第6話 惚れたら負け
2年前。
小学6年生だった京華は、たまたま一緒に帰宅していた蘭と共に、ある裏組織に誘拐された。
組織の目的は、強大な魔力を持つ穢れない乙女を生贄に、異界から魔神を召喚するということであり、当時から100年に1度の天才と陰陽師界隈で言われ、子供ながら膨大な魔力を持っていた京華は、格好の標的だった。
才覚と魔力を十二分に持ち合わせていた京華は、一言で現すなら調子に乗っていた。
実際、同世代なら自分より強い相手はおらず、大人達の中でも、渡り合えるほどである。
多感期の子供が図に乗るなと言う方が難しい。
それ故に京華は簡単に誘拐された。
誘拐してきた端末人員ではなく、大本を叩こうと考えわざと誘拐される事にした。
一緒に帰宅していて巻き込まれた蘭は、誘拐されるという非日常なイベントに、凄くわくわくとしながら、京華同様にわざと誘拐されるのであった。
誘拐された京華と蘭は、別々の場所に監禁された。
蘭の方には最低限の監視員が配置され、京華の方は誘拐犯たちのリーダー格の男と対面していた。
『誘拐犯の癖に、私を自由にしておくなんて、随分と余裕なのね』
『ハッハッ。お前程度の術者を拘束する必要はねぇなあ』
『なら! 程度の攻撃を受けてみなさい!!』
京華は式神を4体召喚。更にバフをかける事で、最大まで強化をする。
見猿。聞カ猿。言ワ猿。それぞれ視覚、聴力、口を封じる権能を持つ猿。
最後に召喚したのは白鬼という、全身が雪のように白い巨大な鬼で、手には自身と同じ大きさのメイスを持っており、京華が使役できる戦闘系式神の中では最強の攻撃力を持つ。
白鬼は咆哮し、メイスを担ぎ、男に向けて突進していく。
勝敗。1秒もせずに決着がつく。
京華が召喚した4体の式神は、白鬼がメイスを振り上げ男を叩き潰そうとした瞬間に、切り刻まれて光の粒子となり消え去った。
『――う、そ』
手持ち最強の式神を、どう切り刻んだか把握できずに斃された。
そして男はまだ実力を半分も出していない。
早熟で才覚もあった京華は理解した。理解してしまった。
目の前にいる男には、自分では勝てないと。
先程までの自信に満ちた表情から一転。京華の顔は恐怖へと染まる。
妖気に近い奇々怪々な魔力を放出しながら、男は一歩一歩、京華の元に近寄っていく。逆に京華は一歩一歩後ろに下がるが、元より狭い部屋だ。直ぐに背中が壁へ接触する。
京華は壁に接触した状態で、ズルズルと尻餅をつき、自分の下半身が生暖かくなっている事に気がつくと、羞恥心で顔が真っ赤になる。
『ハッハッハハハハ。笑えるなあ。100年に1人の天才サマは、恐怖のあまり失禁――――ッ』
男は嘲笑を引っ込めると、慌てて部屋の入り口側へと飛んだ。
先程まで男が居た位置の天井が崩れ落ちてきたのである。
部屋中に舞う土埃は、乱気流の如く荒ぶる魔力により吹き飛ばされた。
『ら、蘭――?』
京華は信じられなかった。
目の前の幼馴染みが放つ魔力は、桁違い――次元が違っていたからだ。
蘭とは幼馴染みで今まで一緒に過ごしてきたが、これほど魔力を持っている事に気がつかなかった。
蘭は振り向くと、呆然としていながら失禁している京華をを見た。
『きょーちゃんを。私の大切な幼馴染みを! いじめたなぁぁあああ』
『クソッ。どうなってやがる! 聞いてないぞ、こんな化物が』
いるなんて――。そう男は呟く事が出来なかった。
京華の式神を斃した風術を、瞬時に発動させ蘭へと向けたところ、倍返しされ、逆に男は全身を切り刻まれてしまう。
わざと手加減をしたため致命傷にはなってないものの、血が身体から拭き出て、膝を折り地面へと落とした。
『ねえ、出したなよ。どうせ万が一に備えて、最強の手札は持ってるでしょう
きょーちゃんの式神を斃したみたいに、それもぶっ潰してやるから、出しなよ!!
じゃなくと――――……死ぬよ』
『――ッ……あぁああ』
男は舌打ちをすると、地面に広がる己の血を触媒とした悪魔召喚を行った。
悪魔を召喚するための、赤黒い光を出す魔法陣が現れる。
魔法陣から黒い泥のような物が噴水のように吹き上がると、そこに人型の翼を生やした悪魔が現れた。
触媒に使った地面に広がっていた大量の血液は、悪魔が召喚されたと同時に干上がっていた。
『こ……この――魔力は。お前の――いや――あなたさまの――魂の質は――ちょ』
召喚して現れた悪魔は、召喚した男に一別もせずに、部屋に漂う魔力と目の前にいる蘭を一目見ると、何か怯えたように身体を震わせ、蘭について何か口にしようとした瞬間。
胸元に蘭が拳を叩き付けた。
空気が一瞬震える。そして悪魔の肉体は、砂のように崩れ落ち、消滅した。
『――あの一瞬で逃げたかあ。お父さん達も、もう近くまで来ているみたいだし、それでも逃げ切れたら、まだ運命がアレを生かしたとして諦めよう』
蘭は自分を納得させるかのようにコクコクと頷くと、振り返り京華へと近寄った。
『きょーちゃん。安心して。もう大丈夫だからね』
安心させるように蘭は、京華を抱きしめる。
色々と聞きたいことがあった京華だったが、蘭に抱きしめられた事で、安心感が生まれ、いつもの大人びた雰囲気はなくなり、子供のように蘭の胸元で泣いた。大泣きをしたのだった。
(――蘭は気づいてないでしょうけど、蘭に初めて負けたのがあの時。私は蘭に惚れてしまった。『惚れたら負け』ってやつ。
しかたないでしょう。絶体絶命のピンチに現れて、圧倒的な力で相手を捻じ伏せ、私を安心させるために抱きしめてくれて。それで好きにならない方がおかしいわ。
……幼馴染みというアドバンテージで一緒にしてきたのに、蘭と同じ学校にいる自称親友を名乗る泥棒猫が、現れたのが気がかりだけど)
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