魔と精霊

 講義はより進んでいく。精霊と実際に相対して交信を行うのである。シーナ達は一通り精霊文字について学び、語彙は増えてきた。

 精霊術の講師――ゲオルグはフードを目深に被り、杖で宙をなぞる。杖の軌跡がぼんやりと浮かび上がり、やがて文字を象った。蝋燭ろうそくの炎のような文字は空中で陣を作り、精霊が顕現する。


「本日より、実際に精霊と交信することを目標にしてもらう。具体的には、儂の呼び出した精霊と意思疎通をこなしてもらいたい」


 水色で、半透明の身体。一目で分かる人離れした姿。無機質な印象とは対照的に、温かみのある眼。精霊は生徒全員を見回すと、何やら話し始めた。


 ――。

 ――――。


「……今の、聞き取れた?」

「早口で頭が追いつかないよ〜」


 生徒の一人が首を傾げる。内容を理解できたのは全体の約三割ほど。殆どが話の全体像を理解できなかった。するとゲオルグが通訳に入る。


「今、精霊が話したことを伝えよう。私たちは世界樹より生み出されしことわりの存在。この者に与えた加護を通じて理の一端をお見せしよう……とのことだ」


 精霊は宙を舞う。ゲオルグの隣までやって来ると、肩にそっと手を乗せた。加護を与えられた者――ゲオルグは精霊の理について説明を始める。


「精霊は世界樹が生み出した理を司っている。一つの精霊につき一つの理があると思ってもらって良い。儂の契約したこの精霊の理は救済。有り体に言うならば治癒や再生の言葉が当てはまる」


 治癒、再生の力。その説明に生徒たちは言葉を失った。しかしゲオルグはあくまで一例だと釘を刺す。


「ここまでの話は聞こえが良いだろう。だが、全ての精霊が良しとはされていない。破滅や破壊など、悪しき理を司る存在……儂らはそれを『魔なる精霊』と呼んでおる」

「魔なる精霊……魔王?」


 シーナの口から無意識に零れる。耳聡くゲオルグはその言葉に反応してみせた。


「誰か魔王、と言ったな? それもひとつの正解かもしれん。魔王は魔なる精霊と生物が融合した存在だと言われてもいるからな」


 ニッと笑うゲオルグ。カツカツと音を立てて板書をする。黒板には相関図のようなものが記されていた。

 シーナの頭の中でニヤリと嗤う魔王シニカの顔が浮かぶも慌てて首を振る。目をパチリと開けて講義に集中する。


「故に儂ら、精霊使いの対極にあるようなものだな」


 ゲオルグの話を聞いていると、シニカ達――魔王と呼ばれる存在の一端を知れた気がして嬉しく思う。シーナの口元は綻ぶ。

 魔王は魔なる精霊が生物と融合した姿。だからこそ人の姿と生物の姿が入り混じっているのだと。


 ――また、ゲオルグか魔王に匹敵する存在だと言われた気がして、背筋を震わせるシーナ達であった。


 ***


 まったりと時間の流れる昼過ぎ。シーナはゲオルグの元を訪れていた。

 訪問の目的を端的に言えば、興味の質問である。


「先生、魔王についていくつか聞きたいことがあるのですが。お時間よろしいでしょうか?」

「おや、シーナさん。儂に質問しても構わんが、それは『黄昏の魔王』やそれこそ、『不殺の魔王』に直接質問した方が早かろう」

「ゲオルグ先生から見た魔王について……魔なる精霊について聞きたいことがあるんです」


 精霊使いから見た魔王、魔なる精霊。

 水竜であるランシア、白鯨であるジン、大烏であるリンフィアはそれぞれ人と魔物の姿を持っている。

 しかしながらシーナは『不殺の魔王』エフェドラ=シニカのアルラウネとしての姿しか見たことがなかった。その疑問はシーナの胸の隅に常に存在している。


「良いだろう。儂に答えられることであれば答えよう」

「魔なる精霊は生物と融合することで魔王となると先生は仰いましたが、それはにも当てはまるのでしょうか?」


 シーナは奥底に眠る疑問を掘り起こした。

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