第3話 夕食会

 紅藤色に東の空が美しく染まった頃、巌と悠斗が別荘に到着した。


 巌の希望で家族全員での夕食会が企画されていたので、二人が一息ついてからダイニングでの食事が始まった。




 「それでは、家族全員が別荘に集合した記念に、乾杯。」

 巌は満足そうにシャンパングラスを手に音頭を取った。




 「乾杯。」


 他の者達も巌の音頭に声を合わせ、夫婦、悠馬と薫、颯斗と瑠璃が隣で座っている者同士でグラスを合わせていた。






 「先に別荘に着いてからは、どんな事をして過ごしていたのかな?」


 食事が進み、デザートを食べ始めた頃、巌が皆にたずねてきた。




 「最初に全員で掃除をした後は、それぞれで過ごしていたようですよ。


  私は掃除をした後に、部屋でのんびりと休憩をしましたわ。

  もっとも別荘での時間の大半は、この夕食の準備をしていましたけれどね。」


 美和が答えた。



 「ありがとう。とても美味しい夕食だったよ。

  今日のローストビーフも、レストラン並みの仕上がりだったね。」

 巌が答えた。


 「あら、ありがとうございます。

  ちなみにローストビーフを美味しく作る一番のポイントは、いいお肉を買う事なんですよ。

  そして、早めに焼いて予熱で熟成させるのが次の重要なポイントかしら。


  私の料理は、簡単に美味しくがモットーですから。

  一人で品数を多く作るには、一品一品を丁寧に作っていては、時間が足りなくなってしまいますからね。


  スープも圧力鍋を使っているから、柔らかく何時間も煮込んだような味に仕上がっていたでしょ。


 有名レストランのじっくりと半日煮込みましたという味に少しでも近づけるように工夫して作ったつもりです。」


 「そうか。


  そういう美和の調理の工夫は、毎日ちゃんと料理をしているからこそ出来るものだね。

  いいと思うよ。美味しくを簡単にというのは、多分料理人も一番願う方法だと思うよ。」

 巌は、嬉しそうに答えていた。





 「そういえば、薫さんは、昼間どこかに外出していなかった?」


 夫婦の会話のが終わり少し出来た沈黙の後に、瑠璃が薫に聞いてきた。




 「ええ。


  最初はいつものようにお庭のお花を見て回りました。


  その後は、まだ時間もあったので久しぶりに別荘に来たのですしと、外の景色も見てみたくなって、散歩に出かけたんです。





 そうそう。ちょっとした出来事もあったんですよ。


 散歩の途中で迷子の男の子に出会って、お家を探したのです。


 それに、お家を探している途中に姫子さんという方とも出会いました。

 姫子さんも一緒に、その子のお家を探して下さったんですよ。」


 薫が一生懸命話をしていた。






 「へぇ、人見知りの薫がそんな体験をするなんて、珍しかったな。」


 悠馬が意外そうに答えた。




 「そう言われると、そうかもしれないわね。




 でも子供が一人で泣いて歩いていたら、やはりそのまま放ってはおけないでしょ。



 それに一緒に探して下さった姫子さんは、優しい雰囲気を持った方で、話しやすくて、とても初対面とは思えない位の親しみを持てる方でしたのよ。」





 「そうか。それはいいお友達になれそうな感じだったのかな?」


 巌が楽しそうに聞いてきた。




 「ええ、そう思います。ただお友達と呼ぶのは、どうなのかしら?


 私達の事はどう言えばいいのでしょうね。今日一緒にお話をしただけですけれど、私は姫子さんの事がとても好きになりました。


 でも年齢を聞いた訳ではないのですが、もしかしたら彼女はお父様と同じ位か年上の方なのかもしれません。


 そういう歳の離れた私達でも、お友達って呼んでいいのかしら?」


 薫が歳の離れている姫子を、友達と紹介していいのかを少し迷いながら答えていた。






 「そうか。姫子さんと親しそうに名前で呼んで話していたから、なんとなく自然に同年代の女性なのかと思っていたよ。」


 巌が意外そうに答えた。




 「そうですよね。

 実は、姫子さんが、名前で呼ばれる事に慣れていると最初におっしゃったの。


 だから本来なら、初対面で年上の方ですし、苗字の純情じゅんじょうさんとお呼びしないといけない所なのですけれど、私も『姫子さん』と最初から名前で呼んでお話をしていたんです。



 もっとも、すぐにそう呼ぶことに慣れてしまったので、自然にみなさんにも彼女の事を姫子さんと話してしまいました。


 彼女は、自分が珍しい苗字なので、名前で呼んで欲しいって思っているのかもしれませんね。」


 薫が自然に『姫子さん』と彼女の事を紹介してしまった事を少し照れながら、名前で呼ぶ理由を説明した。




 「そうか。相手が名前で呼んで欲しいと言ったのなら、私達に紹介する時もそれで良かったと思うよ。



 それに友達と呼ぶ事も、それだけ仲良くなれたと薫が感じたのなら、姫子さんもきっとそう思ってくれているだろうから、それでいいんじゃないのかな?」


 巌が優しく答えた。


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