19話 血清

 意識を失っていたのは嘘だ。

首筋を噛まれた後からずっと意識はあったけれど、毒を分析して血清を作り出す為に意識を集中していたから動けなかっただけで別に態と動かなかったわけではない。

それにしても困ったな……、あそこまで気が強いダートさんがここまで取り乱してしまうとは思わなかった。

一応精神面を整える事は治癒術で出来るけれど一時的に精神面に不調を来たしている人に使うのはリスクしかない為危険だ。


「生きて……る?」

「えぇ、生きてますよ?」

「え……?モンスターに噛まれていたのになぜ…?首の傷も抉れていたのに無い…?」


 正直首の肉を抉られた時は本当に死ぬかと思った。

ぼくの治療術の流派は、師匠が源流だけれど既に一部の範囲では治療術の範囲から越えている。

部位欠損位なら細胞と魔力に働きかける事で新たに生成する事もぼくなら可能だ。

師匠の元に居た頃に失った部位を生成する新術を作り出したが……、生命の冒涜とお偉いさん方が声を荒げてぼくを治療術の学会から追放しようしたせいで世には出回っていない治癒術だ。

当時は師匠がぼくをかばってくれたおかげで追放もされず治療術師の資格を取り上げられることも無かったけれど、当時の嫌がらせの数々を思い出すと暗い気持ちが心を侵す。

あの技術がどれ程画期的で何人もの命を救えるのかもわからない老害共が……当時の感情に心が支配されそうになっているのを自覚してしまう。

このままでは良くないので取り合えず今は適当に誤魔化す事にした。


「それは…そのぼくが治療術師ですから」

「レースさん!」

「えっ!?」


 凄い力でいきなり抱きしめられる。

これは一体どういうことなのだろう?抱きしめられるようなことをしたのだろうか?考えても出てこない答えに困惑するしかない。

どうしてこんなに彼女は泣いているのだろうか?ぼくが無傷でいるのがそんなに嬉しかったのだろうか?

理解出来ない状況に混乱しそうになる。


「落ち着いてください、今はぼくを抱きしめるよりも患者を診療所に連れて行く事が先決です。」

「えっ!?えぇ…そ、そうでしたね!」

 

 顔を真っ赤にした彼女が突き放すようにぼくから離れる。

抱きしめられて動けない体がやっと解放されたけど……反応が今迄と余りにも違い過ぎてどう反応すればいいのか分からなくなる。

思う事はあるが今はそれについて考えている暇はない、毒の解析をして血清も作れた以上急いで治療を始めなければ行けない。


「ではぼくは患者を抱えて行きますので、ダートさんはこの長杖を持って先に診療所行ってください。後換気と簡易ベッドのシーツを清潔な物に変えておいてください」

「えっ…えぇわかりました!レースさんも早く来てくださいね!」


 ダートさんはそういうと短杖に魔力を込めると人一人通れる範囲の空間を開きその中にもう一つ魔力を通し遠くの空間と繋げていく。

開かれた空間の中にぼくの家が映し出される。


「ではあちらでお待ちしてますっ!」


 そういうと彼女が飛び込んで行ってしまう。

空間跳躍何て高等な術が使えるならぼくたちも連れて帰ってくれれば良かったのに……余程焦っていたのだろうか。


「……しょうがないから、背負って帰りますか」


 ぼくは患者を背負うと体に負担をかけないように治癒術をかけ続けながら走って帰る事にした。

そして何事もなく半刻程走り家に着いた瞬間にダートさんから報告を受ける。


「レースさん!準備はもう出来てますよ!」

「えぇ、後はぼくがやるので呼ばれるまでリビングで待機していてください!

「わかりました!あ、後長杖は診療所に置いてあります!」

「ありがとうございます!」


 後は彼女に出来る事はないからリビングで待機して貰い必要になったら呼ぼう。

急いで診療所に入るとしっかり準備をしてくれていたようで安心する。

ゆっくりと患者を清潔なベッドに寝かせ眼鏡で診察を始めた。


「体内にはまだ毒が残っているから、まずは何処まで進行しているか確認しなければ……」


 まだ全身に回っていないこれなら助かりそうだ。

診療所に運んで貰った長杖を手に取ると患者の身体に当ててゆっくりと意識を集中していく。

ぼくの体内で作った血清を魔力に変換して患者の体内に少しずつ移して行き体内で患者の魔力に波長を合わせて馴染ませていく。

ぼくの体内の血液が減って行く感覚に眩暈を覚えるが今はそんなことを言ってはいられない。


「……よしっ」


……患者の体内に血清の効果が行き渡るのが診える。

これで大丈夫だろう後は患者が目を覚ますのを待つだけだから休ませて貰う。

疲労と貧血で眩暈がする体を引きずるように彼女が待機しているリビングに向かっていく。

少しだけ椅子で仮眠しようか……、そう思いつつリビングに入ると彼女が何やら声をかけてくるが答えずに意識を手放すのだった。

何やら悲鳴が聞こえた気がするけれど気のせいだろう。

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