チャプター9

チャプター9



 ――その男性は、表立って分かるほどの復讐心を露わにしていた。



「こいつら全員に復讐したい」


 神門穢流(みかどえる)に充てがわれたソファに座るなり、二枚の写真をテーブルに並べる。



「……」

 シンは黙ってそれらを手に取り軽く目に通す。


 一枚目は男性と同世代の男三人。二枚目は少し年上の男性が二人でこの内一人はどこかの従業員なのかエプロンをしている。


 どれも全員男性で、まったく『華』がないな、とシンは頭の片隅で思っていた。



「ーーあんた、名前は?」


 シンは写真をテーブルに戻すと目の前の男性を見やる。



「俺の名は、間宮優(まみやすぐる)。それとーー」


 男性――優は名乗ると同時に紅茶を一口し、少し迷う様に言葉を濁したが、


「…復讐の協力っては可能なのか?」


 上目遣いでシンを見る。



「ーーほう?」

 シンの片眉が興味深く上がり、

「これはまた変わった依頼だな」

 何ともおかしそうに笑う。



「可能か、聞いている」


 シンの笑いを遮り、優は切羽詰まった様に口調を早めた。



「……」

 シンは肩を竦め、

「出来ない事はない」

 端的に言ってのける。



「そうか」

 優は少し安堵したように呟いて――

「そこの、男性二人に復讐をお願いしたい」


 同級生三人だけ映っている写真を取り分けて、男性二人の写真をシンの方へ寄せる優。



「…その三人はどうする?」


 シンが、優が自分の方に寄せた写真を顔で指せば――



「こいつらだけは、俺自身で復讐したい」

 

 優の顔に嫌悪が浮かび低く呟いた。


「…その二人は、あなたの判断で復讐をお願いします」


 そこまで言って優はシンに深く頭を下げる。




「……」

 シンは顎に手を添え暫し考えるような素振りを見せた。



 実際のところ、シン自身が行動に出た方が事早いのだが――この目の前の『復讐心』に免じて、シンはそれで手を打とうと考えた。


 この男が、どうやって『復讐』するのか――それだけに興味を惹かれた。


「まあーーこちらとしては別に構わない」

 シンは興味を引かれて愉しげに微笑み、

「なんなら、そっちも同時にやってもいいが?」

 笑いつつ優が手にした写真を指差した。



「…いや」

 優は首を小さく横に振った。

「この『三人だけ』は俺自身が手を下したい」

 

 優がそうやって言えば――


「ー…チッ」

 シンは小さく舌打ちしつつ、

「こっちの二人は本当に好きにして構わないんだな?」

 

 写真を二本指で挟むように持ち目の前の優に確認する様に聞いてくる。



「ああ。構わない」

 優は短く頷いた。



「そうか」

 シンも同じ様に頷き、

「次に報酬の話になるがーー」



「……」

 シンがそう言うと優はチラリと彼を見て、

「俺の、今ある全財産を持ってきた」

 厚みが数センチ程ある茶の封筒を二つシンに差し出した。



 シンは中身を見る事はなく、

「報酬は金じゃない」

 と、首を横に振るう。



「金じゃない?」

 優は眉を顰めつつ出した封筒を鞄に戻す。



「…報酬は、お前の寿命だ」


 シンは優を一瞥しながら言う。



「俺の寿命?」

 優がおうむ返しでシンを見やると――

「そうだ」

 

 シンは短く頷いて、

「……」

 少し優を探る様に盗み見る。


 


 ――この男は、もう既に覚悟が決まっている様だった。自身の全てを引き換えにしても復讐したい奴等がいる。それ程までにこの男は『復讐の念』に囚われてる。


 

 シンの口角が静かに上がる。

「お前はーー」

 その言葉に顔をあげる優。


「報酬が『寿命』と聞いても驚かないんだな?」


 シンが嫌味たらしく聞けば――



「…こいつらに復讐をくだせるなら『悪魔』にだって魂を売るさ」


 虚ろげな表情と共に乾いた笑みを浮かべる優。



「成程。…『悪魔』ねぇ」

 シンは顎に手を当て蔑む様に言葉を紡ぎ、

「まあーー俺としてはどっちでも構わんが」

 厭らしい笑みを浮かべ優を見た。



「……」

 優はそんなシンを訝しげに見やるが――

「依頼は、受けてくれるのか?」

 単刀直入に聞いた。



「ああ」

 一つ返事で頷くシン。

「報酬は、そうだな……」

 暫し考え込み――


「寿命一年だな」


 短く言い放った。



「『一年』…」

 おうむ返しに言う優は少し呆気に取られた表情をする。

「それくらいでいいのか?」



「ああ」


 戸惑うような優の言葉にシンは短く頷いた。



「ーー契約は、成立だ」


「……」


 シンの笑みに優は何か言いたげだったが、


「―…宜しくお願いします」


 小さく呟いて立ち上がり、軽く頭を下げて部屋から出ていった。






「ふふふ」シンは静かに笑いをこぼす。「何ともーー愉しくなってきたな」



「…シン……」


 シンが座るソファのすぐ後ろに控える穢流(える)が少し哀しげな表情を見せる。



「―…何だ?」


「…いえ…何も……」


 シンが視線だけを穢流に向けるが、穢流は首を少し横に振るだけだった。



「今回の件、俺の好きにさせて貰う」


「…ええ」


 シンの言葉に頷きつつ、穢流はその身をシンの横に移動させる。座った穢流の腰に腕を回し、シンは穢流を自身の胸に抱き寄せる。


「素直じゃないか」

「ーーそうね」


 自分の肩口に安心したように頬をすり寄せる穢流。


「あなたには、逆らえないもの」


 顔を少し動かして穢流はシンを見て微笑んだ。


「…『逆らえない』?」


 シンはおうむ返しで眉を顰める。


「…いいように口の回るーー」


 目を細めて穢流を一瞥するシン。


「ーー俺を利用しているんだろ?」


「どうかしらね」


 応える穢流は、気持ちよさように目を閉じた。



 シンは呆れたように短い溜息を吐き、

「相変わらずだな…」


 そう呟くと視線を穢流とは逆の方向の虚空に向けた。






 ――約十年後。


 とある刑務所の独房に間宮優はいた。


 罪は第一級殺人罪。刑は、死刑――




「久しぶりだな」


 独房の片隅。


 簡素なベッドに横たわる優に、懐かしい『声』が聞こえる。



「…アンタか……」


 優は身体を起こす事なく静かに呟いた。


「来ると、思っていた…」



「どうだ? お前の望み通りになったか?」


 声はあの頃と同じ様に嘲り笑う様な淡々とした口調だった。



「…ああ」


 頷いて、優はゆっくりと上半身を起こす。



「アンタが来るのを待っていたんだ」


 目だけをキョロキョロと動かし声の主を探した。



「そうか」

 声の主は短く頷いて、

「それは奇遇だなーー俺もお前に『会いたい』とは思っていた」


 そんな言葉を溢しつつ、声の主は優の目の前に姿を現す。



「『独房』か…」


 シンは、優がいる一室の辺りを見回し小さく呟く。



「ーー漸くだ」

 白髪が入り混じった坊主頭を掻きながら優は言う。

「漸く、俺は償う事が出来る……」



「……」

 ベッドに座る様に腰掛けた優を、シンは見下ろして口角を上げると、

「『償い』ねぇ…」

 含みを持つように呟いた。



 優は俯いていた顔を上げて目の前にいるシンを見た。


「…判決が出たんだ」


「ーーほう?」


 興味深しげにシンの片眉が跳ね上がる。



「…これもーーアンタの『差金』か?」


「ーーいや」


 優の問いにシンは意外そうに否定の言葉で返した。


「それはお前達の『裁き方』だろう?」


 厭らしく微笑むシン。



「俺は手出し出来ないさ」


 シンの、含みある言葉を聞きつつ優は急激な睡魔に襲われた。




『――お前が、『罪を償う』のを見届けてやるよ』




 優は睡魔により薄れゆく意識の中で、シンが可笑しそうに笑っているのを見た。



 その後――間宮優は独房にて死亡が確認された。





「ふふふ。良い死に際だったな」


 シンが愉快な笑みを浮かべると、


「…シン……」


 悲痛な表情を露わにしている穢流の咎める声が聞こえた。



「―…何だ?」


「…やってしまったのね……」


 少し残念そうに呟く穢流。



「ーー彼奴等(あいつら)は、『同じ穴の狢(むじな)』だろ」


 シンが面倒臭げに言えば――



「…そうね」


 穢流は憂いるように哀しげに呟いたのだった。



―了―






*****


あとがき


依頼者の寿命は、シンの采配によって決まります。また復讐の協力とはどんなものなのでしょう。

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