第2話 兄弟の絆

軽井沢の別荘で起きた殺人事件!!

巌の事件は、ニュースで報道され、世間からの注目を集めた。




この騒動によりホテルの業績は、剣持家の家族が想定していた以上の悪化をしていったのだ。






 このホテル経営者であった父親を実の家族が殺害したという事件報道による剣持家のイメージダウンは、悠馬が社長に就任してからも続いていた。


 彼は業績回復に奮闘はしたものの、どう抗ってみても、ホテルの利用客も宿泊客も低迷した状態が続き、経営状態は非常に厳しいものになってしまった。






 そんな経営状態の中、まず求刑の軽い颯斗の裁判が終わった。


 判決は、死体損壊罪の執行猶予付き有罪判決が下った。






 颯斗に執行猶予が付いた事で、当人も深く反省していた事を知っていた悠馬は、この事件はこれで決着が付いたと判断していた。


 だからこそ悠馬は、颯斗を副社長に就任させようと試みたのだった。




 しかし事件の報道を聞いた人々からの颯斗に対する批判的な声が、数多くホテルに届いてしまった。


 こうした世相の中、ホテル内からも颯斗の副社長就任に対する反発の声が当然のように出てきていた。


 

 それでも悠馬は、颯斗を守るべく奔走し、なんとか副社長就任の道を繋ごうとしていた。



 しかし颯斗は、自ら副社長に就任することを拒絶した。


 颯斗の決意は、それだけにとどまらなかった。

 颯斗本人は、これ以上家族に迷惑を掛けたくない一心から、家族からも離れようとしていた。


 颯斗は、会社を退職し剣持家からも出ようとしていた。




 颯斗は、すぐにでも家を出ようと自分の部屋で荷物をまとめる準備をしていた。

 それを見つけた美和や薫が、慌てて颯斗を引き留めようとした。



 母美和や薫からの優しいだけの励ましの言葉、引き留める為の声では、頑なな決意の颯斗を、引き留める事は出来なかった。



 薫は、なんとか颯斗を引き留めてもらおうと、会社にいる悠馬に連絡を入れた。

 

 

 連絡を聞いた悠馬は、颯斗の独りよがりな行動を断固として許さなかった。

 悠馬は、急ぎ家に戻ってきた。




 悠馬の颯斗への言葉は、単なる優しい言葉では無かった。


「颯斗、お前は一体何がしたいんだ。


 どうして世間から、そして会社から逃げようとしているんだ。

 そしてこんな性急に家からも逃げ出す様に出て行こうとしているんだ。



 颯斗、父が言っていたんだ。『本当に苦しい時程、グッと歯を食いしばって必死で頑張ってみろ。』と。



 なのに颯斗、今のお前は何をやっているんだ



 僕には分からないよ。お前の事を大切に思っている家族からまでなぜ逃げ出そうとしているんだ。


 僕はそんな颯斗に、父からのさっきの言葉をそのまま伝える為に戻って来たんだ。



 『もっと歯を食いしばれ、颯斗。苦しさから逃げだすな。』



 会社を辞める事は、とても簡単にできてしまうんだ。


 辞表を書いて、それが受理されるだけだからね。




 だけどここでお前には、絶対に耐えて欲しいんだ。

 だってそうだろ、颯斗。本当はそうじゃないんだろ。


 辞める事は、颯斗にとって簡単な事の訳が無いんだよ。


 父が残してくれた大切な仕事。その仕事を誰よりも頑張っていて、誇りにしていたお前じゃないか。


 そのお前が心からやりたいと思っている仕事を、それを忘れてしまう事なんて、出来るはずがないんだ。



 だから颯斗が、本当にこの仕事を続けたいと思ってくれている限り、今は耐えなきゃ駄目なんだ。




 もしもここで離れてしまったら、元の状態をもう一度取り戻そうと思っても、絶対に今よりもっと難しい事になってしまうんだぞ。それが分からないのか。




 颯斗は、父がここまで作り上げ大きくしてくれたホテルの仕事から離れて、これからの人生を生きていくことが、本当に出来るのか?


 僕はそんな事は出来ない。

 あれだけホテルの仕事を頑張ってやってきていた颯斗にだって、絶対に無理だと思う。






 そして、それだけじゃない。



 何よりも僕が、颯斗を必要としているんだ。


 父が亡くなり、このまま颯斗までいなくなってしまったら…。



 何でも相談できる人間が、また近くからいなくなってしまうなんて事は、もう沢山なんだよ。


 


 だから、どうしても今は頑張ってくれ颯斗。

 お前は決して一人じゃないんだよ、颯斗。

 僕達を、家族を信じて一緒に頑張ってくれ。」


 悠馬は、颯斗に真剣に訴えかけていた。






「・・・ありがとう、悠馬。


 


 俺なんかの事を、そこまで真剣に考えていてくれたなんて、本当に嬉しいよ。




 ・・・悪かったよ。




 俺がこの会社に残る事は、もうホテルにとってマイナスにしかならないと思っていたんだ。




 自分がここに残ることは、社長になった悠馬にも迷惑にしかなっていないって、最近ずっと考えてもいたんだ。


 事件後の報道ですっかり客足が落ち込んでしまったホテルの業績も、自分がいなくなれば回復していくんじゃないかと思ってもいた。






 でも、こんな逃げるような気持ちでいたこと自体が、間違いだったんだな。


 悠馬は、本当に強いんだな。俺もお前のようにもっと強くならないといけないな。






 すまない、この辞表は、やっぱり取り消しにしてもらっていいか?


 今まで通り、いや、今まで以上にしっかり働いて、その働きで業績が回復するまで、俺は頑張り続けてみるよ。




 それが今の自分にとって、本当に必要なことだと今わかった。



 ありがとう。悠馬兄さん。」


颯斗は、悠馬の元に歩み寄ってきた。




「そうしてくれるかい。



 もちろんだよ。嬉しいよ、颯斗。」


 


 

 こうして颯斗は、今まで通りの部署で働き続けることが出来た。

 これは、決して社長の悠馬の影響力だけではなかった。今まで共に仕事をしてきた仲間たちが、世間の風評よりも颯斗の人柄を信じて、一緒に頑張ろうと思ってくれていたからである。




 さらに仕事が終わり帰宅してからは、二人でほとんど毎日、夜遅くまで話し合うようになっていた。



 二人が、何でも相談し合う事の出来る兄弟経営者として、共に歩み始めた瞬間であった。



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