恋するスタートライン

夕日ゆうや

第1話 恋人の死

宏斗ひろとくん! 宏斗くん!」

 私は何度も彼に呼びかける。

 ああ。こんなことになるなんて。

 私が呼びつけなければ、こんなことにはならなかったのに……。

 血だまりが細菌のようにじわじわと領域を増やしていく。

 地面をぬらしていく。

「宏斗くん!!」

愛紀あきちゃんが、生きて……くれて……良かった」

 宏斗くんは笑みを浮かべて、握っていた手を離す。

 いや離れた。

 私はどんなに愚かなのだろう。

 彼を死なせてしまっては意味がないというのに。

 私の人生はここで終わった。


 ◇◆◇


 犀川さいかわ宏斗くんの葬式はしめやかに終わった。

 恋人であった私は線香を上げた。

 でもこれで全てが終わったとは思えない。

 私が求めていたのは、こんな未来じゃない。

 欲しいものが、求めていたものは過去にある。

 宏斗くんの代わりは存在しない。

 この胸の痛みを抑えてくれる方法はない。

「過去は変えられない。でも未来は変えられる」

 そんな言葉を聞いたことがある。

 でも私が求めていたのは過去。未来を変える必要なんてない。

 過去が変わればいいのに。

 そう思っている。

 私は棺桶の前で嗚咽を盛らしてむせび泣く。

 宏斗くんのご両親が私を抱きしめ、椅子に座らせてくれる。

 いわゆる親公認の恋人だった。

 優しくしてくれるご両親だった。


 私は過去に思いを馳せてみた。

 高校一年。

 宏斗くんと出会った頃。

 まだ、宏斗くんが元気出会った頃。

 静かに目を閉じて瞬くと、目の前には宏斗くんがいた。

 宏斗くんは心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

「大丈夫? 怪我していない?」

「宏斗くん!!」

 私は宏斗くんに抱きつくと、嬉し涙を流す。

「え、いや。初対面の相手に何しているのさ!?」

 宏斗くんは狼狽したように私を引き離す。

「え」

 その言葉、声、態度が冷たく感じた。

「ええと?」

「俺の名前を知っているのな。キミは?」

「あ。えっと。私は楠本くすもと愛紀あき

 名前を問われてとっさに応えたが、なんで知らないのだろう?

 分からない。

 それに彼は死んだはず。

 なんで生きているのか……。

「さてと。その格好からして永世えいせい高校の生徒?」

「はい」

 確かに永世高校の一年だけど、なんでそんな当たり前のことを聞いてくるのだろう。

「じゃあ、俺と一緒だ」

 とくんっと胸の高鳴りを覚える。

 デジャブだ。

 そうだ。私、こうして宏斗くんと出会ったんだ。

 もしかして……。

「宏斗くん。カレンダーある?」

 クスッと笑みを浮かべる宏斗くん。

「スマホ、持っていないの?」

 優しい宏斗くんはわざわざ自分のスマホを操作してカレンダーを見せてくる。

「あ。そっか」

 自分で調べたらいいのに。

 苦笑を浮かべて宏斗くんのスマホを見る。

 2024年の4月2日。

 私と宏斗くんが別れる二か月前。

 トラックにひかれる二か月前。

 私、もしかしてタイムリープしているの?

 だったら、今度こそ宏斗くんを助けて見せる。

 絶対に守るんだ。

 絶対に一生を遂げて見せるんだ。

 私を好きでいてくれる宏斗くんを、大好きなのだから――。

「いこ。学校始まるよ」

 優しく問いかけてくる宏斗くんに心を奪われたように立ち上がる。

 と、制服の上にベチャリとくっついていたジャムを塗った食パンが落ちる。

 運悪くジャムの方が制服についたらしい。

「あー。最初に保健室とかでジャージに着替えるべきかもね」

「う、うん……」

 私はこくりと頷き、学校に向かって歩き出す。

 ベタベタの制服にがっかりするが、それ以上に宏斗くんが生きているのに喜びを感じている。


 着替え終わり、ジャージで入学式を始める私。

 正直、浮いている。

 隣にいた美子みこちゃんが話しかけてくる。

「ねぇねぇ。なんでジャージなの?」

「うん。朝、ちょっとあって制服が汚れちゃった」

「ふーん」

 キラキラした目でみない欲しい。

「それで彼氏と一緒にきたの?」

「まあ、うん」

 あれ。この頃は付き合っていないんだっけ?

 でも未来の恋人だし、いいよね?

「ふーん」

 ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべている美子ちゃん。


 入学式が終わって美子ちゃんと少し話していると、宏斗くんが駆け寄ってくる。

「朝はごめん。制服汚してしまって」

「きゃ、もしかしてわたしの想像を超える……! きゃっ!!」

 美子ちゃん、そう言えばけっこうむっつりなのよね……。

「えっと。友達?」

 私を見たあと、美子ちゃんを見やる宏斗くん。

「うん。友達」

「俺も、友達でいい?」

 頬を掻きながら気まずそうに呟く宏斗くん。

「……うん」

「え。さっき恋人って言っていたじゃない」

 美子ちゃんは不思議そうに小首を傾げる。

「俺は友達だよ。そんな関係じゃない」

「え。どういうこと?」

 美子ちゃんがこちらに詰問しようとしてくる。

 その彼女に耳打ちする私。

「将来的に、そうなりたいのよ」

「ふふ。そういうことなのね。分かったの」

 にんまりと蠱惑こわく的な笑みを浮かべる。

「この子をよろしくお願いします」

 美子ちゃんは私のことを宏斗くんにそう言う。

「ちょっ、ちょっと!」

「あははは。よろしく!」

 宏斗くんは爽快に笑みを浮かべる。

 さ、爽やかだぁ~。

 やっぱり宏斗くん、格好いいなー。

 そのあとも少し会話をして自宅に帰る。

 でもなんでタイムリープできたのだろうか。

 これじゃ、まるで宏斗くんを助けて欲しいと言われているようだ。

 よし。今度こそ、助ける。私は彼のことを助けたい。

 5月20日のデートに誘わなければいいのだ。

 そうすればトラックがくることもない。



「さて。今日からこのクラスを担当することになった青山あおやま大志たいしだ。よろしく」

 黒板に名前を書く男性教諭。

「趣味は釣りとドライブだ。さて。みんなも自己紹介をしてもらおうと思う。名前と趣味くらいでいいだろう。じゃあ、伊藤いとうから」

 そう言われて立ち上がる伊藤美子みこ

 友達になった子も、私のことは知らない。

 だったら、私も初対面として接するしかない。

 私の番になると、立ち上がる。

「私は楠本くすもと愛紀あき、趣味はマンガとゲーム、ラノベです」

 はっきりと応えると美子ちゃんが興味を示す。

 こうしてまた人間関係をやり直していく。


 自己紹介が終わり、初めての昼休みに駆け寄ってくると美子ちゃん。

「ねぇねぇ。どんなマンガを読むの?」

「あたしも知りたいな!」

「うん。真実の呼吸とか。センターエムとか」

「へぇ~。じゃあ、ダンダラーとかは見ていない?」

「それ見た!」

「私も見てみるね」

 そう言ってやりとりを始めると、宏斗くんが駆け寄ってくる。

「ダンダラーって女子でも見るんだね。男の子向けだから意外!」

「そうなの! あれは哲学的意味合いもあって考えさせられる」

 美子が嬉しそうに手を合わせて応える。

 そう言えば、最初はこんな風に会話に混じっていたっけ。

 恋のスタートラインは初めてからになっている。

 これから頑張って宏斗くんにアピールしないと!

 そうしないと、恋人にはなれない。

「あ。でも、この間みたアストレアは楽しかったな」

「マジ!? 俺も見たよ! 最初の盛り上がりがすごかった!」

「そうそう! まさか、いきなりの戦闘シーンと、そのあとの名言――」

「「俺がアストレアだ!」」

 二人の息がぴったりでクスクスと笑い合う私たち。

 良かった。

 これならまた恋人になれるかも。

「宏斗くん、本当に好きだね」

「そうかもね」

 宏斗くんは柔和な笑みを浮かべている。


 放課後になり、私は帰り支度を整える。

 と、宏斗くんが駆け寄ってくる。

 まるで大型犬みたいで、可愛い。

「一緒に帰らない?」

「うん。いいよ」

 もちろん私にとっては嬉しい誤算だった。

 笑みを浮かべて応えると、宏斗くんは少し照れくさそうな笑みを浮かべている。


 放課後デートは久々に楽しい思いをした。

 もう死なせたくない。

 一緒に帰ることができて、嬉しい。

 帰り道のクレープ屋を見つけると、宏斗くんに甘えるようにして、尋ねる。

「クレープ食べていかない?」

「あー。いいね」

 二人でキッチンカーのクレープを注文すると、宏斗くんと一緒にベンチに座って食べ始める。

「甘いの、好き?」

 宏斗くんがくしゃりと笑みを浮かべて尋ねてくる。

「うん! 大好き!!」

 宏斗くんのことが。

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