異世界もふもふのお医者さんっ!!

花月夜れん

第1話 異世界って何?

「ライム、そのまま! 保定してて」


 押さえられている子の長い毛をかき分け、私は痛みの元を探し当てる。


「あ、あったー! もう大丈夫だよ」


 見つけたそれをピンセットで抜く。正体は植物のとげだった。抜いた場所に魔素を練り込んだ軟膏なんこうをぬり、処置は完了だ。


「ライム、いいよ。放して」


 するりと大きな獣の足からライムグリーン色の固定ロープが外れた。すぐに、長い毛の獣は立ち上がりお礼をするようにお辞儀をして跳ねていった。


「良かったね」


 私の後ろにはあの子が持ってきてくれたたくさんの薬草が置いてある。その上をライムグリーン色のぷるぷるが通過していく。それを眺めながら、私【藤村遥ふじむらはるか】は小さく笑った。


「大好きな先生、見てる? 私、先生みたいに出来てるかな」


 誰にも聞こえないくらい小さく呟いた。

 それから、心の中で呟き直す。


(――って、見えるわけないか。だって、ここは異世界だもの。うん。見せたいけど、ここから戻ることは出来ないし、やっぱりいいや。私はここで、生きていくんだもの)


「ハルカ! ナーユのとこの五男坊が熱出したって」

「カナタ、わかった。今行くね!!」


 黒い尻尾をゆらし、獣の耳をピンと立たせた男、カナタが私を呼んでいる。


(いける? もふちゃん)


 頭の中で話しかけると小さな光がふわりと飛び出す。


『はい、ハルカ。いつでもどうぞ。ただしおやつは三百円までです』

(えっと、遠足じゃないからねっ!?)


 彼女は私のスキル【もふもふのお医者さん】。彼女と一緒に私はここで先生みたいなお医者さんを目指すの――――。


 ◆


 異世界転生前――。

 そう、小学五年生だったあの頃。私は病院にいた。病気だった。

 寂しくはなかった。お父さんもお母さんも会いに来てくれるし、担当の優しいお医者さん先生、看護師さんだっている。どうしても一人のときはお父さんが買ってくれた携帯ゲーム機や携帯端末で遊んでいた。


 本当なら小学校で友達と勉強したり、遊んだりしていたんだろう。

 ゲームの世界で学校に行って友達を作り、ため息をつく。


「どうしたんだい? ため息をついて」

「先生」


 担当の山城彼方やましろかなた先生と看護師の神奈月由芽かんなづきゆめさん。

 二人の薬指には同じ指輪が光ってる。

 優しくて、大好きな先生。子どもの私は先生のお嫁さんにはなれないから、大きくなったら隣に立って一緒にお仕事できるお医者さんになりたいって思ってる。先生みたいに、皆の命を救ってあげるんだ。

 それが私の夢。


「ねぇ、先生。私、治るかな」

「勿論だよ。頑張って治そう。僕も全力で頑張るから」

「うん!」


 もちろん信じてた。


「お母さん、私ね。お医者さんになりたい。それでね、お父さんお母さんが病気になったら治してあげられるお医者さんになるの」

「ありがとう。うん、そうだね! 元気にならないとね」

「うん!」


 お母さんの目から小さな光がこぼれたのは嬉しかったからかな。私はもっといっぱい喜んで欲しくて元気よく頷いて見せた。

 だけど、私の夢は夢のままになってしまった。


 ◇


 ある夜、私は不思議な場所にいた。薄暗くて不安になる。いつもならうっすらでも見えている壁や天井、すぐそばにあるはずのベッドの手すりや掛け布団さえなくなっていて……。


「ここはどこ?」


 答えてくれる人はいなくて。


「お母さん、お父さん?」


 病院なら、看護師さんや先生がいるはずだ。ナースコールはもちろんない。

 立ってるのか座ってるのかもわからない。


「どこ……」


 恐れていた事が起こったのか。不安で自然と手を胸にあてて拳を握りしめた。


『ハイ』


 どこからともなく声がした。


「誰?」

『ワタシは誰でもありません。アナタの夢とアナタの両親の希望に惹かれてここに辿り着いた――です』

「え、何て? 今何て言ったの?」

『これからアナタは違う場所に行く事になります』

「違う場所ってどこ?」

『とても遠い場所』

「お母さんとお父さんは?」

『一緒にはいけません』


 そんなの嫌だ。叫んだけれどその言葉は風にかき消された。


「何で、……風が?」


 広い野原に一人、私は仰向けで倒れていた。


「ここ、どこ?」


 腕をついて上半身を起こす。それなりに背がある草から顔が出た。

 手や体はいつもの私だ。だけど服装が病院の入院着じゃなかった。半袖の上着の上にきらきらとした石で装飾されたマントみたいなのを羽織ってて、下はスカートと太ももまでの黒いスパッツ、あとは膝まであるブーツ?

 まるで、私がしてたゲームの世界の服みたい。

 はっと気が付きキョロキョロしてみる。


「車椅子……」


 運動ができなくて、歩くのが困難だった私は病院では車椅子に乗っていた。だけど、どう見ても病院じゃないここに都合よくあるわけがない。

 ふと、足に違和感があった。いつもなら重たいそれがとても軽く感じた。今なら動かせるような気がする。

 何年ぶりだろう。ゆっくりと曲げ伸ばしをしてみる。


「思うように動く……」


 思い切って座ったまま両足を揃え肩幅に開く。両手を前につき、カエルのようにしてお尻を持ち上げた。立てる。そう思った私はそのまますっと立ち上がった。

 視界が少し高い。全然両足に問題なさそうだ。次は歩く。


「すごい。すごいすごい!! お母さん、見て! 歩けたよ!!」


 嬉しくて、振り返って母を呼んでみたけれど返事はなかった。


「お母さん、お父さんっ!! お母さんっ!!」


 涙が自然と流れ出した。あの声の人が言ってた事が本当だったらここには私しかいない。


『ハイ、ハルカ。ここにはアナタしかきていません』


 あの声がした。

 私はえんえんと泣き続けてしまった。


「×××××、××××××!?」


 泣き続けていると、声をかけられた。けど、言ってる言葉はわからない。声がしたのは後ろから。私はゆっくりと声の方へと顔を向けた。

 そこには私と同い年くらいの男の子が立っていた。


「×××××? ××××××××!」


 なんて言っているのかわからなくて首を傾げるしかできない私を見て、男の子はふぃっと顔を背け走り出してしまった。


「ま、待って!!」


 よくわからない場所で一人でいなくてすむチャンスなのに、その子は私の言葉を聞いた後も止まらず走り去ってしまった。


「言葉が通じない……」


 日本じゃない。だって、あの男の子の髪の毛、紺色だった。目の色も青かった。何より、頭に猫や犬みたいな獣耳がついていた。遊園地やハロウィンでもなくてあんなのついてるって、ありえるのかな。


『ハイ、ハルカ。あの生命体は獣人と呼ばれる種族です。ここメラエルではよくいる種族になります』


 あの声は色々と私に教えてくれた。けど、わからないことはまだまだある。


「あの、あなたは誰? どこにいるの?」

『ワタシはココにいます。前にも答えましたが誰でもありません。今は――』

「今は?」

『ステータスの確認をお願いします』

「ステータス?」


 ゲームみたいな? と思った瞬間目の前にまるで本当にゲームみたいな表示が現れた。


『そのスキルのところを選択し、レベルアップさせてください』

「こう?」


 ゲームなら得意だ。私はなんの迷いもなくスキルタブを選び画面を開いた。一番上のスキル名は空白だ。その下に薬草学、生物学、言語学という言葉が並んでいる。そして振り分け出来るスキルポイントは3。RPGゲームみたいな戦う選択がなさそうだ。なら、平均して上げてもいいかもしれない。


 ――――――――――

 薬草学 Lv.1

 生物学 Lv.1

 言語学 Lv.1

 ――――――――――


『補助スキル獲得しました。スキル名確定しました』


 あの声がそう言うと、画面にスキル名が浮かび上がった。


『スキル名もふもふのお医者さんになりました』

「も、もふもふ?」

『ハイ、ハルカ。ワタシはこれからもふもふのお医者さんとお呼びください』

「えー……」


 長い。いちいち話しかけるのにもふもふのお医者さんと呼ぶのは長い。


「もふちゃんじゃ、だめ?」

『…………』


 駄目なのだろうか。うーん、毎回言うの大変そうなんだけど。


『了解しました』


 了解をもらえた。私は大きく深呼吸して、彼女の名前を呼んだ。


「もふちゃん。教えて!!」


 すると小さな光が生まれて私のまわりをくるりと飛んだ。よく見ればまるで絵本に出てくる妖精みたいな羽の生えた女の子が見えた。

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