第5話

結局エリスは食器洗いなど家事をして上機嫌で帰っていった。

「また来るわね」という言葉を残して。

個人的には噂されると厄介なので来ないでほしいのだが。

ただそれをストレートに言ってしまうのは人としてどうかと思うので言いませんが。


さて、何をしようか。

任務もないし、買い出しとかの用もない。

完全にオフの日だ。

…誠が昨日「また明日」と言っていたからもしかしたら呼び出されるかもしれないが。

一応準備だけしておこうか。

別に何かに付き合うのは嫌いじゃないし。

さて、とりあえず準備しながら掃除洗濯でもしますかね。


………と、言っていたのだが。

初めてみたら一瞬で終わってしまった。

掃除洗濯を終わらせ、壁にもたれかかる。

そもそも部屋もそんなに大きくないから掃除なんて一瞬で終わってしまうし、男一人から洗濯物も溜まっていたとしてもそこまでの量にはならない。

というわけで絶賛暇人になってしまった。


どうしたものか。

こういった時の時間の潰し方って苦手なんだよなぁ。

部屋の中には漫画とかそういった娯楽はないし。

なんならテレビすらない。

なくても困らないから持ってないだけなんだけど、こういう時に無いと辛いな。

趣味っていう趣味もないし。

前世も特に趣味は無かった。

辛いもんだ。


とりあえず、外に出てみようか。

軽い気分転換にもなるし、歩いていれば時間も潰れるだろう。

敷地内なら誠から連絡来てもすぐ対応出来そうだし。

そうしよう。


クローゼットから上着を取り、それを羽織って玄関をでる。

どうせ敷地内だし、オシャレな恰好する必要ないしね。


―――――――――――――――――――――――――――――


自分の棲んでいる学生寮から出て、少し歩く。

この学園、敷地が中々広く東側に学問を学ぶ学科棟、北側にアームズの操縦訓練を行う訓練棟、西側に機体、武器の整備を行う整備棟、南側に学生が寝泊まりする宿舎棟と、東西南北どの方角にもに施設がおかれている。

そこへ向かう道中にスポーツの出来る広場や花壇のある庭園等があり、暇を持て余した学生達がよく利用していたりする。

自分も今日そのうちの一人となってしまったが。

そんな中で今から行くのは、校舎等に向かう途中にある小さな広場だ。

そこは花などの植物が植えられていて綺麗なのだが、何故かあまり人がいない。

広場自体は綺麗なので落ち着くには丁度いい場所なのだが、少し道から離れたところにある為、気付かれていないのかもしれない。

まぁ少ない方がゆっくり出来ていいんだけど。

ボッチとか言うな。


そうこうしているうちに広場に着いてしまった。

よし、今日も誰もいな…あれ?

広場の隅に見たことある姿が。

小柄だがそこそこスタイルのいい身体に淡い桃色の髪をサイドに束ねたあのシルエットは…


「シャルル?」

「あれ?センパイ??」

何故か制服を着ているウチのオペ子さんですね。

驚いたような表情で目をパチクリさせている。


「珍しいですねこんな時間に、どうしたんですか?」

「いや、ちょっと早起きしちゃってね。やる事が無くてここに来たんだ」

主にエリスのせいですけどね。

言わないけど。


「そうなんですか」

「そうそう、シャルルはどうしてここに?」

「私ですか?」

「そうそう」

そうです、貴女です。


「私は…ちょっと外の空気吸いたいなって思ったんです」

「そっか」

外の空気…か。

なんだか思いつめた顔している気がする。

なんかあったんだろうか。

悩んでいるなら話を聞かねばな。

先輩として。


「…シャルル、よかったら…そこのベンチで一緒に話さないか?」

「へ?」

惚けた顔をしている。

そんなおかしい事言ったかな。


「いや、予定あるなら全然いいんだけど、丁度話し相手が欲しくてさ」

「します!!」

「アッハイ」

急に元気よくなるシャルル。

びっくりしたよ。

どうしたよ急に。

彼女に手を引かれながらズイズイとベンチに移動する。

なんか急に積極的だなぁ。

さっきの表情は気のせいだったのか?


「じゃあ先輩…ここに…」

「アッハイ」

そう言って端っこにあったベンチに座らされる。

ギュッと握りしめられた手は放してくれない。

彼女のやわらかい手が自分の手を包み…ちょっと痛い。


「…」

「…」

そして特に会話もない。

さっきまでグイグイ来ていたというのに。

なんだこれ。

さっきまでの積極性は何処に。

…まぁ、本来のシャルルはこんな感じなんだよな。

彼女は引っ込み思案な所があるので、そんなに話したりしないし、積極的に動いたりしない。

…筈だったが、さっきはやたら動いていたな。

なんでだ。


「…ここに来ると落ち着くなぁ」

「そ、そうですね」

「シャルルも気分転換に?」

「そ、そうですね」

「そっか」

「はい…」

「…」

「…」

会話が終わった。

終わってしまった。

…会話下手すぎんかワイ。

コミュニケーション力無さすぎやろ。

誰か分けてくれへんかね。


「……あ、あのっ先輩!」

「ん?」

少しの沈黙の後、ふと彼女から呼ばれる。

彼女の方を見ると、顔を赤くし俯く姿が。

…そんな緊張してるの?


「先輩は…大丈夫でしたか?」

「ん?何が??」

大丈夫、とは。

思い当たる節が無い。


「あの…その……前の作戦が終わった時、何やら思いつめた顔をしていた気がして…」

「…ん??」

思いつめた顔、とは。

全然記憶に無いけど。


「そんな顔してた?」

「はい…」

どうやら知らず知らずのうちにそんな顔をしていたらしい。

そんなつもりは無かったんだけど。


「そっか、でも大丈夫だから。心配しないで」

「…本当ですか?」

シャルルは上目遣いで心配そうに見つめてくる。

その姿に思わずドキッとしてしまう。

…彼女は守ってあげたくなる可愛さがあるんだよな。


「ホントホント。大丈夫だからさ、俺のことは気にしないで」

「…わかりました、でも何かあったら言ってくださいね。先輩みたいに力になれないかも知れないですが、頑張りますから」

「ありがとう、シャルル」

そう言って彼女の頭を撫でる。

サラサラの髪の感触が心地いい。

シャルルも目を細めて気持ちよさそうにしていた。

その姿に思わずドキッとしてしまう。

危ない危ない。

この子に変なことでもしたら命が無いというのに...


…というか彼女、力になれないって言っていたが、そんな事全然ないんだよな。

彼女…シャルル・ミーベックは、三大企業の一つ『ミーベック』の社長の娘である。

ミーベック社は業界では三番手の企業となるが、ジェネレーターやCPU、武器関係に強いメーカーであり、アームズの機体自体は作っていないが、内部構成パーツで外せない存在となっている。

どのパーツも『性能が高く、価格も安く、信頼性も高い』という製品として最高の物を提供している。

また、アフターフォローも万全で、何かあればどんな製品でも直ぐに対応してくれるという素晴らしいさ。

そんなメーカーなので愛用しているアームズ乗りも多く、三大企業としては三番手であるが内部パーツに関してはシェア1番を獲得している。

現在使っている機体の武装、内部パーツも最新鋭のミーベック社製だ。

確かに使っていてパーツの性能の高さに何度か助けられた事もあった。

尚開発者が何考えて作ったのかわからないような謎武器も一部存在する。

使っている人は見たことない。


そんな大企業の娘。

社長は娘のことを溺愛しているという。

そんな娘に何かしてしまったら…

考えるだけでもぞっとする。

無事に今日を乗り切るために、平穏に終わらせねば…


「…先輩?」

「ん?」

「あの…手が止まってて…」

「ああ、ごめん」

いつの間にか手を止めてしまったようだ。

また彼女のサラサラな髪を撫で始める。

すると彼女はまた気持ちよさそうに目を細める。

そして公園にのんびりとした空気が流れる。

…いつからこんな事してるんだっけ。

最初はこんな事してなかったもんな。

確か…


「…先輩」

「んん?」

「どうして、先輩からエリスの匂いがするんですか」

突然、公園の空気が凍り付く。

ヤバい。

本能がそう感じている。

どうにかしないと。


「えっと?シャルル??」

「先輩。何をしていたんですか?」


「答えてください」


「答えて」


光の宿っていない瞳をこちらに向けて、どんどんと近寄ってくる。

正直逃げたい所だが、身体が金縛りにあったかのように動けない。

…昨日もこんなのあった気がするな。

いや、それを考えてる場合じゃない。

何とかせねば。


「…その、朝ばったりエリスとあってね。少し立ち話をしていたんだよ」

「………」


「…本当…ですか?」

「…ああ」

「本当にそれだけ、ですか」

「…そうだけど」

「…」

シャルルは黙ったままコチラを見つめてくる。

正直怖い。

何か言ってくれ。


「…………わかりました、先輩を、信じます」

長い沈黙の後、彼女から許しの言葉を頂いた。


「ありがとう」

「…でも…私の事、裏切らないでくださいね、先輩」

「…裏切らないさ。絶対に」

そう言うと、シャルルは腕にきゅっとしがみついてきた。

変な噂が立つととてもマズいので振り払いたい所だが、流石にそれは出来ない。

彼女にあった出来事を思い出せば…



―――――――――――――――――――――――――――――


先輩は、私のヒーローだった。

初めて会った時から色々と気にかけてくれていた。

大丈夫?とか、無理しないで、とか。

細かく、心配してくれていた。


最初は、いやだなと思っていた。

私が大企業の娘だから気にしているんだと。

近付きたいのだと。

下心を持って。

正直、そんな人ばかりでうんざりしていた。

自分利用する事だけを考えた、自己中心的な人物ばかりで。


でも、違った。

彼はだけは違った。

いつも本気で私の事を気にかけてくれた。

ピンチの時はいつも助けてくれた。

身体を張って助けてくれた。

あの事件の時だって…


こんな人は初めてだった。

私に対してこんな気にしてくれる人は。

いつも私の事を考えてくれている人は。

初めてだった。

嬉しかった。

とても。

とても。

とても。


そこからもっと彼の事を知りたくなった。

彼の出身、好きなもの、趣味…

知れば知るほど、彼に惹かれる様になっていった。

好きに、なっていった。

ずっと一緒に居たい。

離れたくない。

そんな風に思うようになっていった。

あぁ、これが《運命の人》なのかなって。

そう思うようになっていった。



…でも。

彼に近付く悪い虫がいる。

追い払っても追い払っても、どんどんやってきてしまう。

しょうがないんです。

だって彼はとても魅力的だから。

惹かれてしまうのはしょうがないんです。

だから私が追い払うんです。

悪い虫はすべて。

すべて。

すべて。

すべて。

全部。

全部。

全部。





…中々引き下がらない虫もいますけどね。


でも。

彼は私の運命の人だから。

私のヒーローだから。

だから。

渡さない。

絶対に渡さない。

渡しませんとも。

何があろうとも。

絶対に。

絶対に。

絶対に。





「絶対に逃がしません、先輩」





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