第23話23
アルファのコウより背が高いオメガのアキ王子が、上半身裸で両腕を下ろしているコウを包むように抱き締めている。
「もしかして、知って……たんですか?最初から、俺が子供が出来にくいアルファだと」
コウは、少し驚くと自分が世間からポンコツアルファとか役立たずアルファと言われる最大の理由を口にした。
この世界では、アルファは子孫を残してなんぼだ。特に、王族、貴族階級のアルファなら、アルファである事でより地位が高くなる分、子供を残す事が何より最重要視される。そして、王侯、貴族のアルファは、好きなだけの数のオメガをもて遊び、或いは囲い、その後捨てる残酷な程の自由気ままを公に許されている。
コウは、赤ちゃんの頃からフェロモン不完全症と医師から診断が下りていたので、実家の屋敷や貴族社会では、生まれた時から嘲笑の対象だった。
しかし、アキ王子は、そんな事はどうでもいいと言う雰囲気だ。
「私はずっと昔しから知ってたよ。アルフレイン公にフェロモン不完全症のアルファの息子がいる事もフェロモン不完全症がどんな体質なのかも。でも、コウと出会う機会が今まで無かったんだ。今私は、こんな事ならもっと早く子供の頃にコウに出会うべきだったって後悔してる。もっと早く私がコウと出会えてたら、コウに寂しい思いはさせなかったのにって、ずっと私がコウの側にいたのにって思ってる」
アキ王子は、優しく穏やかな声でそう言うと、更にギュっとコウを抱きしめた。
アキ王子がコウに今まで会えなかったのは、ある日を境にコウが父や貴族社会に反発して王城に上がらなかったからだ。
そんなコウをこんな風に抱きしめたのは、コウの亡き母親以来誰もいなかった。
でも正直、やはりコウにはアキ王子は面倒臭い存在には変わりはない。
コウは、他人の感情には出来るだけ近づきたくないし、深入りもしたくない。
そして、一刻も早くアキ王子に、コウと一緒にいる事にギブアップして欲しかった。
そして、アルファの自分がオメガのアキ王子に抱き締められてるのも釈然としない。
しかし、アキ王子を突き放そうとすれば出来るのに、何故かコウの腕がそうしようと動かない。
そして、何を、どうアキ王子に返答すべきなのかもコウは悩んだ。
そうして少し無言でいると、アキ王子の発言が更にコウを驚かす。
「コウ、それは勿論、私もコウとの子作りはもの凄く頑張るつもりだよ」
コウはそれを聞き、一瞬呆れた様な困惑の表情を浮かべた。
そして、アキ王子がコウの裸の上半身を目を眇めてじっと見てきたのでドキっとしたが、アルファのプライドでコウは何食わぬ態度を保持して思った。
(オメガがアルファを襲うなんて、出来るもんならやってみやがれ!)
コウは、アキ王子を突き放せないまま、アキ王子の顔を凝視した。
だがやがてアキ王子は、自身の色情めいた雰囲気を一変させイタズラっぽくクスっと笑うと、顔を引き締め真剣にコウに言った。
「コウ。私はコウと結婚した後コウとずっと二人でもいいし、養子を迎えてもいいと思ってる。大切なのは、コウと私が一緒にいる事だよ」
だがコウは、どんどんコウの感情を置いて先走るアキ王子に呆れながら心の中で呟いた。
(だから……俺まだ、あんたと結婚するって言ってねぇし…)
そしてコウは、やっとアキ王子にハッキリ説得しようとした。
やはりアキ王子は、フェロモン不完全症のアルファのコウより健康体のアルファと結婚すべきだと。
それが、アキ王子の幸せに繋がると。
けれど、それより先手を取られ、アキ王子がコウの顔を見詰めながら話しを続けた。
「コウ……私は、さっきみたいによくコウとの将来を考えるんだ。何年も先の事も、明日の事も。だから、ウェラーは……コウと私の将来にどんな影響を与えるかも考えるんだ」
「……影響も何も無いですよ。あいつはどこにでもいるような、ただの年齢のいった執事ですよ…」
コウは、無表情で淡々と返答した。
アキ王子は苦笑いして言った。
「ウェラーは、ただのどこにでもいる執事じゃないよ。ウェラーは、私の父である国王すら側近にと一時期欲しがった人物だ。そんな実力のある男がコウの近くにいたいと言うには、それなりの深い理由がある……きっと」
ウェラーが国王に望まれていたなんて初耳だったコウは内心驚くが、表情は変えなかった。
コウにとっては、ウェラーもただただ面倒臭い存在だから。一刻も早く全スルーしたかった。
一方アキ王子は、ウェラーの事に反応の薄いコウの様子を見詰めながら、コウの本心が何か探ろうとしていた。
「コウ……ウェラー程の男が、中途半端な気持ちでコウには近づかないよ。コウに本気で仕える気でいるか?それとも……コウの体に本気で危害を加えようとしているのか?そのどちらかだと私は見ているんだ」
コウは、そのアキ王子の言葉に一瞬驚くが、すぐに又淡々と返した。
「ウェラーは、俺の体に危害を加えるような事はしません」
アキ王子はそれを聞き、又クスっと笑って言った。
「さっきはあんな剣幕でウェラーを怒ってなじってたのに、今はずいぶん庇うんだね?」
「別に……庇ってません」
コウは、プイっと斜め上に視線をやり即答した。
しかし、アキ王子は、コウのウェラーへの感情が複雑に歪んでいるのを感じた。
コウは、ウェラーを憎い父親の側近と距離を置きつつも、どこかでやはり庇っている。
だが、アキ王子は、このままウェラーを放置する気は無かった。
「コウ。ウェラーをこのままズルズル放っておくのは後々良くないと思う。そして、もし、ウェラーがコウにとって危険なら、私自身の手でウェラーを排除しようと思ってる」
「はっ?…」
コウの表情が歪み、アキ王子に向いた。
「前も言ったけど、私はただアルファに守られてるだけのオメガじゃ無いよ。私も番を守りたいんだ」
アキ王子は、美しい瞳をコウに向け切々と訴えた。
世にも美しいオメガの、しかも王子様が、世にも美しい事を言う事ほどたちが悪いモノは無い。振り払いたいのに、振り払えない。コウはそう感じ、心の中で大きい溜め息を付くと更に思った。
(マジで……面倒くせぇ事になったな…)
コウは、ウェラーに対して完全拒否を決め込もうとしていたのに。
大体コウは、今までそうやって面倒な事は出来るだけ避けて生きてきた。
そして、これからもそうやって生きていくつもりだ。
しかし、アキ王子は、次にコウにとって意外な事を言った。
「そして、もし、ウェラーが本気でコウに仕える気でいるなら、ウェラーをこのまま捨てるのはもったいないよ。もしウェラーが本気なら、コウと私の未来にウェラー程役に立つ有益な男はいないよ」
コウは、このアキ王子の発言で、やはりアキ王子が抜け目が無い男だと、ただいつもニコニコしてるだけの、美しいだけの王子様では無いと思った。
そして、もしウェラーがコウに何かすれば、アキ王子は本当にウェラーを排除するような気もした。
そして本当ならここでコウがアキ王子もすっぱり拒否すれば、ウェラーの事も一緒に面倒臭い事は全て消えると一瞬思った。
だが、コウがアキ王子の瞳を見上げたら、何故かやはり、コウはアキ王子を拒否できなかった。
そして出来るのは、穏便にウェラーをコウから遠ざける事しか無かった。
「分かりました。アキ様。俺がウェラーと話しを着けます。ですから、アキ様は手出しはなさらないで下さい」
コウは、目を眇め低い声で言った。
アキ王子はそれに対し一瞬驚いたようだったが、すぐに顔を紅潮させた。
(なっ……何だよ、なんですぐ顔赤くすんだよ!今のどこに顔を赤くする要素があったよ?)
コウは内心焦ったが、ふいっと横を向きアキ王子から体を離すと、ベッドの上に脱いでいたシャツを着て言った。
「まだ下にウェラーがいるなら話してきます。アキ様は鍵をかけてこの部屋にいて下さい」
だがアキ王子は、にっこり笑い返事した。
「私も一緒に行く」
「はぁ…」
コウは、聞こえないよう溜め息をつき、王子と共に部屋を出た。
階段を降り一階の受け付カウンターのある部屋へ行くと、もうウェラーの姿は無く、宿の女将がカウンターに立って何やら事務処理をしていた。
「あっ……ここにいた、俺を尋ねて来た背の凄い高い目つきの鋭い男は?」
コウは、女将に尋ねた。
女将は、机から顔を上げた。
「ああ……あの人なら、ついさっき出て行かれましたよ。今なら追いかければ間にあいますよ」
「アキ様!お願いです。今度こそ宿にいて下さい!」
コウは、走って宿を出ようとした。
しかし、アキ王子の手が、コウのシャツの端を掴んだ。
「コウ。私は言ってるだろ。コウと一緒に行く。どこへでも、どこまでも」
アキ王子はそう言い、にっこりした。
「ああっ~。しゃあねぇなぁ……なら迷子にならないよう俺から決して離れないでくださいよ!」
コウはそう言うと、アキ王子の左手を掴むと握った。
「うん!」
アキ王子は、満面の笑顔で答えた。
コウとアキ王子は宿を走り出た。
宿のある裏通りは多くの民家が立ち並ぶが、玄関先のランプの灯しかなく少し暗い。
その中を二人で手をつなぎしばらく走り飛び出ると、大通りは、高い所を横に長く延びる特設の紐に等間隔で吊るされた沢山のランプで一気に明るくなり、道は祭りを楽しむ大勢の人で溢れていて、ウェラーの姿など分かりようが無かった。
「ちっ!どうすっかな……」
コウがどちらに行くか迷い舌打ちして呟くと、急にドンっと、街中にかなり大きい音がした。
コウとアキ王子が手を繋いだまま見回すと、いつしかすぐ近くの夜空に大きな祭りの花火が打ち上がっていた。
わーっと言う祭りの観客達の大きな歓声に、コウとアキ王子は包まれる。
コウは、更にどんどん打ち上がる多色の花火を見上げながらアキ王子の手をギュっと強く握った。
「コウ、右へ行ってみよう!きっとウェラーはすぐ見つかる」
アキ王子もコウの手を強く握り返し、微笑みながらそう言った。
コウは、アキ王子の笑顔を見詰めると、何故かアキ王子の言葉に何の確信もないのにコクリと頷いた。
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