Ⅰ章 ストランド村編

(1)ハードモードで始まる異世界生活

 ――こんなハズじゃなかった。


 転生していきなり大ピンチというのは、展開としては面白いと思う。

 けれどその場合は、主人公が敵に対抗する手段、例えばチート能力スキルを持っているとか、そういう設定が必須だ。

 でないと、物語は秒で終わってしまう。


 ……ただ転生しただけで、設定を何も理解していない主人公を、いきなり野生のオークの目の前にスポーンするとか、ありえない。


 オークは二メートルを優に超える大きさ。突然現れた獲物にヨダレを垂らして、こちらへノシノシとやって来る。

 俺は地面に座り込んだまま、ただ迫り来る豚鼻を見上げた。


 そして、期待する。

 もしかしたら、そろそろ脳内に「天の声」みたいなのが聞こえだすかもしれない。

「潜在能力、解放。レベル、HP、大幅に上昇」

 みたいな。そして、

「武器を選択してください」

 と、視界の端に画面が現れて、タップすると手の中に聖剣が現れたり……。


 けれど、オークの鼻息が前髪を揺らすほどになっても、一向に天の声は聞こえないし、武器もない。


「…………」


 ガチでヤバいかもしれない。

 オークのヨダレがタラリと落ちて、ジーパンに染みを作る。


「ヒッ……!」


 汚っ! と思わず足を引っ込めた動きが、オークを刺激したらしい。奇妙な声で吠えて、オークは棍棒こんぼうを振り上げた。


 ――死ぬッ!!


 俺は反射的に飛び出した。

 腕を振りかぶったオークの脇を抜けて走り出す。


 辺りは一面草っ原。

 身を隠せる木陰もない。


 町みたいな所へ逃げ込めれば何とかなるだろう。しかし、建物の影すら見当たらない。


 異世界って、こんなところじゃないだろ?

 城があって町があって、酒場を兼ねた冒険者ギルドがあって、エルフのお姉さんとコンビを組んでダンジョン探検に行くところだろ普通。


 なのになんで、訳も分からないまま、いきなり棍棒を振り回したオークに追いかけ回されなきゃならないんだ。


 ――それに、ここは一体、どこなんだ?



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 俺は、牛山うしやま源太郎げんたろう

 中学生作家だ。


 ……とは言うものの、投稿サイトのランキングに上がったことすらない底辺作家。


 せめて、もう少しPVが欲しい!

 と、小説作法のサイトで研究していたら、


「作家は経験した事しか書けない」


 とあった。

 ――これだ! と思った俺は、今まで誰もやった事がない経験をすればいいと考えた。


 『異世界転生』である!


 実際に異世界に行った体験記を書けば、リアリティがあるから絶対ウケる!


 それから俺は、異世界転生をする方法をネットで調べた。

 そして、一番安全で信憑性がありそうな、エレベーターで異世界に行く方法を試そうと思った。

 それには、十三階建ての建物に行く必要がある。

 確か、同級生が住むマンションが十三階建てで、エレベーターがあったよな……。


 と、道に飛び出したところ、運悪くトラックが走ってきて――。



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 「これだけは絶対に嫌だ」と思った方法で異世界転生するとは。

 しかも、思ってた異世界と違う。こんな草しかない所でどうしろというんだ。


 しかも、いきなりオークに喰われそうになってる。


 転生できた(らしい)事以外、全部大ハズレじゃないか。


「こんなハズじゃなかった!!」


 便利スキルで有能パーティーに引っ張りだこ、世界の秘宝を手に入れた俺は、辺境に国を作って、冒険仲間のエルフのお姉さんたちとハーレムしながらスローライフする――はずだったのに!


 そして俺は帰宅部だ。鍛えていない足腰、そして呼吸器はすぐに悲鳴を上げだした。


「ハァ、ハァ」


 チラッと後ろに目を向けると、オークはまだ諦めずにノシノシと追ってくる。全力で走れば逃げ切れそうなスピードだけど、俺の足はもう、そんな速さで動かない。


「……た、助け、て……!」


 上がった息で何とか叫ぶが、草っ原に人などいるわけがない。

 折れた枯れ草に簡単につまずいて、俺は頭から草むらに突っ込んだ。


「…………」


 オークの足音がノシノシと迫る。

 「ブヒー」という特徴的な鼻息が首筋に掛かった。


 ……万事休す。


 こうして、俺の異世界生活は、つまらなく終わっ……。

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