第12話 狂った世界とそうじゃない世界。

遡る事、三十分前。


高島愛華は宮ノ内理事長に連れられて保健室にやって来ていた。保険医の大宮は昨日の事もあり、また怪我をしてやって来た愛華に驚きつつも駆け寄って傷の具合を見始めた。


「何故また怪我をしたの?誰かにやられたの!?」


大宮は近くで見守っていた宮ノ内に批判の視線を向ける。


「理事長、何があったんですか?」


「ある生徒とちょっとありましてね。⋯ここまで愛華がトラブル体質だったとは⋯“覚醒”もしてないのに心配ですね」


「ちょっと!人を勝手にトラブル体質にしないでよ!!」


宮ノ内に椅子から立ち上がって猛抗議するが、治療中だった為に大宮に体を戻されてしまう。腫れ上がった頬は冷やし、ガラスで切った首筋には包帯を巻かれた。


「これで良いわ。少し休んでいきなさい。」


「はい。あっ⋯鞄を持って来て良いですか?」


「私が持って来ますよ。愛華はここに居てください。」


「いいよ。私が行くから、あんたは仕事をして下さい!」


宮ノ内と会話していた愛華は、大宮が唖然とこちらを見ている事に気づいた。


「大宮先生?どうしたんですか?」


「⋯。いやいや、高島さんは宮ノ内理事長と一体どのような関係なんですか?昨日も理事長が連れて来たし⋯それに随分と砕けた話し方してるから」


「いや、赤の他人です」


大宮の疑問に対してはっきりと否定する愛華を見て、宮ノ内はただ苦笑いするだけだった。結局、愛華の反対を押し切ってついて来た宮ノ内と共に先程の理科準備室へ向かっていた時に、あの光景に遭遇したのだった。




「えっ!爺ちゃん!?」


愛華の目の前にいたのは母方の祖父である桜崎誠一郎であった。それにそこには何故か華野崎蓮や山河、それに相澤夕梨花の姿まであった。


「おお、愛華」


先程の何者も食い尽くしそうな猛獣のような様子はどこへやら、愛華に呼ばれた瞬間に一気に穏やかな雰囲気に変わった。


「爺ちゃん、どうしたの?」


驚きながらも近寄って来た愛しい孫は痛々しい姿だった。頬を赤く腫らし、首には包帯が巻かれていた。


「お前こそどうしたんだ?こんなに怪我して⋯痛々しい」


「ああ、まぁ⋯痛々しいよね」


桜崎は痛々しい孫から視線を外すと、その後ろにいた宮ノ内を見る。


「これじゃあ話が違うぞ?宮ノ内の倅」


宮ノ内を恐れるどころか喰いそうな勢いの桜崎を見た校長の弓沢と教頭の駒は、桜崎を爺ちゃんと言った転校生の高島愛華にただ驚いて凝視していた。


「すみません。今回の責任はきっちりさせます。」


そう言って宮ノ内は桜崎に頭を下げる。


「愛華はこの学校から転校させる。こんなところに行かせた私の責任もあるが、覚悟しておけ?」


怒りに満ちた桜崎は山河と夕梨花、そして宮ノ内を見て宣言する。


「爺ちゃん、そんなに怒らないで!血圧が上がるよ!!」


愛華の空気が読めない発言に冷や汗が吹き出す弓沢と駒。だが、それを聞いた桜崎は大笑いして愛華の頭を優しく撫でる。


「ハハハ!そうだな!ここでは目立つから理事長室に行くか?」


「うん。あっ、でも鞄を取りに行かないと⋯」


愛華がそう言うと、桜崎が存在を思い出したように華野崎を見る。


「華野崎の倅、持ってきてくれるか?」


「はい」


華野崎は桜崎の圧倒的な存在感にやられて素直に頷いた。それから愛華が華野崎に礼を言う前に桜崎に連れられて行ってしまう。その後ろを溜め息を吐きつつ宮ノ内が続く。


「貴方達も付いてきなさい」


宮ノ内に言われた山河と夕梨花もフラフラと立ち上がり、この後の自分の運命を悟りつつ重い足取りで付いていくのだった。弓沢と駒は少し距離を置いて付いてきたが、理事長室の前で香坂に阻まれて悲しそうに職員室に戻って行ったのだった。




理事長室はピリついた空気に包まれていた。


「さて、どうしてうちの孫が傷だらけなのか説明してもらおうか?」


桜崎は目の前に座る夕梨花に説明を求めるが、その圧にやられて何も話せない。


「相澤さん、君は耳が聞こえないのか?もう一度言う。何故愛華が傷だらけなのか説明してもらおうか?」


「あ⋯その⋯理科準備室に入って⋯いたので⋯」


「理科準備室に入っていたから殴ったのか?意味が分からないな。」


それを聞いていた愛華が呆れながらも事情を説明し、一通り聞いた桜崎は怒りで顔が険しくなる。


「つまりはあの華野崎の倅が関わっているんだな?全く⋯どうしようもない!!」


「確かに⋯」


そう言って頷く愛華。


「それで?この教師は一方的に愛華を責め立てたのか?」


桜崎は夕梨花の横でブルブルと震えている情けない山河をチラリと見る。


「いえ!!私はこの相澤夕梨花に騙されまして⋯!!」


「はぁ!?本当に最低な教師ね!!」


「お前は日頃から行いが悪いからいつかこんな事をやると思っていたんだ!!」


「何よ!いつも親に媚を売ってるくせに!!」


醜い争いを冷めた目で見ていた愛華は鞄を持ち、徐に立ち上がる。


「爺ちゃん、私少し疲れたから保健室で休んでるね。」


「ああ、配慮が足りなかったな。あとは任せて休んでいなさい。」


宮ノ内が立ち上がって理事長室のドアを開けてあげる。


「⋯今回は爺ちゃんがいるから大丈夫だと思うけど、やり過ぎないでね!」


「分かりました。愛華はそんな心配しないでゆっくりと休んで下さい。後で様子を見に行きますから」


愛華は宮ノ内をジト目で見ながらも、疲れが勝りフラフラと保健室に向かって行った。それを見届けた宮ノ内は桜崎に目配せする。


「愛華はああ言っていましたが、許すつもりはありませんよ?」


ずっと主導権を桜崎に譲っていたが、愛華がいない今は本来の絶対的王者の風格に戻り椅子に座る。宮ノ内の雰囲気が変わった事に気付いた山河と夕梨花は恐ろしくて目が見れない。


宮ノ内は獲物を狙うような視線で二人を見て、まずは愛華をゴミと言った山河に狙いを定めた。スッと立ち上がった宮ノ内は山河の首元を掴む。


「愛華をゴミと言ったこの醜い声はいらないですね?」


その瞬間にゴリッと不気味な音と共に、山河が声にならない悲鳴じみた奇声を発し崩れ落ちた。それを見た夕梨花は驚いてソファーから立ち上がると理事長室から逃げようとドアを開けようとするがビクともしない。


「誰か助けて!!開けて!!何なのよ!!イカれてる!」


ドアを激しく叩きながら叫ぶ夕梨花だが、誰も来ない。


「ああ、ここは最新の防音技術を駆使した部屋なので無駄ですよ?」


宮ノ内が何事も無かった様に笑顔で言うが、恐怖でいっぱいの夕梨花は桜崎に助けを求める。


「桜崎さん!警察に通報して下さい!!」


だが桜崎はそんな夕梨花を見ようともせずに、喉を押さえて苦しむ山河に近付いていくとその首筋にいきなり歯を立てて襲いかかった。





















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