第8話 所詮ラブコメは2次元の話にすぎない

男なら、誰もが一度はラブコメ展開が突然起きたらいいなぁなんて思ったことがあるだろう。

曲がり角でパンを加えた女の子とぶつかってドキッ。落としたハンカチを拾ってドキッ。突然の幼なじみと再開でドキッ。

どれもよくあるものだが、憧れる展開だ。


――そして今、普通ではありえない展開が目の前で起きている。


電車で見知らぬ女子に壁ドンしている……


この日はちょうど初めてのテストがあった日の朝。高校生の通学時間と社会人の通勤時間は丸かぶりのため、電車の中は超満員だ。

吊り革を掴めるポジションに立てなかったオレは、電車に揺られる人の波に、2本の足だけで踏ん張るしかない。


そして、踏ん張れ無かったオレは、こうして見知らぬ女子に壁ドンしてしまったのだ。


背はオレより5cmくらい低いだろうか。ハイポジションのポニーテールで、髪は少し茶髪。目は大きくくっきりしていて、顔のパーツがここまで完璧に整った女の子はそこらで見たことがない。


すぐに睨まれると思ったが、何故か彼女はじっとオレの顔を見つめてくる。


「…こと、…てない?」


え?何?脈アリですか?


「あの、オレの顔になんかついてます?それとも知り合いでしたっけ?」


オレは分かっている。さっきは勘違いしそうになったが、世の中そんなラブコメ展開なんて起こらないし、そんなのは2次元だけの話だ。

それを踏まえて、オレは当たり障りない質問をした。


しかし、何故か質問の後、彼女の顔が曇り俯いた。


――え?オレ何かミスった?


気まずい。出来ればすぐに元のポジションに戻りたいが人が多くて戻れない。

生憎のことに途中の駅に停車し、余計に人が乗り込んできた。

肘を伸ばすことも出来ないほどに、彼女との距離が詰まる。俯いたままだが、彼女の白く綺麗な頬が少し赤くなっている。


「ほ、ホントごめんなさい。わざとじゃないんです」


「…堀玲香」


「え?何て」

聞き返すと、先ほどまでボソボソ喋っていた彼女が大きく声を張り上げ、


「海堀玲香!」


「か、かいほりさん?」


突然彼女から名前をカミングアウトされたが何のことだか分からない。

もしかしてホントに知り合いなのか?え、オレいつの間にこんな人と知り合いになってたの、思い出せよオレ…


「あ〜…えっと、どうも初めまして、海堀さん。オレは碇ま」


初めましてと言った途端、彼女の表情が一瞬悲しんでいるように見えたかと思えば、気づけばオレの右頬に平手打ちがお見舞いされていた。


頬をおさえながら、なぜビンタをお見舞いされたか理由も分からず彼女を見ているうちに、降車駅の水戸駅のホームに到着。


電車のドアが開き、人の波に押されるがままホームに降り立つ。その場に立ち尽くしながら、駆け足でホームから階段を駆け上がる彼女の後ろ姿を、ぼーっと眺めることしか出来なかった。


見知らぬ女の子に壁ドンをし、名前をカミングアウトされ、挨拶をしたらビンタをされた。

2次元なら壁ドンの時点で何か展開が始まっていただろう。しかし、現実はああだ。


そう、所詮ラブコメなんて2次元だけの話なのである。


―そしてこれが、海堀玲香との出会いではなく、【再会】なのである。

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