5—6 一瞬で消えろ

 警報に驚き外を確認すれば、空中戦艦の上で宙に浮かぶヘットがこちらを見下していた。

 彼女は無数のリボンをひとつの束にし、それを空中戦艦のシールドに食い込ませる。


 前回の戦いとは違う一点集中型の攻撃に、シールドは長くはもたない。

 シールドに小さな穴があけば、そこから侵入したリボンは花を咲かせたように広がり、空中戦艦に絡みついた。


 鉄の軋む音が響く中で、僕の脳内には不機嫌そうなヘットの声が。


「あのさ~、あんまり無視されると~、さすがにイラッとするんだよね~」


 そう言いながら、ヘットは唇を舐め頬を歪める。


「せっかく~、ゲブラーが楽しいことしてるんだよ~。アタシたちも乗り遅れるわけにはいかないよね~。一緒に~、ワンちゃんたちで遊ぼうよ~」

「ワンちゃん?」

「ほら~、あの槍を振ってたメスのワンちゃんだよ~。ああいう活きがいいのを~、細かくバラバラにするの~。あの健康そうな四肢がさ~、バラバラ地面を転がってさ~、それを眺めながら~、ワンちゃんの血に浸ってさ~……アッハハ~、想像するだけでも濡れちゃいそ~う」


 快感に溺れるヘット。

 対して僕は、怒りに溺れた。

 痛めつけられるシェノを一瞬でも想像した僕は、なんの躊躇もなく空中戦艦の武装に魔力を送る。


「ねえヘット、僕はゲブラーに言ったんだ。シェノやメイティを傷つけるようなら、君たちマゾクには協力できないって」

「は~?」


 ヘットは訳が分からないとでも言いたげ。


――知ったことか。


 ヘットに向けられる武装は全てヘットに向け、僕は魔力を放った。

 数十の砲口からは高威力の光線が放たれ、光線は空中戦艦に絡みつくリボンを切り裂き、光の束となってヘットの体に突き刺さる。


 青い光に包まれて、ヘットは四肢を散らしながら地上に落ちていった。

 地上に落ち跳ねたヘットの頭は、それでも恍惚と笑う。


「あぁ……ああッ……んッ……ッんあぁ……はぁ……アッハ……アッハ〜! アッハハハハハ~!」


 耳をつんざくような甲高い笑い声とともに、ヘットのバラバラの体は紫の煙に。

 紫の煙はひとつに集まり、リボンの巻きつく全裸の少女を作り出す。

 再構築されたヘットは、腰を痙攣させながら紅潮した顔で僕を見つめた。


「はぁ……今のでアタシ~……はぁ……イッちゃったよ~……! やっぱり神の子さんって~、この世で唯一の~、アタシをイカせてくれる子なんだね~!」


 リボンで自らの体を撫で回し、ヘットは目を見開く。


「いい~! いいぃぃ~! もっとイカせて~! もっとアタシを壊して〜! そうだ~、もっと怒らせれば~、もっとも~っとイカせてくれるよね~! よ~し! これからワンちゃんを~、神の子さんの前で切り身にして――」


 なるほど、僕は理解したよ。

 彼女たちは元は人間だったのかもしれない。


 でも、彼女たちは自分たちで人間であることを捨てた。そして、ただのマゾクになった。

 もう彼女たちに救いはないんだ。


「ヘット、君の願いは叶えさせない。一瞬で消えろ」


 艦体を傾け、4本の主砲をヘットに向ける。

 込める魔力は、さっきの数倍。想像する光線の威力も、さっきの数十倍。

 体中から熱が抜けていき、椅子に触れる手は赤い肌に変わっていく。


 ただ、僕はマゾクになるつもりはない。

 この力は、誰かを傷つけるためのものじゃない。みんなを守るためのものなんだ。


 大量の魔力を込めて、僕は主砲を発射した。

 撃ち出された4本の巨大な光線は、笑い続けるヘットを丘ごと呑み込み、地上にもうひとつの太陽を作り出す。


 火球が消え、煙が風に吹かれると、そこに丘はなく、残っているのは大穴だけ。

 あの笑い声も、あの喘ぎも、最初から無かったかのような静寂だけが大穴を包み込んでいた。


 ヘットは跡形もなく消えたみたいだ。

 ところが、マゾクはしつこい。


「これでもまだ、マゾクは復活するんだよね」

「ええ、残念ながら。でも、あれだけの魔力で粉々に吹き飛ばしたら、復活まで数週間、数ヶ月はかかるわね」

「じゃあ、今のうちにシェノやメイティたちを助けよう!」

「にゃ~!」


 時間稼ぎができれば充分だ。

 よし、早くシェノやメイティのところに行こう。


 僕はすぐさま、高速で空を飛ぶ空中戦艦の姿を想像した。

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