第2話 はじめまして、新人

「おはようございます、Aランク隊員のムトとリリィです。新人ちゃんを迎えにきました!」


 研究室の扉を開け元気に挨拶をするリリィの声に、広くて無機質な研究室の奥で資料を眺めていた白衣の女性が此方を振り向く。


「ああ…来たのかい。すぐに連れてくるから、待っていてくれよ」


 怠そうな声でそう言って隣の部屋に向かった女性は、この研究所の責任者ヴィヴィアンナ、通称アンナ先生だ。

 オレンジに近い金髪を短く切り揃え、常に白衣を身に付けている彼女は、クレセントの隊員ならば誰しも必ずお世話になる人物だ。

 だが、整った容姿に反して中身はただのマッドサイエンティストであり、倫理観より自分の好奇心をなによりも優先する彼女には、決してプライベートで近付いてはいけない…というのは、クレセント隊員達の常識である。


「先輩、あそこでホルマリン漬けになってるのってもしかして人間の…」


「見るなリリィ、この部屋で見たものは全部忘れろ」


 そんな話をコソコソとしていると、アンナ先生が一人の人物を連れて戻ってきた。


「待たせたな、彼女が新しいクレセント隊員だ」


「この子が…」


 アンナ先生の横に立っているのは、マスクで口元を隠した、まだ若い女の子。

 ボブカットの黒髪は離れた位置からでも分かるほどにさらさらで、艶のある美しい髪質。

 マスクをしている為口元は分からないが、長い睫毛によく映える銀色の瞳もとても印象的で、可愛い…というより、美人な顔立ち。

 美男美女揃いのこの世界では、飛び抜けて美形…というわけではないが、何故だか惹き付けられる不思議な雰囲気を醸し出す彼女は、やはりどこか特別な人間に思えた。


「私より少し年下くらいですかね?えっと…初めまして!私達、今日から貴女の教育担当になりました!

私はリリィで、こっちの草臥れたやる気無さそうなおじさんはムト先輩です、よろしくお願いしますね!」


 誰がおじさんだこら。まだギリギリ20代だぞおい。


 そんな突っ込みをしたいところだが、初対面の新人の前なので今はぐっと堪える。

 よろしく、と軽く挨拶をすれば、新人は黙ったまま軽く会釈をしてくれた。

 …恥ずかしがり屋か?


 それを見ていたアンナ先生は、新人をフォローするように説明をしてくれた。


「悪いね。メアに襲われた外傷が酷くて、今は喋れる状態じゃないんだ。

とりあえず身体は繋げられたが、口元には大きな傷があるから口はまだ動かせないし…意識は一応はっきりしているが、本調子とは言えない状態だ」


 …なるほど。


 クレセント隊員の多くは、メアに襲われていたのを助けられ、それをきっかけに入隊している。

 弱いメアに襲われたくらいならば多少体調が悪くなる程度で、問題なく夢から覚めて現実に戻れるが…強力なメアとなるとそうもいかない。

 強力なメアは現実に介入する力が強いため、襲われれば現実世界の身体や魂そのものに深刻なダメージを負う。

 俺のように、現実へと戻るための命綱のようなものを断ち切られてしまえば、現実世界には二度と戻れない。

 もし奇跡的に戻れたとしても、精神にダメージを負って廃人化したり、重病を患ったり、事故に巻き込まれたり…夢の世界での死が、現実での死に繋がってしまう。

 だから、クレセントは現実世界に戻れる見込みがない、もしくは戻っても命を落とすであろう人達を隊員として迎え入れるのだ。

 

 大抵の場合、メアに襲われたとしても魂が消滅しない限りはこの世界で使う肉体は綺麗に治してもらえる。

 だから俺もメアに襲われたときの傷は身体のどこにも残っていない。傷付いた魂を修復し、魂のデータを元に、この世界に肉体を作り出すときにはもう、傷は綺麗さっぱり無くなっているのだ。

 だが…超強力個体のメアに襲われた傷は、完全に消すのは難しい。

 魂に致命傷ギリギリの深いダメージを負っているため、魂を綺麗に治すのが困難になってしまうのだ。

 だから魂のデータを元に作られた肉体にも傷跡が残ってしまうし、もちろん精神の方にも後遺症が残る。

 干渉力、順応力共に高い彼女はきっと、一般人には辿り着けないような強力個体が多い区域に迷い込んでしまい、相当強力なメアに襲われてしまったのだろう。



「とりあえず、身体の方は不自由なく動かせるようだし、問題はないだろう。早いとこ働かせて、データを集めてくれたほうが私としても助かる」


  …この子の精神的負担を考えれば、もう少しゆっくり休ませてやった方が良いと思うが、…まあ、仕方ない。

 とりあえず、この子が困らないように色々教えてやるとしよう。それが俺とリリィにできる精一杯のサポートだ。


「んじゃ、とりあえずこの子の資料一式もらっていきますんで」


「ああ…よろしく頼むよ、君なら安心だ」


 そう言って手渡された資料に目を通す。


「……名前は、チヅル…か。

 改めてよろしくな、チヅル」


「よろしくお願いします、チヅルちゃん!なんでも聞いて頼ってくださいね!さあ、早速この世界を案内します、行きましょう!」


「…っ、…!」


 可愛い後輩ができて張り切っているのか、リリィはいつも以上に元気いっぱいの様子でチヅルの手を引き、研究所を出ていく。

 そんなリリィについていくチヅルも、戸惑ってはいるものの、嫌ではなさそうだ。


「…ったく、こりゃ騒がしくなるな」


 彼女はこの世界に来たばかりで、何も知らない若者だ。

 ならば必要な知識を与えつつ、しっかりと支えてやるのが大人の役目だろう。

 ……正直言うと、金髪巨乳美少女ならもっと良かったが。


(…まあ、金髪以外は当てはまってるか)


「先輩、遅いですよーっ!」


「へいへい」


 さて、張り切ってるリリィを見習って、俺も程々に頑張るとするか。

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