1-3 やっぱり彼女は学校でも微笑むじゃないか

『おい、聞いたか? あの霞音かすね様がとうとう微笑んだらしいぞ』

 

 学校。教室。休み時間。

 ふと耳を澄ませると、そんな会話がどこからか聞こえてきた。

 

『嘘だろ? 笑った? あの【絶対零度の美姫ブリザード・プリンセス】がか?』

『もし本当だとしたら、その瞬間を見られたやつはどんだけ幸運なんだよ!』

『それ……本当にの話か?』

『あ、今確認したらファンクラブのやつのの話だったってよ』

 

 はああ、と周囲の嘆息たんそくの音が合わさった。

 

『だと思ったぜ。あの霞音様が簡単に表情を崩すわけないもんな』

『違いねえ』

『ただ……もしそんな霞音様の〝微笑み〟を現実で見られるなら――』

『ああ。俺たちの人生に、ただひとつの後悔もない』


 感慨深げに周囲がうなずきあう。

 

『やっぱりそれも――違いねえ』

 

 噂話はそこで終わった。


 

     ♡ ♡ ♡

 

 

 ――しかし、不思議なもんだな。

 

 窓際の席に座って、そんな〝噂話〟を聞いていた俺はふと思った。

 

 なんでも霞音あいつの微笑むところを見られたらひとつの後悔もないとのことだったが……。

 

「……俺の前だと、割と笑ってるような気もするんだがな」

 

 あ、いや。

 笑うといっても、そのほとんどが上から目線で勝ち誇ったような『マウント微笑びしょう』なのだが。

 

 そんなことを考えていたら、横から声をかけられた。


「おーおー。今日も今日とては大人気みてーだな」

「……なんだ、スナガミか」

 

 声の主は砂上すながみ彗太けいた。俺のクラスメイトだ。

 男にしては長めの髪で色も抜けており、ちゃらちゃらとノリも軽い。

 

 スナガミは言う。


「あんな超弩級どきゅうの美少女と同じ時期に同じ学校に通えたこと自体が奇跡みてーなもんさ。天の神様に感謝してーところだが……悠兎ゆうとはいーよな。なんてったって、その絶対零度のお姫様とときてやがる」

「たまたま家が近くて、親同士の仲が良かったってだけだ」

「なにがたまたまだよ。それだけで宝くじの一等が連続で当たるような豪運じゃねーか」

 

 うらやましすぎるぜー、とスナガミは握った拳を震わせた。

 

「あ、そーだ。悠兎ゆうと、写真だけでも頼まれてくれねーか?」

「写真?」

霞音かすね姫のだよ。まわりが一緒に撮ろうとしても断るし。SNSとかもやってねーし。彼女のプライベートショットには高額ながかかってんだよ」

 

 顔写真に懸賞金なんぞ、どこのゾルディック家だよ……なんてことを思いつつも俺は返す。


「俺が今更アイツに写真なんてねだったら逆に怪しまれるぞ」

「そういわずに頼むぜー。学校にはお前くらいしか霞音姫とまともに話せるやつはいねーんだからよ」

「……あれがに見えるか?」

 

 学校での霞音は、俺に対してことさら冷たく接してくる。

 顔を合わせてもされるのが基本で、覚えている限り直近の会話も『なんですか』『学校では話しかけてください』『次はもぎますよ』ぐらいのものだ。

 

 やれやれ。一体俺のどの部分をもぐつもりだ。

 

「オレの目にはよくやってるように見えるけどなー。まるで長い間連れ添った夫婦みてーな……ほんとは付き合ってたりすんじゃねーの?」

 

「……っ」


 まさしくホットな話題だったので、思わず体を跳ねさせてしまった。

 

 病気が治るまでの疑似恋愛という名目めいもくがあるとはいえ。

 俺は今現在、だれもが憧れる学校一の蝴蝶霞音クール・プリンセスしているのだ。

 

 しかし。

 そんなことがもしバレれば、学校中から(特にファンクラブのやつらから)袋叩きに合う未来しかみえない。

 霞音からは『私たちの関係は〝ひみつ〟で』と釘を刺されたが……それは懸命な判断だったかもしれない。


 だから俺はなるべく動揺が出ないように答えた。

 

「俺が霞音と付き合ってる? ……そんなわけないだろ」

「……ちっ。あわよくば〝お宝ニュース〟をゲットできると思ったのによー」

 

 とスナガミは落胆した。

 

 そうだ。特にコイツに対しては秘密にしないといけない。

 

 なにせスナガミはちまたの恋愛事情に目がなく、その上で【歩く恋話拡散器ラブ・スピーカー】の異名を持つほど口が軽いのだ。

 そんなやつに『俺と霞音が付き合った』などというニュースを入れてしまえば、その5分後には全世界に広がってしまうだろう。

 

「なあ、悠兎ゆうと。霞音姫のことは関係ねーにしても……おめーは本当に好きな人とかいねーのかよ」とスナガミがきいてきた。

「前から言ってるだろ……特に、いないさ」


 一瞬、霞音のことが脳裏をよぎったが――

 あいつとは幼馴染の関係だ。もはや一種の腐れ縁と言ってもいい。

 それで俺が霞音のことを、と問われるとすぐにはうなずけなかった。


「好きな子がいない、か。ったく……んなこと思春期男子としてありえねーっつーの」

 

 スナガミの懸念けねんももっともだ。俺だっていち思春期男子として恋愛情事ラブストーリーに興味がないわけじゃない。

 しかしそんなものは、それこそ漫画やアニメの中だけのおとぎ話で。

 自分なんかには程遠い存在だと思っていた。


 だからこそ、霞音とのことも――

 

「今はまだ、現実には信じられない――夢の中の出来事みたいなんだよな」 

「あ? なにか言ったか?」

「いや……なんでもないさ」

 

 窓から外をみると、ちょうどその霞音が体育の授業から戻ってくるところだった。

 体操服姿の霞音がタオルで首元を拭う。その時にふと、校舎の二階にいた俺と目があった。


『……っ』

 

 その瞬間、霞音はすこし気まずそうに視線をそらして。

 頬を薄紅色に染めたあと、口の端にかすかなを浮かべた。


「――お」

 

 ほうらみろ、と俺は思う。

 やっぱり霞音は学校でも微笑むじゃないか。

 

「なっ! あれは……体操服姿の霞音姫、か!」

 

 スナガミが喜々とした声を出し窓から身を乗り出した。

 霞音はすぐに口元をタオルで隠したため、微笑んだところはスナガミには見えていなかったようだ。

 今では彼女はいつもの冷ややかクールな表情に戻っている。


「やっぱり神々こうごうしいぜ。あの写真なら5千円はかたいな」

「写真とはいえただのデータだろ? なぜそこまで出すのか理解できないな」

「はー。霞音姫と常人以上にになってるくせに平常心のお前にゃ、一生わからねーだろーよ」

 

 スナガミは半ば呆れ気味に息を吐いたあと、何かを思い出したように手を叩いた。


「あ……ちなみに霞音姫のの情報には1万円超えの懸賞金がでてるぜ」

「――ほう」

 


 俺は『白のくまさんパンツだった気がするな』と適当に答えてみたが、1万円はもらえなかった。




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次話、そんな姫と放課後デートです~!

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