「第4章 目をつむってただけだから」(3-2)

(3-2) 


 フロアに戻ると既にパソコンの設定を終えたらしい高木が、渡していた業務説明資料に目を通していた。


「ごめんね。一人にしちゃって。設定出来た?」


「はい。一通りは出来ました。合っているか確認していただいても良いですか?」


「うん。いいよ」


 大樹は高木の設定を確認する。社内アドレスの設定や共有スケジュールソフトのパスワードの設定。特に問題はなく出来ていた。


「大丈夫じゃないかな? 何か不安なところとかある?」


「いえ、特には」


「結構。じゃあ業務の説明に入ろうか。俺も資料を見ながら一緒にした方が早いな」


 大樹は高木に渡したのと同じセットを用意して高木の隣で説明を始めた。

 あくまで営業用の資料から流用した物なので詳細は書かれていない。その辺は実際に仕事をしながら覚えていくしかない。


 大樹は会社全体の業務とチームの役割と丁寧に説明していった。


「――まあ、大体こんな感じ。あとは実際に仕事をしながら覚えていこう」


「はい。頑張ります」


 渡した資料にメモを書き込みながら、高木はそう返事した。そのタイミングで丁度、時間は昼を迎える。フロア全体にチャイムが鳴って午前の業務が終了すると、社員達がフロアから出たり、持参したお弁当を食べたりと各々の昼休憩を取る。

 大樹も外に出ようと上着を羽織って財布と文庫本を入れたトートバックを手に持つ。


「あ、島津さんはお昼はどうされるんですか?」


「俺は、近所のスーパーのフードコート。あそこで適当に食べて、本読んでダラダラしてる。今日、何か用意してる?」


「いえ。何も用意はしてないです」


「そうか……」


 高木の視線からは昼食を一緒に食べたいと考えているのが明らかだった。


 しかし大樹は「会社の周り、色々食べる所あるから。探索してみな。初日なんだから、一人でゆっくりした方がいい」と彼に言って、返事を聞かずにフロアから出た。


 エレベーターに乗り、会社があるビルから出る。一応、エレベーターの中でiPhoneに保存している灰色の本を確認する。【高木に昼食を誘われるがそれを断って、一人で食べる】本にはそう書かれていた。


 特に悪い事でもない、わざわざ改変するような未来でもない。大樹は書かれている通りに従って、彼との昼食を断った。


 休憩から帰って席に着く。


 一時間、会社から離れてリフレッシュになり、午前中ではエンジンがかかり切らなかった体もようやく動き始める。


「あ、お帰りなさい」


 大樹が戻ると高木は既に席に着いていた。まさか昼食抜きだったのか? 繁忙期ならともかく、初日からそんな真似をする必要はない。

 大樹は若干、戸惑いながら彼に尋ねる。


「どこも行かなかったの?」


「いえ、下のコンビニでお弁当を買いました」


「ああ、そっか。まあ、初日だしね。ゆっくりしたいか」


 会社ビルの一階にあるコンビニで弁当を買ったようだ。大樹も最初の頃はやっていたが、すぐにやらなくなった。

 理由はフロアで食べると、客先からの外線が鳴って取らざるを得ないから。高木もいずれその事実に気付いて、嫌でも外に出るようになるだろう。


「午後は、午前中に説明した業務の中で簡単な事をお願いしたい」


「はい。頑張ります」


「そんな気張らなくて大丈夫。昨日届いた客先からのメールの外注依頼確認だから。重たいのは、俺が捌いたから簡単なのをやって。いくら時間がかかっても大丈夫だから」


 初日なのだ。高木にどれだけ時間をかけても構わないから仕事の外郭を理解してもらいたい。


 高木が仕事をしてくれている間に大樹は、午前中にフラグを立てておいたメールを片付けていく。進捗依頼があるものは灰色の本で把握しているので、申請先の業者に既に進捗確認のメールを送っている。

 昼休み中に返事が届いていたので、書かれていた進捗具合を客先にメールで返す。


 他には外注先からの報告メール。

 現状の報告がメールで届くので、それをExcelのデータベースに入力しておく。灰色の本があるおかげで、どれもスムーズに進んでいるが、それがないと高木に教えながら自分の仕事をするのは難しかった。少なくとも定時内では、収まりそうにない。


 そんな事を考えながら、大樹がキーボードを叩いて仕事をしていると、横から「島津さん」と高木に声を掛けられた。


「ん? どこか分からないところあった?」


「あっ、いえ。そうじゃなくて、凄いですね。二つのディスプレイに映った内容をあっという間に処理していくから」


「ああ。まあ、午前中にフラグは付けてるし。向こうから届くメールを大方は予想出来るからね。要は慣れだよ。高木君にもすぐに出来るようになるさ」


 灰色の本で未来を先読みしているからとは言えず、適当に流す。

 いくら慣れでもメールまでは予想出来ない。以前に和田にも似たような事を聞かれているが、似たような言い方で逃げている。

 最初はそれに罪悪感を覚えていた大樹だったが、今ではすっかり無くなった。



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