第15話 えっちなビデオ

「はーい?」


 ノックの音に答えると、ゆっくりと自室のドアが開いた。


「お風呂、ありがと」

「随分長かったね」


 詩織一人でも俺の何倍も長い時間風呂に入っているけど、その比じゃなかった。


「ちょ、ちょっと悪ふざけしちゃって」


 何をしていたのかは……聞かないでおこう。


「入ってもいい?」

「別にいいけど」

「お、お邪魔します」


 淡いピンク色の、シンプルなパジャマ姿の芹沢さんはマイルームにログイン。

 特に何の変哲もない俺の部屋をキョロキョロと見回している。

 ……ってか。

 お風呂上りの芹沢さんは犯罪的だった。

 少し濡れたままの髪と、ほんのり上気した肌には……色っぽさしか感じない。

 薄着のためか、体の……特に胸のラインが……。

 つい、先程の会話を思い出してしまう。

 ……こ、これが「FとGを行ったり来たり」か。エグいな。


「先にお風呂にする?」


 それともネタ会議? という意味なんだろうけど。


「お前は嫁か」

「誰が嫁じゃい」

「何、その「じゃい」って」

「……分かんない」


 別に面白くはないんだけど、何か可愛いな、と思ってしまうのは俺だけか?


「で、どうすんの?」

「ネタやろうか」

「おっけー。どこ座ったらいい?」

「……俺の部屋でやんの?」

「他にどこでやるの?」


 何か、ここだけ切り取ったら全く別の意味で捉えられそうだ。


「リビングでいいじゃん」

「詩織ちゃんがテレビ見てるから邪魔になっちゃうわよ」

「……じゃあ、そちらにどうぞ」

「くるしゅうない」


 大名様はぺたん、とちゃぶ台の前に女の子座り。

 俺を警戒するような素振りはまるでない。

 信頼されている、といえば聞こえはいいが。

 シャンプーの香り、部屋に二人きりの状況……チラりと覗く鎖骨。

 ……危険すぎんだろ。


「それじゃ、始めましょうか」




 環境とはいかに大切な要素か。

 俺達はそれを痛感していた。

 俺の部屋での話し合いはいつもとまるで違っていて、どうしてかお互いに新しいアイディアをポンポン出せたのだ。

 行き詰った時は「時間」と「場所」を変える。まじでお勧めです。


「これ、もう完璧じゃん?」


 俺達の「将来の夢」は、ワンランク上のネタへと変貌を遂げた、と言い切れる。


「これなら……勝負できるわ」


 時刻は夜中の一時。

 深夜テンションによる勘違いの可能性は……考えないでおこう。


「早速、通しでやってみましょ」

「任せろ、と言いたいとこだけど」


 眠気的にはまだ大丈夫だけど、頭の使いすぎでとにかく疲れた。


「糖分を欲している」

「甘い物でもあるの?」

「冷凍庫にアイスがあるから取って来る」

「あたし、バニラがいいな」

「了解」


 キッチンに向かうと、バニラとチョコのカップアイスを手に部屋へと戻る。


「あいよ」

「ありがと」


 再び向かい合うと、二人同時にペリッと蓋を剥がしてパクり。


「ん~、おいし♡」

「美味そうな顔で食うなぁ」

「だって美味しいもの」


 本当に幸せそうな顔で二度、三度とスプーンを口に運ぶ。

 こっちまで幸せになる……まるでテレビのCMを見ているようだ。

 いつ芹沢さんが来てもいいように、アイスは常備しておこう。


「ん?」と芹沢さん。

「どうした?」

「なんか、落ちてる」

「え、どこ?」


 芹沢さんはハイハイの恰好でベッドに近付くと、床との隙間から透明なケースを拾い上げる。


「ブルーレイね」

「……」

「映画か何か? 何も書いてないけど」


 察してもらえると思うが、そいつの中身は……えっちなやつだ。

 好きな女の子のタイプは? と聞かれて「おっぱい」と答えたカス、クラスメイトの清水が布教している一品である。


「桜井?」


 正直に答える訳にはいかない。

 俺はアイスから得たカロリーを消費して思考を巡らせる。

 なんて答えるのがベストなんだ。はっ!


「クラシックのコンサート映像だよ」


 芹沢さんの興味を逸らすと同時に、大人な一面もあるんだぞ、と俺の株価まで上昇させる最善手。そうです、俺が神です。


「クラシックかぁ」

「そそ」

「オケ?」

「うん、ラフマニノフ」


 我ながら完璧すぎる。ダメだ……、まだ笑うな……。


「いいわよね、ラフマニノフ」

「……は?」

「あたしも好きよ」


 なん、だと? 興味ない、ポーイッ! じゃないんか?


「ピアノ協奏曲二番とか、パガニーニの主題による狂詩曲とかが定番だけど好きね」

「ず、随分お詳しいのね?」

「小さい頃からピアノやってるのよ。最近はたまに触れる程度だけど」

「そ、それは高尚な御趣味で……」

「ネタはできたし、ちょっと見ない?」


 見る? 芹沢さんと一緒に? えちえちな奴を?

 ……絶対に無理。何としても誤魔化さないと!


「い、いやぁ。眠くなっちゃうよ」

「ちょっとだけよ」

「どうせなら漫才王決定戦とか見ようぜ」

「……バカにしてる? すべての回、暗記するくらい見たけど」


 勉強熱心! クソ、他に何か手は……。


「ま、マイチューブとかは?」

「……アンタ、なんか焦ってる?」

「あ、アセッテナイヨ?」

「変なの」


 芹沢さんはテレビとゲーム機のスイッチをオン。ディスクを取り出した。


「くっ」


 えちえち動画鑑賞会だけは避けなければならない。俺は観念する事にした。


「芹沢さん。それ、本当はクラシックじゃないんだ」

「はぁ?」

「そ、その中身はさ」


 俺は精一杯の明るい笑顔を作って、


「AV、なんだよね」

「……え?」


 1、2、3。


「~~~ッ!?」


 弾かれたようにディスクを放ると、


「な、ななっ、なっ!?」


 一瞬にして完熟リンゴに早変わり。


「なに見せようとしてんのよッ! さ、さいてぇ!」

「べ、別に見せようとは……」

「こっち見ないで妊娠するっ!」


 そんなんで妊娠してたら少子化問題なんて存在するかい。


「変態!」

「あぁ、そうさ。俺は変態だ」

「開き直った!?」

「高校生にもなれば……そりゃそうだろ」

「ね、年齢制限守んなさいよッ!」

「……ってか、動揺しすぎじゃん?」

「はぁ!? するでしょ普通ッ!」


 もっとすごい事をされたような記憶があるが……?

 まぁ、あの時とはちょっと事情が違うか。

 バカほど照れる芹沢さんがおかしくて、俺はつい悪ノリをしてしまう。


「高校生にもなって、芹沢さんはお子ちゃまでちゅね?」

「う、うるさい!」

「ぷぷぷっ」


 ——ピキッ


「……やろうじゃないの」

「ん?」

「見て、やろうじゃないのっ!」


 完全なる迂闊。

 芹沢さんの性格を考えれば、こうなる事は想定できただろ俺!


「一緒に見るわよ! え、えっちなやつ!」

「待て、冷静になれ」

「冷静です! あたしは冷静ですぅ!」


 これはマズい。何かのリミッターが外れてしまっている。


「ちょうどえっち動画が見たかったの! 助かるわ!」

「悪かった! 俺が悪かったから!」

「あー、ムラムラしてきたわねっ!」


 一度走り出した列車は止まらない。

 少女はディスクを拾い上げてゲーム機にセットすると、テレビの正面、ベッドの淵にドカッと腰を下ろす。


「ほら、アンタはここっ!」


 二度、シーツが叩かれる。


「まじで悪かったって!」

「あれれぇ? ひょっとして照れてる? お子ちゃまでゅね?」


 あー、もうっ! どうにでもなれ!

 覚悟を決めて芹沢さんの隣に座ると、ディスクの読み取りが終わって自動再生が始まる。

 制作会社と思しきロゴがいくつか流れると、女優さんの艶めかしい喘ぎ声が……。


『にゃ~』


「「は?」」

「にゃ、にゃ? にゃにゃにゃ! みゃー!」


 画面には、戯れる数匹の子猫ちゃん。


「ちょっと、これって?」

「あぁ、間違いない」


 これはAV(アニマルビデオ)だ!


「謀ったなああああ!」

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