22話 相手の事をちゃんと見ろ

 ……声が聞こえる。

ぼくを呼ぶ声が……誰だろうか?ここにはぼくしかいないはずなのに……、そういえばどうしてぼくは目を閉じているのだろう。


「おぃっ!レース!おぃ!」


あぁ、そうだ思い出した……、患者さんに殴られて意識を失ってしまったのか。

それにしても声がうるさいな……?


「おぃっ!何があった!」


 この声はダートさんか、そういえば彼女に心配をかけさせたくないとドアの鍵を閉めて入れないようにしていた筈だ。

簡単に開くような鍵では無い筈だったのに何故この人が側にいるのか…?確認する為に思いまぶたを上げて周りの様子を見る。


「えっと……、これはいったい?」

「てめぇやっと起きたのかよ……」


 ドアが魔術で抉られている。

もしかしてぼくの返事が無かったから壊して入って来たのかな。



「え、えぇ…」

「ったよくぉ、心配かけさせんじゃねぇよ」


 心配してくれた気持ちは嬉しいけれど次からは穏便に入って来て欲しい……と言っても今回はぼくの行動が原因だと思うからとやかく言う事は出来ない。

まずは心配をかけさせてしまった以上はめんどくさいけど謝ろう。


「心配かけさせてしまってすいません……」

「あっ?謝る位なら最初からカギ閉めてんじゃねぇよ……で?何があったんだよ」

「それは、錯乱した患者に殴られてしまいまして……」

「そりゃおめぇ、相手に何か言っちまったんじゃねぇの?」


 相手に何かを言ってしまった?ぼくは特にこれと言って何か変な事を言ったりしていなかった筈だ。


「いえ、特に……思い当たる所は」

「お前……良く考えてみろよ」


 良く考えてみろと言われても、ぼくが患者さんに言ったのは真実を伝えただけだ。

ぼくは伝えた事を間違っていたは思わないけど、失ったものは戻らないのがこの世の真実だしそれを治療術師としては伝えるのは大切な事だけど……、もしかしたら患者さんからしたら違ったのかもしれない。


「……失ったものは残らないって言いました」

「あぁ、そりゃお前殴られても文句言えねぇわ……いいか?良く考えてみろよ。

腕を無くしてショックを受けてる奴が目を覚まして絶望してる所にいきなりそんな事言われたら普通はぶちぎれるか、事実を認める事が出来ずに錯乱すんだろうが」


 彼女が真面目な顔をしてぼくを見つめる。

出会ったばかりのこの人にそこまでの顔をさせてしまうとは余程の事をしてしまったのだろうか。


「いいか?レース、俺はめんどくせぇから一度しか言わねぇぞ?」

「……はい」

「おめぇ相手の事ちゃんと見てねぇだろ」


 相手の事を見ていない?いったい何を言っているのか。

ぼくは相手をしっかり見ている筈だ……現にこの人の事も良く見ている。

気性が荒く口が荒い人だと知っている。


「つまり何を言いたいんですか?」

「同じ事をお前が同じ状況になった時に言われたらどう思う?」


 どうって……ぼくが腕を無くして目を覚まして同じ事を言われたらどう思うか?そんなの当然嫌に決まっている。

ただぼくが同じ状況になった場合、自分の力で無くした腕を再生できるけれど一般的には出来ない。

そこを頭に入れて考えてみるとショックを受けるし、ぼくだったら動けなくなってしまうだろう……。


「そっか、そういう事ですか……」

「分かったみたいだな?おめぇがやられて嫌な事と相手に嫌だと言われた事はやるんじゃねぇよ」


 ただそれでもぼくは間違えていないと感じてしまう。

治療術師として相手に真実を伝えるのは必要な事であって、そこに患者の心情をくめっていうのは難しい事だ。

そこまでの事を求められてもぼくは完璧な人間ではない。


「それが治療術師として伝えなければ行けない事でも?」

「そこはおめぇ、伝え方を工夫すりゃいいだろ」


 同じ事を以前師匠にも良く言われた気がする。

師匠の下を離れて大分立つけれど、まさか同じ事を言われるとは思っていなかった。


「それにお前、色んな人が仲良くしようとしても未だに敬語で距離取ってまともに話し合おうとすらしてねぇだろ」

「それは……、相手との距離感は大事でしょう?」


 つまり何が言いたいんだろう?

さすがにぼくが悪いって分かってるから聞いているけどそこまで言われる程だろうか。


「そりゃ距離感は大事だ、けどよお前がやってんのは相手とおめぇの中に壁を作って距離を離してるだけだ」

「つまり……?」

「おめぇは自分はこうあるべきって考えで動くんじゃなくてもっと自分を見て相手を見ろって事だ」


 とりあえずぼくの全てが間違えているって言われているのはわかった。

けどしょうがないだろ……これがぼくなのだから、ぼくはこういう人間だしこういう価値観の人間だ。


「癪に触るところがありましたが、言いたい事は分かりました」

「そりゃおめぇほんとの事言われてそこを悪いと指摘されたらイラっとくんのは当然だろうがよ」


 そこまで好き勝手言われて不快に思わない人はいないだろ。

師匠に手紙で言われていなかったら、この人の事を今すぐ追い出してしまいたい。

あれこれ好き勝手言われて、あたかも出会って二日目の人にぼくの事が分かっているかのような言い方をされる。


「それがぼくを怒らせると分かっていても?」

「必要ならな、けど今は喧嘩するよりもまずはやる事があんだろ?」


 やる事ってなんだ?そこまで言われて何をやる事があるっていうんだ?必要なら怒らせる。

人の事を何だと思ってるんだこの人は不愉快だ。


「やる事……ですか?」

「出て行った患者に頭下げて謝ってこい!歳下のガキに言われて恥ずかしくねぇのかよ!」


 言われて患者の事が頭から離れていた事に気付く。

どうして頭から離れていたのだろうか、もしかしてぼくにそれを気付かせるために色々と言ってくれていたのか?

そう思うと恥ずかしくなる、彼女の言う通りだ。

まずは言われた通りにしっかりと謝りに行こう。


「すいません、俺が間違ってました……直ぐに謝ってきます!!」

「おぅ、やっとわかったのかよ!さっさと行ってこい!」

「はいっ!」


……ぼくは急いで家を出て患者に謝る為に村に急いで向かった。

ただ……村に着いて患者が何処にいるのか色んな人に聞いて聞いて回ったけれど、帰宅して直ぐに荷物をまとめて出て行ってしまったらしい。

ぼくは謝る事も出来ずにやりきれない気持ちを胸に抱いて帰る事になるのだった。

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