❖ 転生 ❖

勇者、コンビニでバイトする。

 敵国の侵略を受け、姫と勇者である俺は、塔の最上階に追い詰められた。

「ここまでか」

 敵の軍勢に剣を構えるが、多勢に無勢、勝ち目はない。

「諦めてはなりません。──行きましょう」

 姫が腕を引く。自害か。そう考えた瞬間、姫のペンダントに輝く魔法石の光が揺らめいた。

「アヌザ・ワルト」

 ──王家に伝わる呪文。何が起こるのか俺は知らない。

 虹色の閃光が迸る。敵が怯んだ隙に、姫が俺の腕を絡め宙に身を踊らせた。

「大丈夫、死なないから」

 姫の声が耳元で囁く。

 地面に叩き付けられる感覚。俺の意識は暗転した。


 ──耳障りな鋭い音で目を覚ます。

「何だ?」

 顔を上げると、目を光らせた巨大な鋼鉄の獣が俺を威嚇している。驚愕した俺は一目散にその場を離れた。

 柵の中に逃げ込むと多くの人々がいた。慌てる様子はない。柵を超えて襲って来る事はないようだ。行き交う人々は獣の群れを気にする様子もない。

 逆に俺の様子が気になるようで、まじまじと見てくる者がいる。

「コスプレ?」

「ガチすぎ」

 人々は遠巻きに、手にした板を俺に向ける。何だあれは? しかし、取り囲まれジロジロと見られるのは不快だ。

「離れろ!」

 俺は剣を構えた。だが、

「ウケるー」

と、ニヤニヤと笑いながら板を眺めている。──何なんだ、こいつら?

 気味悪さから俺は逃げた。人垣をかき分け、当てもなく走る。

 建物も人々の格好も、見た事がないものばかりだ。一体どういう事だ、ここはどこだ?

 脇道に入り人波を抜ける。激しい動悸は走ったせいだけではない。違和感だらけの世界で不安に駆られる。

 と、唐突に腕を引かれ、俺は剣を構えた。しかしそこにあったのは、見覚えのある顔だった。

「姫、ご無事で!」

「貴方こそ大丈夫?」

 姫はにこやかに俺を見た。だが違和感がある。服装や髪型が、この世界のものに変わっているのだ。

「驚くわよね。歩きながら話すわ」


 ──王家に伝わる魔法石。その効果は、異世界を行き来できるというもの。

「私はこの世界に何度も来た事があるの」

 俺を威嚇した鋼鉄の獣は自動車、人々が持つ四角い板はスマホと呼ぶようだ。

「こうするしか、あなたを助けられなくて」

 そして、薄い鉄の階段を上った先にある扉を開いた。

「この世界での私の城よ」

 物置小屋ほどの空間に、小さな家具が置かれていた。

「ここでゆっくりして」

と、姫は俺に椅子を薦め、バイトがあるからと出かける準備を始めた。

「バイト、とは」

「お仕事よ」

「仕事、ですと?」

 俺は椅子から立ち上がった。

「姫に仕事をさせる訳にはいきません、俺が行きます!」


 遠慮する姫を説き伏せ俺がやって来た先は、コンビニという場所だった。

 呆気に取られる店長に事情を説明すると、着替えるよう指示された。

 何とも形容し難い服装で店に立つ。

 早速最初の客だ。中年男は「あれ」と棚を顎で指した。

「は?」

「は? じゃねーよ、あれだと言ってンだろ」

「貴様は己の要求をあれとしか表現できない白痴か?」

 それならそれなりの対応をすべきという純粋な質問だったが、男は激昂した。

「てめぇ、客に向かって貴様とは! 社員教育はどうなってる?」

「俺は社員ではない、バイトだ」

「店長を呼べ!」

 そして、店長が怒り狂う男に平身低頭する様を見ていた。

 なぜ謝る必要がある? 刃で雌雄を決すればよいものを。

 だが店長は鬼の形相で俺に怒りを向けた。

「言葉遣いも知らんのか!」

「ならば店長は男としての誇りを知らぬのか?」

「クビだ!」


 帰って報告すると、姫は肩を竦めた。

「この世界はね、そういうところなの」

 騎士道精神はなく、金を巡る立場が全て。争いはない代わりに、自分の誇りプライドは捨てねば生きていけない。

「なんと情けない……」

「でもね」

 姫は悲しげに微笑んだ。

「私は、この世界から戻りたくないの」

「…………」

「ここに居れば、大切な人が死ぬところを見なくて済むから」

 そう言って目を伏せた。

「私と一緒にこの世界で生きて欲しいの」

 俺は驚き、混乱した。姫と共に暮らす、というのは、つまり……!

 俺は飛び退がり平伏した。

「勿体無いお言葉、この身に余ります」

 その手を取り、姫は優しく笑った。

「お願い」

 激しい鼓動が止まらない。息を飲んで心臓を押さえ付け、俺は姫の手をそっと解いた。

「お言葉ではございますが、俺は元の世界に戻りたいです」

 姫の目からはらりと雫が落ちる。

「私は魔法石の加護で、世界の行き来は自由にできる。

 でも、貴方は転生者。貴方の体はあの世界では死んでいるの。つまり……」

「騎士の本懐は、死ぬ事と心得ます」

 精一杯の笑顔を姫に向ける。泣き崩れた姫に愛おしさが募り、その体を精一杯抱き締めた。

「姫のお傍に居られて、俺は幸せでした」

 胸のペンダントが光る。虹色に揺らめく魔法石を握り、姫は震える声で呟いた。

「リアヌ・ワルト」

 世界が暗転する。姫の温もりだけが腕に残った。


 その後、姫がどうなったのか、俺に知る術はない。しかし、きっと幸せになってくれたと、俺は信じている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る