4—7 真の強者の姿

 何も言い返せない僕よりも先に声を張り上げたのは、シェノだった。


「バカ言わないで! レンはマモノじゃない!」

「ああ、まさしくその通りだ。弱者にもそのくらいのことは分かるのか」


 驚いたような顔をして、ゲブラーは真実の暴露を続ける。


「マモノとは、俺たちが魔力を操作し作り出した獣に過ぎぬ存在。だが、神の子は違う。神の子とは、俺たちを凌駕する力を持った、俺たちの後継者となるべき存在なのだ」


 つまりは、マゾク――神が作り出した子供が僕ということ。だから僕は、神の子。


――違う、そんなはずはない、ありえない、僕は人間だ、マゾクでもマモノでもマゾクの子でも神の子でもない。


 ゲブラーの言う真実を否定したい気持ちなら、いくらでも出てくる。

 にもかかわらず、僕は一言の反論もできないでいる。

 その理由を見透かしたゲブラーは、うすら笑みを浮かべ、芝居掛かった口調で言った。


「気づいているのだろう。なぜお前は魔道具も詠唱もなしに魔法が使える? なぜお前は魔法を使う際、体内にうずめく熱を感じる? なぜお前は、俺たちが作り出した空中戦艦を操作することができる? なぜお前は、他人と違う?」


――神の子だから。


 これで全ての説明がつく。ついてしまう。

 認めたくないよ。自分が人間ではなくて、マゾクに作られた存在なんて、認めたくないよ。

 どうすればいいのか分からなくなった僕は、黙っていることしかできなかった。


 シェノやメイティ、騎士たちの目は、僕に対する困惑に染まっている。

 今、僕のことを完全な味方として扱っているのは、ゲブラーだけ。

 ゲブラーは小さなため息をつくと、ふとつぶやいた。


「見せてみろ」


 直後、鋭い針となったゲブラーの右手が、僕に向かって突き出される。

 僕の左腕をかすめた針は、一瞬にしてゲブラーの右手に戻った。

 戻ったと同時、どさりと何かが落ちる音が聞こえる。何かと思い音のした方向に目を向ければ、そこには地面に落ちた左腕が。


――この腕は?


 少し視線を上げると、僕の肩の先には何もなく、鮮血だけが吹き出している。

 僕は左腕を斬られた。それを認識した途端、途方もない痛みに襲われた。


「ああああっ!!」

「レン!」

「すぐに止血するのです」


 血まみれになるのも辞さず、シェノとメイティは僕に駆け寄る。


 ただ、僕はあまりの痛みに膝をつき、叫ぶのが精一杯。左腕を失う痛みは、一瞬で死ぬよりも大きな苦痛なのかもしれない。

 遠のく意識をなんとか保ち、僕は歯を食いしばった。


 そんな僕に対し、目を見開き頬を歪めるゲブラーは語りかける。


「なぜ痛みに悶える? なぜ恐怖する? お前は俺たちが作り出した、神の子だ。千切れた腕の一本を繋げ直すくらい、造作もなかろう」


 言いながら、ゲブラーは僕の左腕を拾い上げ、それを僕の左肩にかざした。

 千切れた左腕と左肩の断面が近づけば、僕は無意識のうちに左腕が繋がるイメージを浮かべ、体内の熱――魔力が動き出す。

 魔力は体を巡り、離れたはずの左腕と繋がっていく。


「そうだ、体内の魔力を全て解放しろ! 本当の姿を見せてみろ! 神の子の姿を!」


 徐々に左肩と繋がる左腕。

 ただ、千切れた左腕を繋げようと動き出した魔力は、暴走をはじめた。


 体を巡っていた魔力は体を変異させていき、左腕が元通りになる頃には、僕の姿形は人間から遠ざかる。

 格納庫に置かれた無人輸送機のガラスには、赤い肌に肉は隆起し、額からは2本のツノを生やした、異様な存在が映っていた。


 まさか、あれが今の僕?


「ほう、その姿は鬼だな。強い怒りと憎しみを抱く者の姿だ。お前、俺が見込んだ以上の逸材であるかも知れぬ」


 顎に手を当て、感心した様子のゲブラー。

 だがすぐに、彼は両腕を広げ大口を開けた。


「喜べ! それがお前の真の姿だ! 俺たちが作り出した、真の強者の姿だ! 人間をはじめとした弱者を滅ぼし、世界の理を守る、神の子の姿だ! クク、ククハハハハ!」


 狂いのある低い笑い声が艦内に響き渡る。

 シェノたちは僕から距離を置く。

 僕の心には絶望が芽生える。


 もう、僕はゲブラーの言葉を否定できないんだ。僕はマゾクに作り出された、神の子だったんだ。探し求めていた本当の親は、マゾクだったんだ。


――消えたい。


 そう思って、舌に歯を食い込ませたときのこと。優しい声が低い笑い声をかき消した。


「ゲブラー! いいえ、フェデリコ! レンくんから離れなさい!」


 優しさを保ちながらも、はじめて聞くイーシアさんの怒りの声。

 イーシアさんは警備用ドローンを引き連れ、手に持った〝鉄砲〟をゲブラーに向けていた。

 空中戦艦の怒りを向けられて、それでもゲブラーは動じない。


「ようやくの登場か、S114。お前、神の子に何も伝えていなかったのだな」

「聞こえなかったのかしら? レンくんから、離れなさい!」

「昔から変わらぬ口うるささだ。AIの設定にミスがあったか」


 まるで古くからの知り合いのような反応だ。

 この反応こそが、僕だけでなく、空中戦艦やイーシアさんまでもがマゾクによって作られた存在であるのを示唆している。


 逃げ場はなかった。いよいよ僕は、真実を受け入れざるを得なくなった。

 それなのに、シェノたちは僕を見捨てようとしない。

 イーシアさんが現れたのを合図に、シェノはアヴェルスを構え、騎士たちに指示を出す。


「みんな! レンを守って!」


 指示に従い、槍を構えた騎士たちが僕とゲブラーの間に割り込んだ。

 人間の姿から離れてしまった、鬼と化した僕を、騎士のみんなは守ろうとしてくれた。


 それがゲブラーは気に入らない。

 彼は表情を歪ませ、針に変わった右腕を伸ばす。


「弱者どもがやかましい」

「メイティ!?」


 殺意に溢れた針が向かったのは、僕でなければシェノでもなく、イーシアさんや騎士のみんなでもない。無防備なメイティだった。


 間違いない。このままではメイティはゲブラーに殺される。

 だから僕は叫んだ。


「待って!」


 叫ぶと同時に、メイティをシールドで包み込んだ。

 今の僕は姿形が人間から遠ざかるくらいに、魔力が暴走している状態なんだ。僕はマゾクに作り出された神の子なんだ。シールドは一瞬で構築され、青い炎のようなシールドがゲブラーの針を容易に弾く。

 続けて僕は言い放った。


「メイティやシェノを傷つければ、僕はゲブラーたちに協力しない」

「神の子よ、弱者を庇う気か?」


 よほど僕の言動が理解できなかったらしい。ゲブラーは目を見開き力説する。


「俺やお前は強者なのだ。強者は強者にふさわしき栄光を手にしなければならぬのだ。それが世界の正常な姿、真理なのだ。弱者なぞを庇ったところで、強者は栄光を手にすることなどできんぞ」


 ゲブラーの口調には一点の曇りもない。彼の言葉は全て、彼の信念から来るものなのだ。

 僕を見るゲブラーの目に、疑念が滲み出している。

 ただ、彼は矛を収めた。


「まあ良い。考える時間を与えてやる。1週間後、ヘットを迎えに寄越そう。それまでに自らの進む道を決めるのだな」


 人さし指を突き出し、警告するかのようなゲブラー。


 シェノはメイティを庇い、騎士たちは槍を構えたまま。

 イーシアさんですら、敵愾心を隠してはいない。

 誰にも彼にも敵として扱われ、だがゲブラーは気にしない。彼は変わらず、僕を味方と認識していた。だからこそ、彼は僕に言う。


「ともに世界の理を守る日が来るのを、楽しみにしているぞ」


 そう言って、ゲブラーの体は紫の煙となり、空中戦艦を去っていく。


 脅威が去ったおかげか、僕の魔力は落ち着きはじめ、僕の体は元の人間の姿に戻った。

 千切れたはずの左腕は少しの痛みもなく、何事もなかったかのよう。

 全てが元通り。でも、僕の心は元には戻らない。


 真実を知った僕の心は、ひどく動揺している。

 僕は、その場から立ち上がる気すら起きなかった。

 ただ地面に膝をついていれば、シェノとメイティの不安げな表情が視界に入る。


「レン!」

「……大丈夫なのです?」


 大丈夫だ、なんて嘘はつけない。

 今の僕にできるのは、視界の端に立つイーシアさんに尋ねることだけ。


「イーシアさん、ゲブラーの言っていたこと、本当なの?」


――全部ウソ、レンくんはマゾクに作られた存在なんかじゃない。レンくんの出生の秘密は、そんなものじゃない。


 僕が望む答えはそれだった。

 けれども、イーシアさんは目をそらし、たった一言だけつぶやく。


「ごめんなさい」


 その瞬間、僕は虚無の中に呑み込まれていくような感覚に襲われ、全身から力が抜けた。

 僕は人間ではなかった。僕はマゾクに作られた、マモノと同じ存在だったんだ。

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