長命種-7
薬を配っては、湯を沸かす。その流れの繰り返し。湯気で火照る身体と額の汗は彼女らの頑張りを証明していた。
住居ひとつを借りて、ひたすら同じ作業をこなすシーナ達だったが、お茶を受け取りに来たエルフ達は皆同じものを身につけている。
「マグが靴を……こんなに早く!?」
ただでさえ編み物は膨大な時間がかかる。それを量産するなどきっと出来ないだろうとシーナは考えていた。
しかし何故だろうか。エルフは皆、足袋を履いている。
「マグ、どうして。どうしてなの?」
シーナの脳裏に失敗がちらつく。
言葉に出さないにしても、内心では「どうして私の邪魔をするの?」と問う。湯気の熱気もあってか、思考が綺麗に纏まってくれない。
「シーナ、大丈夫? すごい顔してるけど」
「ええ、大丈夫よ……私は」
フィーロから心配の声。彼女の肩に手を乗せ、シーナの様子を窺っている。シーナの視線の先は常に鍋に張られた水面があった。
「もう! 明らかに大丈夫じゃないでしょう!」
堪忍袋の緒が切れた音。アーレは声高に叫ぶ。
肩に乗せられた手を無理やり引き剥がし、アーレはシーナの両肩をがしりと掴んだ。
「ちょっと、何してるのアーレ!?」
「そんなの決まってるよ。シーナを鍋から遠ざけるの! 多分、力ずくじゃないと従ってくれない」
アーレはそのように一言付け足して、フィーロを睨みつける。
眼力に込められた意味。
──それすなわち、「一緒に手伝え」と。
「うん、分かったよ」
フィーロは頷くと、未だに手を動かそうとしているシーナを押さえつける。
「嫌! 離して! ……お願いだから、離してよ」
「何を言おうと離さないよ。だってシーナ、自分がどんな顔をしているか見えてる?」
アーレの言葉でシーナはふと、鍋の中──水面に映りこんだ自分に気づく。水の中にいた
少なくとも、男性の前で見せられる表情ではない。
「一旦、顔でも洗ってきなよ」
感情の入り乱れるシーナに対し、アーレはそう諭す。涙を零しながらシーナは洗面所へ走っていった。
「……ここにシニカさんは、いるはずもないのに」
去り際の一言。アーレの耳は聴き逃さなかった。
***
「どうして上手くいかないんだろう」
本心が口から
自分はシーナ以外の誰でもないのだと実感させられるのだ。どれほど頑張ってもシニカには届かない。
自然と涙が出てしまう。不甲斐ない自分にシーナは、地面にぺたりと座り込んでしまった。
「もう、何をやってるのよ。本当の私はそんなものじゃないでしょう」
自分を擁護する言葉が自身の口から出ていたことに目を見開くシーナ。
「……シーナ!」
誰かがシーナの名前を呼ぶ。振り返るとそこにはマグの姿、息を切らし、膝に手と体重を預けて肩を上下させている。
「どうしてマグがここに?」
「ふ……はぁ、はぁ。フィーロに場所を聞いた……からな」
荒い呼吸を繰り返しながらも、マグは経緯を話す。そしてマグは脈絡のない言葉を吐き出した。
「お前はシニカじゃないし、シニカにはなれない」
「っ!?」
突然の言葉にシーナはマグを睨むが、すぐに顔を俯かせてしまう。
「だから、シーナはシーナで出来ることをやればいいんじゃないか? 一緒にエルフの人達を助けよう」
マグは提案する。
涙でくしゃくしゃになった顔を両手で拭い、差し出された右手を握った。マグはシーナを引き上げ、両肩に手を乗せる。
「俺はお前の力になりたい」
真摯な眼差しで、話しかけるマグ。
やがて恥ずかしさを覚えたのか、シーナは視線を逸らした。桶の中の水に映りこんだ自分を見て、シーナは口を開く。
「見えてなかったのは、私のほうだ」
シーナはシニカにはなれない。そして同時に理解する。マグには周囲が見えていて、常に先を見据えていたのだと。
潤んだ瞳でマグを見つめ、そして部屋の外へ視線を向ける。
「マグ、ひとつだけお願いがあるんだけど」
「なんだよ突然?」
「私の頬をぶってくれない?」
予想だにしていなかったためにマグの思考が止まる。一瞬の間を空けたのち、マグは頷くと頬を平手打ちした。
そして本気の拳がマグの腹を穿つ。
「うっ……ぷ、うえっ」
腹を押さえて蹲るが、その姿勢から見えたシーナの横顔は明るい。シーナはマグに手を差し出して、花のような笑みを浮かべる。
「さあ、人助けの続きを始めましょ。マグ」
「ああ、もちろんだ! ……いや、仰せのままに。お嬢様」
「何言ってるのよ、早く戻るわよ。やること沢山あるんだから!」
マグの軽口に冷たい目を向けるシーナだが、普段通りの彼女だとマグは確信した。
マグの口元も無意識に綻んでいる。
「やっぱり、シーナはこうじゃないとな」
最後にこぼれた本音は幸いにも、シーナの耳には届いていなかった。
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