第二王子暗殺事件

第13話 呪い

「その目で私を見ないで! 気持ち悪い!」


 その金切り声を浴びせられた瞬間、これは夢だと、アヴェルスは気付いた。



 アヴェルスの母は美しい人だった。


 星河のような金髪に、紫蘭の瞳。黒と灰色の色合いを持った父とは正反対に、宝石のように常に光り輝いていた。


 けれど繊細な人だった。


 母とも父とも、祖父母とも違う色の瞳を持って生まれたアヴェルスを、母は受け入れられなかった。


 アヴェルスを見れば、狂ったように叫び、顔を背けた。

 近づけば長い髪を振り乱し、辺りの物を投げて、縮こまった。

 伸ばした手を、振り払ってはくれなかった。


 ――叩いてくれたら、どれだけよかっただろう。


 アヴェルスは母の温もりを知らない。

 少なくとも、物心ついてから、母に触れてもらった記憶は無い。


 まだ十にも満たないアヴェルスを見る目は、いつだって、得体の知れないモノを見るような恐怖に満ちていた。


 母は怯えていた。


 怯えて、震えて、否定して、アヴェルスを拒絶した。

 そうして心を病んで、身体を病んで、死んだ。


 だからこれは、夢だ。


 夢の中の母は決まって、アヴェルスを罵る。まだ三つにも満たない、けれど父にそっくりな弟を抱き締めて。


 そして最後にはこう言うのだ。



「お前なんて生まれてこなければ良かった」










 アヴェルスは弾かれたように目を覚ました。上掛けを蹴飛ばすように跳ね起きて、肩で大きく息をする。


 暗い室内。見慣れた自室の、使い慣れたベッドの上。

 アヴェルスは自身を落ち着かせるように、深く息を吐いた。


 ポツポツと、雨音が窓を打つ音が聞こえる。


 頬を伝う汗を拭って、アヴェルスは静かにベッドから降りた。酷い寝汗に、寝間着が張り付いて気持ち悪い。分厚いカーテンを捲れば、まだ外は薄暗い。


 雨に濡れた窓には、亡霊ようにな自分の顔が映っていた。


 黒の髪と、白の肌。色彩を失った世界の中で、二つ。空よりも深い青色の瞳が、アヴェルスを見つめ返している。


「…………」


 アヴェルスはカーテンから手を放し、ベッドへと戻った。

 朝は、まだ遠い。

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