第12話『ご飯でも行く?』
昼食を済ませた俺達は、ただ一心に練習に打ち込んだ。
ネタを繰り返すにつれ声が出るようになってきたし、テンポや滑舌もかなり良くなった、と思う。
「もういいわ!」
「ありがとうございました!」
もう何度目か分からない〆の挨拶をすると、スマホを操作して録画を止め、そのまま再生。最初は画面の中で漫才をしている自分を見るのが恥ずかしかったけど、もう慣れたよね。
「かなり良くなったよな? 何点?」
点数を口にしたのは、芹沢さんではなかった。
「……いいとこ、五十点だな」
いつの間にか教室のドアにもたれ掛かっていた男子生徒がそう言った。
中性的な、整った顔立ちの彼の襟元にはスタンドマイクの科章。漫才科の生徒だ。
やたらと長い前髪を指で靡かせると。
「一回戦敗退が妥当だねっ。うふふっ」
何だ、この少年漫画に出てくるヒール役みたいな絶妙なウザさは。
「……純」と芹沢さん。
「知り合いなの?」
「知り合いってか、元相方ね」
「えっ」
予想外の発言に変な所から声が出てしまう。
「君が新しい相方と練習してるって聞いて見に来てみれば……完全な素人じゃないか」
俺を見下すような目で、吐き捨てるように言う。
事実とはいえ、流石にイラッとしたのは言うまでもない。
「しかも、創作科のオタクって……ははっ」
こいつ、嫌い。ムカつく。感じ悪いってレベルじゃないぞ。
……何か言い返してやりたいが、言葉が浮かんでこない。
「笑顔。君は一体、何を考えているんだい?」
自分と解散して、創作科の素人とコンビを組むなんてどうかしてる。
そう言いたいのだろう……が。
芹沢さんは逆に彼を見下すような表情で「ふっ」と鼻で笑う。
「言っとくけど、桜井は面白いわよ」
「ふーん?」
「十分にセンスがあるし、誰かさんと違ってナルシストじゃないから、隣にいて嫌な感じはしないわね」
お前が言うなよ、とツッコミを入れたくなるが堪える。
「なっ! ナルッ……!」
「ちゃんと一緒にネタ作ってくれるし」
「僕だってそうしていたじゃないか!」
「アンタは協調性がないのよ。いっつも自分が面白いって思う事ばっかやろうとして」
わなわな、と小刻みに震え始める純君。
フルボッコにされるその様子は、まさに「ざまぁ」である。
創作物程の爽快感はないが、十分にスッキリさせてもらったぜ。
「莉子、いるんでしょ」
「いるけど、何かな、笑顔ちゃん」
莉子、と呼ばれたセミロングヘアの女の子がひょっこりと顔を覗かせた。
守ってあげたくなるような、気の弱そうな女の子だ。
「練習の邪魔だから、純を連れてどっか行ってくれる?」
「笑顔ちゃん怒ってるよ、純君! もう行こうっ!」
莉子ちゃんは純君の袖を掴むと、教室から引っ張ろうと試みる。
「ひ、引っ張るな莉子!」
「笑顔ちゃん怖いから、早くっ!」
少しずつ外に引きずられていく純君は、ドアにしがみ付いて俺達を見た。
「僕と解散した事を後悔させてやるからなっ!」
……なんつーか、すっげぇ小物感だ。
あまり人の悪口は言いたくないんだが……。
「よく、あんな人と組んでたね」
「……あそこまで露骨に嫌な奴じゃなかったんだけど」
その言葉ひとつで、以前は「そうでなかった」のだと分かった。
純君が豹変した理由……簡単すぎる。
「コンビ解消した事、根に持ってるんでしょ」
「ちゃんとお互い納得して解散したんだけどね」
「そうは見えなかったけどなぁ」
「……ま、いいじゃない、純の事は」
「……だな。練習、しますか」
まだ、芹沢さんの採点を聞いていない。
だから、俺はもう一度「さっきの何点?」と尋ねた。
「いいとこ、五十点ね」
「……評価は同じなのね」
芹沢さんからアドバイスを受け、俺達は練習を再開した。
かなり集中していた事もあってアッと言う間に時間は過ぎ、気が付いた時には辺りは真っ暗だった。
俺達は二人、空き教室を後にして校門へと歩いていた。
「あー、きっつ」
例えるなら、朝から晩まで歌い倒したカラオケの直後である。
全身に倦怠感があり、特に喉がカラカラで痛む。
「のど飴、食べる?」
「貰おうかな」
「そんなの、持ってないわよ」
「じゃあ言うなよ!」
「ふふふっ」
芹沢さんがボケ、俺がツッコミを入れる。
確実に錯覚だけど、ずっと前からそうしていたように感じた。
よく漫画で見る表現だけど、実際あるんだなぁ。参考になります。
「あたし達、コンビじゃない?」
「何だよ、急に」
外灯の明かりは少し遠くて、その表情は読み取れない。
「友達でもあるわよね?」
「まぁ、そうだな」
「だから、ね。あたしの事をさん付けにするのやめない?」
「確かに他人行儀すぎるか……でも、なんて呼べばいいんだよ」
「それは、アンタが決めなさいよ」
「…………なんでもいいのか?」
「いいわよ」
苗字の呼び捨ては何か違和感あるし、名前はレベルが高い。
ちゃん付けってキャラじゃ……だとするとアダ名か?
芹沢笑顔。せりさわえがお。セリサワエガオ。
「じゃあ、エガちゃんで」
「誰が二時五十五分よ! それだけはやめて!」
「草」
「全然面白くないからっ!」
日曜日。
昨日と同様に空き教室へと集まった俺達「えれくとりっく!」は、午前中からネタを繰り返した。
動画を確認して、修正して、また確認だ。
「ま、こんなものかしらね」
芹沢さん(結局呼び方は決まらなかった)のOKが出たのは午後六時。
一回戦の締め切り一時間前だ。
「ま、まじで疲れた」
マラソン大会でもこんなに疲れる事はないだろう。
俺は背もたれにだらん、と体を預け、水分を補給する。
「あ、ちなみに最終形態は何点?」
「ん~、七十点?」
「……成長はしてるからいいとするか」
「この出来なら、一回戦は楽勝よ」
「だといいけど」
言いながら、さらにペットボトルを傾ける。
それにしても、腹減ったな。人生史上、過去最高にカロリーが足りていない。
——グゥ~
お腹が鳴った。
俺は恥ずかしさを誤魔化すために「いやぁ~」なんて言いながら芹沢さんを見るが、
「——ッ」
どうしてか、芹沢さんが赤くなっている。
……あれ? ひょっとして、今のって芹沢さんが?
「な、なな、なによっ! 可愛くたってお腹は空くのよ!?」
「何だ、そのアイドルだってトイレに行く、みたいな理論は」
「うぅー」
お腹の音を聞かれるのって、妙な恥ずかしさがあるよな。
発生源は「聞こえないフリしなさいよぉ」という目で俺を睨んでいる。
「勝負はこれからだけど……ひ、一区切りついたし」
「うん?」
『……ご、ご飯でも……行く?』
なんて言ったのだろう。声が小さくて聞き取れない。
「ごめん、今なん……あ、ちょっと待って。電話だ」
画面には「詩織」の文字。俺は着信に応じる。
「はい、ピザ・ハットリです」
「す、すいません。間違えてしまいました」
「ごめん、冗談。俺だ」
「……お兄ちゃん!」
「ははっ」
詩織のふくれっ面を想像するだけで自然と笑みがこぼれた。
「何時くらいになりそうですか?」
「これから帰るよ」
「分かりました。では、いつものスーパーで待ち合わせしましょう」
「了解。食べたい物、決めておいてな」
「……お兄ちゃんに任せます」
「それが一番困るんだよなぁ」
「…………か、考えておきます」
「よろしく。んじゃ、また後で」
「はい、後で」
……えっと、芹沢さんとは何の話してたんだっけ。
あぁ、そうだ。何か言ってたけど聞こえなかったんだ。
「芹沢さん、さっきなんて言ったの?」
「……」
「芹沢さん?」
「……シスコン死ね」
「え、ちょっと待ってなんで!?」
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