第6話 少女と青年の秘密のお茶会

「おい、白ネズミはいるか?」


 翌日、再び気象予報局に顔を出したアヴェルスを、いつものようにマリーが出迎えた。


「あら殿下。えぇ、ちょっとお待ち下さいね。――あら? さっきまで明日の予報作業をしていたと思うのだけど」


 頬に手を当てて、困ったように嘆息する。どうやら、またどこかへ行方をくらましたらしい。


「すみません、今探してきますので、応接室の方でお待ちを――」

「いい。検討はつく」


 言うが早いか、アヴェルスは踵を返した。


 予報局を出て、来た道を戻る。けれど温室は出ずに、脇道へ。植物が半ば塞いでいる通路を進むと、やがてガーデンテーブルセット一式が姿を表わす。



 そこに白銀の少女が一人、ベンチでくうくうと寝息を立てて眠っていた。



 暖かな温室の中、穏やかに眠る姿に、つい眠気が湧きかける。

 しかしアヴェルスはずんずんと少女に歩み寄ると、その鼻を容赦なく摘まんだ。


 しばらくして、


「ぶはぁ! 何するんですか!」

「起きろ。いつまで寝てるつもりだ。まだ勤務時間中だ。サボり魔に払う給料はないぞ」


 跳ね起きた少女・シエルを見下ろして、アヴェルスは淡々と言った。

 シエルは唇を尖らせてアヴェルスを上目に見る。


「今日の分の仕事は終わってます! はっ……まさかまた何か『仕事』を持ってきたんじゃないですよね……?」

「安心しろ。今日はない。今日は」


 戦々恐々としていたシエルは、繰り返したアヴェルスの言葉に「うげー」と泥でも呑んだような顔をする。


「いつも思うんですけど、その『追加業務』って私の業務の範疇じゃありませんよね。追加で給料出ないんです?」

「出ない。お前、契約書ちゃんと読まなかったのか」

「あんな長ったらしいの全部読む分けないじゃないですか。ねっ、メルキュール」

「なぁ~ん」


 いつの間にかやって来ていたらしい大柄な猫を抱き上げ、シエルは同意を求める。


「ったく……」


 ねっ、じゃない。とアヴェルスは零しそうになる溜息を堪え、ガーデンベンチ――シエルの隣に腰掛けた。テーブルに籐で出来たバスケットを置く。蓋を開けば、甘い香りが鼻を擽った。


「付き合え。仕事の休憩だ」

「いつも思うんですけど、殿下、お茶する相手いないんですか?」

「文句があるなら食べなくて良いぞ。料理長の新作、桜の塩漬けを使ったマフィンだ」

「えっ嘘嘘嘘です! 撤回します! 要ります!」


 無遠慮に尋ねるシエルに無遠慮に返せば、シエルは手に取ったマフィンを美味しそうに食べ始める。その幸せそうな顔を、メルキュールが膝の上から見上げている。


 アヴェルスも一つ手に取り、食べ始める。茶が欲しくなる味だな、と思ったが、ここにはティーセットもなければ淹れてくれる侍女もいないので仕方ない。


「ん~美味し~」

「…………」


 昨日の仕事褒美に焼いて貰った、とは言わないでおいた。

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