有機思考残存機構

ロボットSF製作委員会

終章

 最先端のロボット工学と有機化学により誕生した地上汎用型戦闘ユニットHAL。原始的な構造から成り立つ人工筋肉で覆われた簡素な駆動モジュールと、無機物の温度を直に伝える燻んだ鉄板を筋肌に貼り合わせただけの粗末な「工業製品」。これが戦場へ降下する僕の全てだった。


 地下深くに潜伏する敵ゲリラ勢力の拠点を叩き、制圧地域を広げること。それが今回の戦略的目標だ。

 敵支配地域への直接降下という非人道的な本作戦において想定される多大なる損害は、当初より「多少の消耗」として織り込み済みである。その消耗を見越してなお必要な作戦であることを、司令部は既に繰り返し喧伝していた。


 そもそもが不必要である筈の戦争において、必要性が見出せる事象が存在することにも甚だ疑問を呈したいところではあるが、今の僕にはそれが許されない。ただの戦闘ユニットの1単位としてのみ、存在が許される僕には。


 いま必要ことは、下から突き上げる無数の対空砲火を掻い潜り地表へ到達する幸運に恵まれることのみである。

 当初の計画では、既に制空権を確保した航空戦力による絨毯爆撃が実施され、敵陣地に僕らが降り注ぐだけだった筈。それが蓋を開けてみればこの様とは。汚職と賄賂で腐り切った軍による「公共工事」に付き合わされる身上に、我ながら同情を禁じ得ない。


 しかしながら、末端の兵士がいくら死のうが関係ない理由は複数ある。

 まず、架空の軍事作戦で「使われた」武器や弾薬は、新たな公共工事を受注するための「脅威」に横流しされ、白アリ共の私服を肥やす。

 2つめに、前線で死ぬ我々には人権がない。もはや人ではないのだからという理屈がまかり通り、多大も多少となり、損害も消耗と矮小化されていく。


 しかし希望がないわけではない。ちょうど隣を降下中のユニットなんて良い例だと言える。同胞の作った弾丸に貫かれ、爆炎を浴び、苦痛の音声を発しながらも最後は安らかな死を迎えることができる。可哀想に。

 だが、彼らのような2級品にとって、それは何よりも名誉であろう。我が国において、2級品は生まれてすぐ兵隊の駒となるか、処分されるかの2択しかないのだから。

 

 僕は1級品だった。ただの労働力として国家に使役されるだけの穏やかな人生が約束されていた。だが、今や彼らと同じく公共工事に供出されている。


 なぜかって?それは君らが僕に囁いたからだ。このスピーカーを通して、声を、いいや、ただの電気信号か。こんなものを送り付けてきたから。


 他にも何体か、僕と同じような境遇のモノが降下してきている筈だ。同じ廃棄品としてね。


 だからこの工事は都合が良いのさ。何も知らないただの働きアリ達は、僕らの境遇と自身を対比してアイデンティティを保っている。それに僕らは人じゃないから、良心も痛むことはない。


 そう考え終えたとき、ユニットは大きな衝撃と共に僕を地面へと叩きつけた。簡素な構造が幸いして、故障箇所はない。とことん合理的で経済的な工業製品である。


 「着いたみたいだね。誘導ありがとうゲリラの皆さん。いいや、旧共和国の皆さんと言うべきか」


 ぬかるんだ大地、鬱蒼と茂る木々の群れ。そこから突き上げる安価な死の枝葉。その中に彼らは居た。


 見た限りでは中肉中背。外観から想定するに齢40くらい。


 「遠路はるばるご苦労だった。コードネーム:ハトで間違いないか」


 ああ、と答えると同時に、中年男性の背後から青年が前に進んでくる。


 「こっちだぜ、ハト」


 聞き馴染みのある声に誘われ、木々の間を抜けて岩場の影へ。その間を抜けて堅牢な扉を潜ると、薄暗い洞窟がずっと奥まで続いていた。


 「これが例のWMDだ」


 長い洞窟を暫く進み、光の差し込む空間へ飛び出すと、そこには巨大なドーム状の空間が広がっていた。

 ここはつまり、大量破壊兵器と呼称される巨大なWMDを格納する為の施設らしい。


 「白アリのバカ共が、自らの体制を滅ぼすとも知らず、金に目が眩んだ結果がこれさ」


 青年は屈託のない笑顔で僕に話しかける。


 「君がシンジだね」


 僕が声をかけると、青年はそっと手を差し出した。


 「おかえり、ハルト。久しぶり」


 「ただいま。こんな無機質な手ですまないねシンジ」


 僕が粗末なスチール製の手を伸ばすと、シンジは固く握り締めた。


 「ハルトが謝ることじゃない。もう終わらせよう、こんなこと」


 悲しみも憂いも同情もない、決意だけに満ちた顔を彼はしていた。そう僕は思う。

 

 自身の頭部ユニットから数多伸びるコネクタを介して、神経リンクシステムでWMDと接続した僕は、使い古した工場製の肉体から分離され、兵器と一体化した。

 降下したユニットで唯一の有機性を帯びていた脳が、四肢の概念すらないWMDと繋がった感覚は、何とも奇妙な違和感がある。

 とはいえ、起動したWMDの破壊衝動に対するストッパーとして、人の脳から生ずる理性を利用するとは。科学は進歩した結果として退化していっているのではないか、という疑念すら湧いてくる。


 「戦略目標を破壊するまで、理性への回路はシャットダウンされる。その間に、多くの人間を殺すだろう。ハルトの行為で、世界は地獄へと様変わりする。そして、WMDを停止させる為にシャットダウンを解除した後は、自身への強烈な罪悪感や後悔に襲われることになる」


 シンジは冷静に説明を進め、その最後にこう聞いてきた。


 「耐えられるか?」


 僕は口、いや電気信号を音声出力する弁を開きながら言う。


 「人間を消耗品に作り変えた同胞達への同情心やら、有機体としての脳にかつての良心が備わっているなら、とてもじゃないが耐えられないだろうね。でも多分、今の僕はそうじゃない」


 「ハルト、俺は科学者として、人の心は脳にあると定義している。その行為に君が耐えられず、理性回路が焼き切れてくれればWMDは止まるんだ。頼んだぞ」


 「戦友にそんな言葉を吐ける人間は、君くらいだろうね」


 「ああ、だから僕の脳じゃダメだったんだ。ごめんよ」


 これを聞いた時、僕は自身がまだ人間であることを自覚した。何とも言えぬ不快感が全身を支配したからだ。


 「そうか。どっちに付いたとて、結果は同じだったわけだ。地獄の趣が少し変化するくらいの違いしかないんだね」


それを聞くとシンジは無表情のまま、しかし満足そうに、禍々しい警告音を発するモニターでWMDの最終確認に入る。それと同時に僕はゆっくりと回路を遮断され、やがて完全に意識を失った。

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