桜と結びついた恋
左原伊純
第1話 桜の下、寝惚けてキス
冬の終わりの湿った冷たさが晴れて、安心して芝生にごろ寝できる春。
隆太はシャツのボタンを二つも開けてのどかな空気に肌を晒し、柔らかな芝生に大胆に寝転んだ。
ざあっと、綺麗な風が桜を揺らして花びらを舞い上げる。春の強風で空に桜の色が混じる。
長い冬の疲れが出るのか、気温が心地いいからかなのか。理由は分からないが春は眠くなる。暖かく柔らかな風に安心して瞼を閉じる。
大学三年生の真澄は一つ年下の後輩である恋人、隆太が公園の芝生で無防備に熟睡しているのを見つけた。
講義が長引いてバスに遅れ、待ち合わせに三十分遅れると連絡したが、その後返事が無く少し心配だった。
寝ていただけでよかったと安堵しつつ、よく外でこんなに警戒なく寝られるなと呆れる。
「隆太くん。起きて、隆太くん」
静かに声を掛けてみたが目覚める気配は無し。
肩をそっと揺さぶってみる。
すると隆太の首筋の汗にくっついていた桜の花びらがボタンの開いたシャツの中へ吸い込まれるように落ちた。
気温が上がってくる午後一時半。隆太の全身はほんのり汗ばんでいて降り注いだ花びらが肌に吸い付く。
隆太は幸せそうに眠っている。隙だらけだ。公園でこんな姿を……とため息混じりに周囲をぐるりと見渡したが誰もいない。今日は月曜日だった。
凄く広い公園というわけではないが開放的な空の下に二人きり。隆太の眠る場所は桜の影になっていて外からは目立たない。
また一枚の花びらが隆太に降る。
隆太の唇に落ちた。まるで桜が隆太の唇を奪ったみたいだ。
真澄はロングスカートをさっと纏めて芝生に座った。
そして前屈みになり隆太の唇を狙う。
唇についていた花びらを落とすと、真澄は不思議と桜に勝った気持ちになった。
柔らかに結ばれた唇は簡単に舌を受け入れてくれる。
真澄は座る姿勢からさらに崩して覆いかぶさる形になり、キスを深くする。
隆太が身じろぎすると髪に絡んでいた花びらが彼の頬に落ちて張り付いた。
真澄は頬にキスして花びらを咥える。
花びらをそっと風の中に戻して隆太から遠ざけた。
隆太は未だ夢の中にいるようで、どんな夢を見ているか知らないがにこやかに緩んだ表情をしている。
耳たぶに引っかかった花びらを咥えて風に流す。
たった今髪に落ちた花びらを、頭をくしゃくしゃに撫でて落とす。
太ももを撫でて三枚の花びらを払い落とす。金具にひっかかった花びらを取るために、かちゃりとベルトを緩めた。
一枚一枚、風の中に戻していく。花びらは桜吹雪に合流していった。
あらかた取っただろうかと隆太を見下ろすと、シャツの中に数枚入り込んでいると気付いた。
ここまで来たら、と真澄はシャツのボタンをあと二つ開けた。
肩についた花びらを手で取ろうとしたが、隆太の顔を見て気が変わった。
「いつから起きてたの?」
「ベルトを触られたあたりからです」
ばれてしまって恥ずかしく真澄は頬が熱くなる。もう止めようと思った真澄の手を隆太が引いた。
じっと真澄を見つめてくる。まだ夢の中にいるような瞳。
真澄は隆太の肩にキスして花びらを咥えた。そのまま風に飛ばそうとしたが隆太が手を伸ばす。
花びらを渡すと隆太はそれを摘んで愛おしそうに眺めている。
胸元の花びらを落とす。
くすぐったそうに身を捩った隆太の鎖骨にまたしても花びらがつく。
鎖骨にキスして花びらを外す。汗ばむ首筋は唇をしっかり使わないと花びらを取れなかった。
頬に新たに落ちた花びらを咥える。
「きりがないんじゃない?」
真澄は隆太に何度キスしたか分からない。覆いかぶさる体勢にも少しだけ疲れてきた。
「今日はどこへ行く予定でしたっけ」
気怠そうな顔と声で目を擦りながら隆太が言う。
「特に決めていなかったよ」
まだ寝ぼけているのか分からないが隆太は微笑んだ。
「それならもう少しここにいましょう」
隆太が手を伸ばし、向かい合って座るよう促してきた。
隆太に髪にキスされて真澄はたじろぐ。
真澄の真似をして隆太は花びらを咥える。
そのまま隆太の唇が真澄の首筋に。
慌てて辺りを見回したが誰もいない。花びらが溜まるスカートを丁寧に撫でる。
隆太がこんなに甘えてくるのは珍しい。もしかしたらまだ寝ぼけているのかもしれない。
唇についた桜の花びらを取ってもなお、キスをする。
淡い青の空を染める桜色が二人を周りから隠す。柔らかな陽の光が肌を温める。
真澄も隆太と一緒に寝惚ける事にした。
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