第57.5話 ミカゲくんの夢日記1

 ――チヅルがムト達から新人教育を受けていた頃。

 一般隊員になったばかりのミカゲは、一人でクエストを受けにきていた。


 


「夢境域35%での、メアの討伐か…」


 ロビーにてクエストの詳細を確認していたミカゲは、記載されている報酬額に小さく溜息を洩らす。

 新人向けの誰でも参加可能なクエストではやはり、報酬額が少なすぎる。これでは今日の夕食代くらいにしかならないだろう。


 (本当は肉系が食いてぇところだが…、少しでもアイテム類を揃えたいしな。今日も社食で済ませるか)


 本部の地下で食べられる社食は恐ろしく安い。

 街で皆が買うような…クリームたっぷりのお洒落な飲み物の半分以下の値段で腹が満たせるため、ミカゲはよく社食を利用していた。

 だが、安い代わりに味はお世辞にも良いとは言えない。

 パサパサのパンや米、味の薄いスープによく分からない緑や茶色のペースト状のもの。

 最初は味付けされたマッシュポテトかと思ったのだが、どうにも違った味と匂いだ。

 夢の世界にしてはあまりに味気がなさ過ぎるし、繁華街での華やかな料理とのギャップが酷すぎる。

 まあ、隊員の中にはメアに襲われた後遺症で味覚がなかったり、極度に食に関心の無い者もいるから…、きっとそういう人達向けの食事なのだろう。

 実際あんな味でも栄養価だけは異様に高いし、栄養を補給することに関してはどんな食事よりも特化している。


「とはいえ、俺は普通に美味い飯が食いてぇが…」


 賑やかなロビーを見渡せば、ホットドックやらアイスクリームやらの軽食を片手に談笑を楽しむ者が多く目に入る。

 実に羨ましい限りだ、こっちはこの数日社食しか口にしていないというのに。


 (…っと、そろそろ時間だな。さっさと終わらせて、不味い飯食って寝ちまうか)


 クエスト開始時刻となり、次々に転送室に入っていく隊員達に続いて部屋へと入る。


「…っ、あ、悪りい」


 不意に誰かと肩がぶつかった。

 転んだりよろけたりするほど強くはぶつかっていないが、反射的に謝罪の言葉を口にしつつ相手に視線を向ける。


「…………」


 此方を睨み付ける、紅色の瞳。

 鮮やかな紅桃色の長い髪を一つに結び、着物のような衣装に身を包んだ少女。

 意志の強そうな、凛とした少女の第一印象は…美しい、紅の華。

 そして、第二印象は――


「…ふん。見た目通り、随分ボーッとしているんだな」


 実に、最悪最低である。




 ――


「ったく、何なんだよアイツ…」


 暗い地下鉄の線路の上。

 拳銃でメアを撃ち殺しながら小さく悪態を吐く。

 先程の少女…歳は自分と同じくらいだろうか。

 結構可愛いな、と、一瞬でもそう思ってしまった自分が腹立たしく感じる程度には、彼女の性格は最悪だった。

 軽くぶつかっただけで、それでもちゃんと謝ってやったというのに、なぜ睨みつけられ、鼻で笑われ馬鹿にされなくてはいけないのか。


(しかも、より一層腹立つのは……)


「――はぁッ!」


「な、なんだアイツ、やけに強くないか?」

「さっきから全部一撃で…、息も一切乱れてないぞ…!」

「おいおい、ホントに新人かよ?暇潰しにきた所属隊員とかなんじゃ…」


 ……周りに騒がれるくらい、めちゃくちゃ強いってことだ。


 (あの身のこなし…、生前から剣術を習ってたんだろうな。けどそれにしたって才能の塊だろあれ……)


 洗練された、迷いのない太刀筋。

 揺れる紅桃の髪は、咲き誇る華のように可憐で美しく。

 ――そして、この場の誰よりも強く勇ましい。


 性格は最悪なのに、明らかに俺よりずっと強いアイツが気に食わなくて。

 任務中ずっとイラついて仕方ないのだ。


「……俺さぁ、たまにあの子と同じクエスト受けたりしてるんだけど…、いっつも一人でいて、誰かと行動しないんだよ」 

「ああ、俺も知ってる。性格きつくて周りに嫌われてんだろ?いくら強くても、協調性がない奴はなぁ…」              


「…………」


 へえ、やっぱ孤立してんのか。

 まあ、あんだけ態度悪けりゃ当然か…。

 勿体ねえ奴。もっと性格がよけりゃチーム組んで、高難易度高報酬のクエスト受けられんのに。


 どれだけ個人で優れていても、この世界じゃ仲間がいないと生き残っていけない。

 俺もちゃんと人付き合い大切にして、信頼できる仲間を探さないとな。


  

 ――  


 「今日も相変わらず食欲を唆らねえ見た目だな…」


 無事クエストを終え食堂に来た俺は、盛り付けられた食事に思わず苦笑を浮かべる。

 味の付いていないスカスカのパンに、色々な食材をミキサーにかけたドロドロスープ、そして唯一の救いである青リンゴ。

 育ち盛りにはあまりに酷な内容だが、欲しい武器を買うためには今はとにかく節約しなくては。


 (けど、なんだかんだ結構賑わってるんだよな…)


 こんな酷い味でも、物好きは一定数いるもので。

 味覚を失ってしまった隊員や、俺のように金の無い貧乏人は勿論だが…、金も味覚もあるくせして、態々好んで此処に来る奴も実は結構いるのだ。

 「これがディストピア飯…!」なんて興奮気味の奴等もいるし、もしかしたら一部には需要があるのかもしれない。まあ、明日にはもう来なくなるだろうが。


「……隣、座るぞ」


「あ?良いけど……って、お前…!?」


 顔を上げると、そこにいた予想外の人物に思わずスプーンを落としそうになる。


 (コイツ、さっきの性格悪い着物女じゃねぇか……!)


 さっきあんな失礼なことを言っておいて、なぜ隣に座れるのか。まさか俺を覚えていないのか。

 クソ不味い飯を無表情で口に運ぶ少女に、思わず口元が引き攣った。


「…お前、さっきの任務であんだけ活躍したんだし、ボーナス入ってんだろ。

 態々ここで飯食う必要あるか?」


 思わず疑問を口にすれば、初対面のときと同じように睨まれる。


「…お前に何か関係があるのか?少しでも金を節約しようと思うのは、そんなにおかしいか?」


「いや、そうじゃねえけど…、この世界には美味いもんを含めた娯楽が沢山あるだろ、だから普通は金が入ったら楽しむために使うっていうか…」


「…金は、少しでも武器やアイテムを買うために使う。

 それに…元の世界に帰れることになったとき、もしかしたら大金が必要になるかもしれないから」


「…お前…現実世界に帰りたいのか?」


「……ああ、そうだ」


 なるほど、その為に娯楽を我慢しているというなら頷ける。

 俺は別に帰りたいとは思わないが、目先の欲求より将来を見据えているという点では、俺達は同類か。


「けどそれなら、周りを遠ざけるような真似しないで仲良くしたほうが良いだろ。

 そのほうが仲間も出来て、もっと良い報酬のクエストを受けて、沢山稼げるし……」


「……努力はしたつもりだが上手くいかなかった。

 それに…、元の世界に、家族の元に戻りたいという願いを、皆は馬鹿にするから」


 少女は目を伏せ、言葉を続ける。


「どうせ戻れるわけない、努力するだけ無駄だと、そう笑いながら否定されることもある。

 戻りたいと思えるほど恵まれた環境で羨ましい、きっと何の苦労も無く育ってきたのだろうと、愛し愛される家族がいることが悪いことのように嫌味を言ってくる者も多い。

 ……私はそんな彼らが嫌いだ、人の夢を貶す奴らなんかと一緒にいたくない」


「…………」


「だから、私はずっと一人でいい。努力は苦にはならないが、馬鹿にされるのだけは耐えられない」


 そう言って、食事の途中にも関わらず、彼女はその場から立ち去ってしまった。


「………夢を馬鹿にされるのだけは耐えられない、か」


 だから、ああやって人を寄せ付けないようにしているのか。

 誰にも夢を、貶されないように。

 家族を、与えられた環境を…大切なモノを全部、否定させないように。


 ならば…、尚更彼女には必要じゃないか。

 その夢を肯定し、夢に向かって走る彼女を支えてくれる…そんな存在が。

    

「……見つかるといいな、最高の仲間」  


 その言葉は、彼女には届かないけれど。

 それでも願わずにはいられなかった。

  

 その夢が押し潰されないように。

 その気持ちが、折れてしまわないように。


 ――たった一人で夢を守り続けるには、この世界はあまりに冷たすぎるから。




 ――

 


「ほらチヅル!このケーキ凄く美味しいぞ!」


「つ、ツバキちゃん…そんなにスイーツばっかり食べたら、身体中が甘くなっちゃうよ」


「ほらツバキ、野菜も食え、野菜も」


「ぐ…、や、野菜は、野菜好きなルークスにあげよう」


「別に好物じゃねえよ!我儘言わずに食え!」


 口元にクリームをつけて、美味しいもので頬をぱんぱんにして。

 そうして仲間と一緒に幸せそうに笑う少女に、思わずつられて笑みを溢す。

  

「お、ミカゲも珍しく楽しんでんな〜」


「アンタもこういうの、ちゃんと楽しめるタイプなのね」


「俺のことなんだと思ってるんスか、ちゃんと年相応に好きっスよこういうの」


 ただ今日は、特別嬉しい日だったから。


「ああっ!甘いもの食べさせられ過ぎたアイン先輩が倒れた!!」


「いや、可愛いツバキチャンにあーんしてもらったからじゃないかな〜」


「か、可愛い…?、……えっへん!」


「いや普通に糖分食わせすぎだろ」


「ムトさん何言ってるんですか!ツバキちゃんが可愛いからに決まってます!」


「ち、チヅル、俺もケーキが食いたい」


「え、もう氷室さんが残り食べちゃいましたよ」


「すまん」


「私のケーキがあああ!!!」


「お前も食い過ぎなんだよ!!」


 刺々しくも強く美しく、そして寂しげな少女に。 

 いつか心から笑い合える仲間をと、そう願ったあの日の、小さな、小さな夢。


 ――この少女の、笑った顔が見てみたい。 

   

 あのとき抱いた密かなその願いは、こんなにも早く叶ってしまったのだ。


                

                                                  

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