第31話:変わりゆく関係

「……ん」  


 目が覚める。

 まだ少し身体がだるいが、昨日よりは回復した気がする。

 ふと、隣を見ると椅子に座って私をじっと見つめるムーナがいた。


「お、おはよ……」

「お、おはよう……」


 挨拶を交わした後、すぐに目を逸らされてしまう。視界に入るのは真っ赤に染まった耳。

 やはり昨日の出来事が恥ずかしすぎて、私の事を直視できないのだろう。


(恥ずかしいのは私だけじゃなかった……)


 だがそれは私も同じ。

 ヒートアップして起こした行動に自ら顔を熱くし、枕に顔を埋めていた。

 だって昨日のアレっていわゆるディープなキスでしょ?

 私の人生の中で最も刺激的な体験をしてしまったんだ。冷静でいられる訳が無い。


「「……」」


 結果、お互い無言の時間が続く。

 なんだろう、この気まずい雰囲気。

 静かだから余計に昨日の事を考えちゃう。この状況、絶対よくないよね?


 気を紛らわせたくて、私は布団から顔を出しムーナに声をかけようとしたのだが


 コンコン


「「っ!!」」


 ノックの音に遮られてしまう。


「ど、どうぞー……」 

「はーい、ってなんか雰囲気重いですね……」

「いや重いって言うより……お二人さんなんかやった?」


 入ってきたのはステラとエメラルだった。二人とも初めは心配そうな顔をしていたものの、私達の妙な雰囲気を見て何かを察したらしい。


「「っ!!」」

「あー……なるほど」


 まぁあれだけ酷い状態から話せるようになってたり、お互い顔を赤らめているからバレバレだよね……

 お願いだからあまり触れないで……!! と、強い視線を向けるとやれやれといった顔で別の話へとうつってくれた。


「とりあえずリコットは牢獄にぶち込まれたわ。怪しい戦闘員らも大半は殺したけど、まだまだ捜索中や」

「そっか……とりあえず一件落着、かな?」

「安心するのはまだ早いで。パーシバルに例のあいつが残ってるし、また何かをしてくるかもしれん」


 そういえば姉妹ちゃん達が異様な雰囲気の女性がいると言っていたな。

 恐らく彼女がリコットをけしかけ、私達を確保しようとしたのだろう。


「ま、少なくとも今のショコラにやってもらう事はないわ。ゆっくりやすみなー」

「おやすみなさいですー」

「ん、二人ともありがとうね」


 手を振った後、二人は寝室から去った。

 そしてこの場には再び私とムーナの二人だけが残される。


「昨日はごめんね……」

「全く……心配したぞ」


 が、先程までと違い少し話したおかげで、落ち着きを取り戻すことが出来ていた。


「いくら何でも無茶苦茶すぎるぞ……わらわも死ぬかと焦ったわ」

「あはは……」


 剣が腹に突き刺さり、それを無理やり引っこ抜いてハイヒールで即座に治療。

 見ている側からすれば、気が気でない状況だったと思う。オマケに魔力切れで倒れたのだから、ムーナにはたくさんの心配をかけてしまった。


「だが、よく頑張った」

「……ありがとう」

  

 ポンと頭に手を置かれゆっくりと撫でられる。手が動く度に心がぽやぽやした気持ちで包まれ、目を閉じた事でその感触がより強く感じられる。


「……」


 いい気分……このままムーナに撫でられていたい。


 トクン……トクン……


「っ……」


 同時に心臓の鼓動が早くなる。

 おかしい……幸せな気持ちがいつも以上に溢れてしまう。

 ただ撫でられているだけなのに、ムーナの一つ一つに過剰な反応を示している。


「ムー……ナ?」

「っ……!!」


 やや上目遣いでムーナを見たが、また目線を逸らされる。

 

「……なんでこっち見てくれないの」

「そ、それは……」


 それが少し不満だった。

 ムーナの方へと手を伸ばし、服をぐいっと引っ張る。

 いくら恥ずかしいとはいえ、私の方を見てくれないのは嫌。

 まるで嫌われているみたいだし……


(なんか……おかしいや)


 いつもよりムーナに対する感情が大きくなってる。

 ちょっとした事でも気になるし、もっと私に向き合って欲しいとも思ってしまう。

 

「こっち見て……無視しないで……」

「っ……お、お主……」


 こんな甘えた声を出して、構ってもらおうとアピールしちゃうのも、ムーナのせいだ。


「わかった……だからあまり拗ねるな……」

「……拗ねてない」


 変に嫉妬したり、面倒くさい感情を抱いたりするのも全部……


「う……これで、いいか……?」

「ん……」

 

 私の機嫌を治すためか、少し視線を逸らされながらギュッと抱きしめてくる。

 むぅ、また見てくれない。

 ムーナに抱きしめられるのは好きだけど、なんか誤魔化されたような気がする。


「んー……」

「っ……や、やめ……」


 いつまで経っても変わらない態度に痺れを切らし、私はムーナの顔を掴んで無理やりこっちに向かせた。


「っ!!」

「っ……」


 潤んだ金色の瞳。

 瞬間、ドクンと跳ねる心臓の音。

 昨日と同じだ……

 

「ぁ……」


 じっと見つめる。

 ムーナの頬がより赤く染まり、恥ずかしいからと逃げようとする。

 だけど相手は私。弱っていてもムーナより力は強い。


「ムーナ……」 

「っ!?」


 その瞳に吸い寄せられるように、私の顔を近づけていく。

 まるであの時の感覚を求めるように。自らの唇を少しだけ尖らせ、彼女のものに重ねようと……


「違う……じゃろ?」

「っ!!」


 少し引き気味なムーナの言葉に、私の動きが止まる。


「まだ魔力供給が必要なら分かるが……もう大丈夫、では?」

「そ、そうだね……」


 あれは魔力供給を効率的に行う為の方法。快楽など二の次だ。

 今私がやろうとした行為は魔力供給の事など一切関係ない。

 己の欲望を優先した一方的な押し付けのようなものだ。


「体調を崩して人肌恋しくなったのじゃろう……少し休め」

「……わかった」

「わらわは水を飲んでくる……」


 やや早足で、寝室を出ていく。

 ムーナは何も間違った事を言っていない。熱に浮かされた私を冷静に落ち着かせたのだから。


 でも


『違う……じゃろ?』 


 あの時のムーナの姿が頭から離れない。


「……え」


 頬を伝って流れていく涙。

 自分でも驚きだった。

 なんて事はないと思っていたのに。

 

「なんで……だろ」


 今日はおかしい。

 ムーナの事で過剰に反応してしまう。

 さっきも、傷つけるつもりはないって分かっている。


「……ぁ」


 なのに……私を止めた言葉が私の胸に深く突き刺さっていた。

 

「どーしたんや?」

「っ!? エ、エメラル!?」


 いつの間に!?

 突然現れた事に動揺しつつも、そんな事はお構い無しに私の側へ近寄るエメラル。


「ムーナの様子が妙やなーって思って来てみたけど……大丈夫なんか?」

「う、うん……大丈夫」

「んなわけないやろー、泣いてるんやし」

「あ……こ、これは」


 どうしよう。変に気を使わせたのかもしれない。

 別に喧嘩をしたわけではないし、さっきのは私が悪い。それどころか私を諭したムーナの言葉で泣いてしまったのだから  ……なんて面倒くさい女なのだろう。


「ウチでいいから話して欲しいわ。ムーナに直接言えない事もあるやろ?」

「……わかった」


 ただこれ以上エメラルを心配させるのも嫌だったので、私はこれまでの出来事を全て話した。

 エメラルはふんふんとうなずくばかり。 気になる所に突っ込んでくる……なんて事は無かった。


「なるほどなぁ……ま、今の聞いてこれだけは分かったわ」


 軽く笑みを浮かべるエメラル。

 そこまでおかしい話した?

 彼女の様子に違和感を覚えていたが、この後に告げられた言葉に私は更に首を傾げる事となる。


「ムーナに恋してるんやろ?」

「へ?」


 予想の遥か上を行く答え。

 考えたことも無いけど、心にすっと入る言葉。

 これが……恋なの?

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