第16話 お誘いと危険な視線

朝6時15分頃、友部駅から水戸駅に向かう始発の列車が友部駅に到着。5月末にもなり、朝でも半袖で過ごせるくらいの気温になっていた。


2号車のドアが開く。すると、2人がけの席を確保していた深川楓と目が合い、手を振って合図してくる。

リュックをどかしてオレの分の席を空け、そこにオレが着席。


「おはよ〜雅也くん」

「おはよう深川さん」


こうして、水戸駅の北口で別れるまで深川楓と話しながら、毎朝始発で部活の朝練に行くのが地区の総体が終わってからの日課だ。


地区総体の2日後、たまたま朝かなり早く目が覚めて、始発に乗った時、彼女が車両にいた。その時RINEを交換してからスタートした。毎朝朝練に行くらしいのでオレもそれに便乗。

しばらくはぎこちない返答しか出来なかったが、最近は流暢に話せるようになってきていた。


彼女に会えるため、オレは毎朝ウキウキで起きることができ始発に間に合う。


「深川さん県総体お疲れ様。またぶっちぎりだったね」

「ありがと〜、北関東も優勝してくるぜい」

彼女お決まりのVサイン。毎朝眩しい。


中間テストの結果が返ってくる少し前。地区総体と同じ会場で陸上部の県総体が行われた。

彼女は地区総体と同様、3000mを2位と大差をつけて優勝。楽々と北関東総体にまで駒を進めた。


「でも北関東の会場は群馬なんだもんなぁ、同じく松笠でやってくれればいいのに」

「毎年全部の総体を松笠でやったら、他県の部活生にヘイト買いまくりだよ」

「いいじゃん、茨城の権力振りまいちゃお」

「北関東最弱だと思うぞ?」


毎朝30分ほど、他愛もない会話をして時間が経つ。


かなり発言や行動は抜けてることが多い彼女だが、どこかのアホのような邪な気持ちがなく毎日朝練に行き、自分を高めるために始発に乗っている。


部活に真正面から向き合っていく彼女の姿そのものに影響を受け、ここ1週間ほどは邪な気持ちより、純粋に朝練で自分を磨こうという意識の方が強くなっていた。


「あ、そうそう。3000mのタイムいくつだったの?」

「え?オレのタイム?いやぁいくつかなぁ」

「とぼけても無駄だからね〜、県大会の時サブトラで測ってたでしょ、3000mのタイム。一高の1年生の長距離の子たち走らされてたし、てか雅也くんも走ってたじゃん」

県大会2日目、オレを含め一高の長距離男子1年は競技の行われる競技場の隣にある練習用の競技場、サブトラックで3000mのタイムトライアルがあった。


タイムトライアルなのだから、タイム計測されるのだ。


「普通に負けてるよ……」

「何分?何分?」

「9分57秒」

「勝ったあ〜〜!まだまだ私の方が上だね✌️」

またも彼女はピースサイン。今度のピースは可愛いけど少しイラつく。


だってあなたホントに速すぎるからなどと、言い訳をしているうちに水戸駅に停車、そして、あっという間に別れる北口にまで着いてしまった。

今日の時間はこれでお終い。いつも通り手を振って別れかけた時、


「あ!そうだ土日どっちか練習終わった後に万波湖ジョグしようよ」

「え?いいの」

「いいよ〜、ついでに走り方も教えてあげましょ〜。私に負けてるの悔しいでしょうし。フフッ」


―――これは実質デートのお誘いですね。


じゃあねと手を振って去っていく彼女に、デレデレの顔をしながら手を振り返した。



朝練を終えて教室に行くと、田川、二宮、笹倉の3人組がニヤニヤしながら近づいてきた。


「いやぁ碇、聞いたぞ。誰なんだよ朝の女の子」

田川がオレの肩を組む。


「知らないとは言わせないからなぁ?朝練行くのに赤塚で乗った時オレ見たから」


そういえば二宮は今日、ゴールキックの自主練を朝早くから1人で黙々と行ってたっけ………


「長距離がすっごい速い人なんだよ、オレよりも明らかに速い。そしてまぁ正直に言うと………好きな人です」

「はぁ!?好きな人と朝通学とかリア充してんなお前、まぁどうせ結ばれないけど」

「いいだろ〜、おい、結ばれないはやめろよ」


窓際で男子4人大盛り上がり。気づけば授業開始の8時25分になっていた。

慌ててそれぞれが席に戻るなか、岸本が一瞬小さく振り返り、オレを間違いなく睨んでいた。


バカ騒ぎしすぎたかな?事実はどうか分からないが、今後は気をつけたい。


―――しかし、そんな生ぬるい理由でなかったことを知るのは先の話。

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