水中庭園
花村渺
天体創造奇譚
星はどこかに埋まっているが、どこにでも埋まっているわけではない。
まず目の前のからだに指を這わせ、その感触を確かめる。柔く押しただけで見つかることもあれば、裂いてみなければ見つけられないこともある。当たりをつけるとナイフで切り開き、慎重に指を差し込む。まだあたたかな肉を掻きわけ、湿った骨をなぞり、潜む星を抉り取る。星の数は人によって違う。取り出した星はハンカチに積み上げ、時間をかけ丁寧に磨く。貼りついた血や肉を拭き取り、表面を優しくこすることで、それらは一層強く輝く。
最後の一粒を磨き終えると、僕は見晴らしの良い場所へ行く。それは小高い丘だったり、大きな川のほとりだったりする。そして星をロケットランチャーに詰め、空へ向かって打ち上げる。放たれたいくつもの星は散らばり、深く澱んだ藍色を夢のように彩る。
空は雲一つなく晴れ渡っていたが、その天色は不透明なガラスを挟んだように霞んでいた。頬を撫でる太陽もどこか眠たげだった。道沿いには花を咲かせた木が植わり、風が吹くたびに薄紅色を舞わせていた。
荷物はすぐに肩からずれ、五歩に一度は背負い直さなければならなかった。まだ目標の半分も進めていなかった。僕の歩く横を荷馬車が通り過ぎ、少し先で止まった。速度を変えないまま追いつくと、振り向いた御者が行き先を尋ね、方向が同じなら乗せてやると言った。荷台には既に初老の女性が座っていた。隣に腰を下ろすと、彼女は肩の花びらを払いながら僕に微笑みかけた。
「随分と大きな荷物ね。楽器でも弾くの?」
木板のいびつな荷台に揺られながら、僕はケースを開いてロケットランチャーを示し、自分の目的を説明した。あまり上手く話せなかったが、彼女は納得したように頷いた。
「最近空が綺麗だと思ったら、あなたのおかげだったのね」
まだ小さいのに偉いわね、と続け、僕の髪から花びらをつまみ取った。頭を撫でる指は柔らかく、猫の背骨のようにしなやかだった。
招待された家はとても広いとは言えず、その空間の大半をグランドピアノが占めていた。彼女はピアニストだった。三十年以上その職についているが、まだ街の外で弾いたことはないのだと言った。彼女はチーズを切り分けながら「才能がないのよ」とはにかんだ。
「それにしても残念だわ。あなたのそれが楽器だったら、一緒に演奏ができたのに」
食事の後、彼女は僕にピアノを弾いてくれた。指の動きはぎこちなかったが、旋律は彼女自身から流れ出しているかのように自然で、全身でしらべに寄り添っていた。しかし、紡がれる音は痛々しく軋んでいた。それは技術の問題ではなく、ピアノを長く手入れしていないせいだろうと思った。
「困るよ、結局」
記憶の水面で泡のように声が弾けた。二つ前の街で星を取り出した男の言葉だった。彼は腕の良いピアノ調律師で、彼の手にかかればどれほど狂った音律も眠りから醒めるように息を吹き返した。それも機械的に初めの状態へ戻してしまうのではなく、奏者の癖やこだわりに合った、その奏者のためだけのピアノに作りかえることができた。
旅の目的を話し終えると、彼はしばらく押し黙った後にそう言った。あなたがか、と尋ねると、君がだ、と返された。
「僕たちは星を食べて生きている。その幼稚で、乱暴で、極めて一方的なやり方には目を瞑るとしても、こんなことを繰り返していてはいずれ餓死してしまうよ」
才能がないと言った彼女の指には星がいくつも詰まっていた。僕が切り開かなければそう遠くないうちに皮膚を破り、辺りに光の尾を引いただろうと思われた。それはとても美しい光景に違いなかった。僕は取り出した星をハンカチに包み、近くの丘へ足を向けた。荷台の後ろで目星をつけた場所だった。
星を撃ち終える頃には空は白み、黄みの強い橙が希釈された群青に広がっていた。日を浴びて草の青い匂いが膨らんだ。気温の上昇を肌で感じ、今日も良い天気になるだろうと思った。
煙る太陽の香りにまぶたが重くなり、僕はロケットランチャーを腕に抱いて眠った。
…………
2018.5
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます