第一部

第一章  樹海の妖精

不殺の魔王-1

 少女は森の中を駆けていた。暗い暗い、獣道を潜っては足元で木の子が香る土の上を歩く。


「こんなところに、本当にいるのかしら。華の精」


 少女は十六ほどで、華奢な身体を土に汚しながら華の精を探す。暫く森の中を歩き回っていると、一際光の差し込む場所があった。灯りに群がる蝶々のように、光の中へ少女は助けを求める。

 眩い光に視界が奪われていく。


「お願いです、華の精。どうか、私の恋人を救ってください!」


 瞑った目を開けると、目の前にはアルラウネがいた。少女は自身の目を疑ってしまう。

 アルラウネはにこり、と微笑んだ。その表情が噂に聞く華の精であることを教えてくれた。

 優しさに溢れた眼差しは助けを求める少女を魅了する。


「いいでしょう。但し、条件があります」

「条件?」

「……貴女の血を少し分けてください。その後私は五つの質問をします。正直に答えてください。いいですね?」

「わかったわ」


 少女は瑞々しい腕を噛み、出血させる。傷から滲んだ雫をアルラウネの根に垂らす。曲がりくねった根の一部が、赤く染まる。


「交渉成立ですね。改めまして私の名前はシニカといいます。以後、お見知り置きを」


 アルラウネ──シニカはひらりとスカートの裾を摘むようなポーズを見せた。すぐに真剣な表情へと戻り、口を開く。

 質問の始まりである。


「まずは第一の質問です。先程救ってくださいと言いましたが、貴女の恋人はどのような状態にあるのですか?」

「手足が痺れるらしくて、最近になって歩くのが大変だって……家で寝たきりなの」


 何かの病気なのでしょうか、と少女の口から零れる。その一言に答えることなく、シニカは第二の問いを出す。


「どれくらい前からしびれがありましたか?」

「ええと、かれこれ半年くらい前からだと思うわ」


 少女は経緯を思い出すが、かなり前から病に伏せていたようで大まかな答えしか出せない。しかし、シニカはこれらの情報での病に目処が立っていた。あとはその推測に背景が合致するかどうかである。


「三つ目の質問です。貴女がこれまでに恋愛関係にあった人はどれほどいますか?」

「……今までに三人くらいよ」

「では、しっかりと身体を清潔に保ってますか?」

「それは勿論。毎日身体を拭いてるわ」


 そして、シニカは最後の質問に移った。


「最後の質問です。貴女の体調はいかがですか?」

「えっ、私? 私は至って普通だと思うわ。でも、月のものが早かったり遅かったりするかも……」


 するとシニカの表情が一変する。少女の背景と推測が重なったのだ。


「そうですか。私はこれから悲しいことを貴女に伝えなければなりません」


 とても辛そうな顔で少女の目をみつめるシニカ。シニカの瞳を見て、少女は今から何を言われるのか想像できてしまった。


「貴女の想い人は恐らく、あまり長くはありません。だからここをすぐに出発することを薦めます。それと貴女も、病気を治療するように努めてください」

「私も、病気……!?」

「ええ、恐らくは。夜の営みで伝播する疫病があるのです。貴女たちはその疫病を持っているのだと思います」


 少女たちはそのうち、赤黒いまだらが顕著になるだろう、とシニカは考える。

 少女は相当なショックを受けているようだ。地面にぺたんと腰を落として嗚咽している。少女は自分の身体も麻痺していくのかと思うとそれだけで怖かった。


「貴女ならまだ疫病が全身に回っていない可能性が高いですが、恋人のほうはが全身に回っていると思います。余命は決して長くはないでしょう」

「そう、ですか」


 少女の目尻から涙が零れた。

 しばらくそのまま涙を流していると、気分が落ち着いたのか立ち上がる。急いだ様子で帰路についた。


「本当にありがとう、華の妖精さん!」

「こちらこそ新鮮な血液、ご馳走様でした。貴女も治療を頑張ってくださいね」


 勇敢に走っていく後ろ姿を見て、シニカは呟く。


「……私はそんなお礼を言われるような大層な存在ではないですよ。なんせ、魔王なんですから」


 ***


 町に帰ってきた。

 少女はすぐに恋人のもとへ向かう。家の扉を開け、眠っているであろう寝室へと駆け込む。


「や、やあ。帰って、いたんだね」


 ベッドの上に横たわった少年がいた。布団を腹の辺りまで被り、横目で少女を見つめている。

 少年は上体を起こそうとするも上手く動かない。少女が弱々しい身体を支えることで、ようやく起き上がった。


「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

「華の精の噂、本当だったんだ。そっか、僕も長くはないんだね」


 少女の表情から自分の余命は長くはないと悟るも、上手く言葉が紡ぎ出せない。


「聞きにいってくれてありがとう、シーナ。これだけで覚悟ができる、から」 


 少女、シーナの目の前で少年は微笑むが、その笑顔は今にも泣き出しそうであった。非情な現実を突きつけられて、平気でいられる訳もないだろう。


「本当にありがとう。これだけ、先に言ってもいいかい?」

「……え?」

「愛してる……ずっと」

「うぅぅ、うわぁぁぁぁぁぁん!」


 少女はとうとう、大声で泣き出してしまった。

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