


「僕の能力は一日に三回までの使用上限があるんです。こんな事態ですし無駄ちは控えておきたいのですが」


 大抵の能力は無制限に使えるわけではない、ソルの『二律背反アンビヴァレンツ』のように代価コストを払うタイプ、シンの『七玉昴結プレアデス』ように発動の際に特定の行動や条件が必要なタイプ、そして、ルナの一定期間の使用回数に上限があるタイプなど。


「こんな事態だからこそ、ちょっとの怪我を放置しておくな」


 フェスタの言葉は、先ほどまで通りの横柄な態度だが真剣だ。


「わ、分かりました」


 フェスタの様子を不自然に感じながらも、何かを真摯に心配してくれていることを感じ取ったルナは自分の首に手を当て、サフィールに施したように能力を使用する。


「では、準備も整ったことだ、そろそろ出立するぞ」

「我々は東部、ネクタリス領へと向かうのだったな」


 帝都がある帝国中央のレグルス領の東に面しているのが、ネクタリス領。先ほどルナとフェスタの会話で少し話題に上がった、独自の文化が発展した国内の領土にありながら異国情緒漂う地方だ。

 ちなみにバルクたちは南西部、イオたちは南部へと向かっている手はずになっている。


「そうだ、まずは領境の関所まで向かうことになる。帝都を抜けるまで気を抜くなよ」


 空き家を出る直前、ルナは一人深呼吸をしている。


「どうした、体調が優れないか?」


 その様子を見かけたフェスタが声を掛ける。


「い、いえ、初めてレグルス領を……帝都を出ることになるのが、こんな形になるなんてと、改めて思いまして」

「不安か?」

「不安しかありませんよ。でも」


 目をゆっくり開く。その先にはフェスタとアルター、そしてソルの舎弟たち。


「逃げたままじゃ終わりません」


 空き家から一歩、ルナは踏み出す。


「行きましょう。帝国を取り戻すための旅立ちへ」

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