第14話 真理の実家

 真理と付き合い始めて俺は最高に幸せだ。でも彼女は、こんなに美人なのにすごくネガティブ思考で俺がまだ萌を好きだとか、俺がもてるから他のの方がいいんじゃないかとかすぐに言い出す。多分、幼馴染の園田に盛大に振られたのが相当トラウマになってるみたいだ。


 俺は就職活動で忙しくしつつも、真理との時間もなるべくとるようにしていた。4年生の初夏、努力の甲斐があって大手商社の内々定が出た。真理も東京に本社のある大手事務機器メーカーに就職が内々定した。全国転勤のある総合職ではなく、関東地方限定の職種で初任給がそれほど多くないので、できる限り実家から通勤すると言う。俺も実家住まいだが、勤務地によっては実家を出なければならない。いや、東京勤務でも真理と一緒に住めればいいな。そう思って俺は真理に同棲を提案してみた。


「でも野村君、どこに勤務になるか分からないよね?」

「うん、だからさ、俺が東京勤務になるとしたら、だよ」

「それっていつ分かるの? 分かった頃にはいい物件がもうないんじゃない? それに私は実家から通勤の方がお金貯められるから実家住まいでいいよ」

「ええー、寂しいなぁ……」


 そんなこんなで堂々巡りのまま、4年生の年末になった。俺は4月から2ヶ月、東京本社で新人研修を受ける予定だ。その後、勤務地が決まる。俺はそう分かった時点でまた真理と同棲の相談をした。


「真理ちゃん、俺さ、4月から2ヶ月、研修でしょ。真理ちゃんが1人暮らしする部屋に2ヶ月、一緒に住ませて。家賃半分払うから」

「私、うちから通うよ」

「えー、一緒に住んでイチャイチャしようよ」

「イ、イチャイチャ?! な、何言ってるの?!」

「だってさ、実家から通勤したらほとんど会える時間がないじゃん」

「そりゃそうだけど、研修の後、東京以外で働く事になったらどうするの?」

「その時は涙を呑む。家賃半分は出し続けられないかもしれないけど、5万円までなら出すよ」

「住んでないのにお金出してもらうなんてできないよ」

「俺の初任給、結構いいから大丈夫だよ」

「そんなの、駄目だよ」


 そんな感じで真理は歯切れが悪かった。確かに彼女の言う通りだけど、別の勤務地になるなら尚更一層、貴重な2ヶ月間を真理と堪能したい。


 年が明けても真理は芳しい答えをくれなかった。俺は正月最初のデートで実家まで送ると言って真理に付いてきた。


 彼女は実家の前で俺に別れを告げてそのまま門の中へ入ろうとしたが、俺は腕を掴んで彼女を止めた。


「せっかくここまで来たんだから、ご両親に挨拶していくよ」

「挨拶なんてしなくていいよ!」

「同棲するんだからさ、一応誠意見せたほうがいいでしょ?」

「同棲なんてしないでしょ!」


 同棲が決まってないのは確かだけど、意固地になっている真理につい意地悪を言いたくなってしまった。


 真理の実家に入れずにぐずぐずしていると、萌と園田が2人でやって来た。俺達と違ってすごくいい雰囲気だ。羨ましい。


「新田さん達も卒業後は同棲するんだ?」


 どうやら俺達の口論を聞かれていたみたいだ。


「えっ?! 同棲なん……」

「そうなんだよ。でも真理が恥ずかしがってさ、親に言いたくないって言うから、一緒に来たんだ」

「そうなんだ。うちらも今日、同棲の挨拶を悠の両親にするために来たの。悠が年末に青森まで来てくれたから。じゃあ、うちら行くね」


 萌と園田はそう言って園田の実家の門を開けて仲良く敷地の中に入って行った。でも同棲の挨拶は緊張するみたいで玄関のドアでちょっとまごついている。そんな様子も何だか微笑ましい。俺はそれを横目で羨ましく見て、再び真理を説得し始めた。


「ほら、真理。うちらも行こう。同棲の挨拶しなきゃ」

「同棲するとは決まってないでしょ。勤務地決まってないじゃない」

「でも少なくとも研修期間中の2ヶ月は真理ちゃんと一緒に住みたいからさ。ご両親に挨拶しなきゃ」


 真理は顔を赤くしながら、まだドアの前でまごついている悠と萌の方をチラチラ見ている。どうやら口論が聞こえるのが恥ずかしいみたいだ。


「あ゙-、もう! わかったわよ!」


 真理は破れかぶれになって俺の手を引いて実家の玄関に入った。


「ただいまー!」

「お帰りー!」


 真理のお母さんらしき女性の声が聞こえたが、玄関に出て来てくれなかった。実家住みの子供が帰宅して玄関まで迎えに出てくる親の方が珍しいだろうなと思いついた。実際、自分の親もそうだ。


「真理ちゃん、俺が来てる事、ご両親に言ってくれる?」

「あ、うん……」


 真理が中に入ってすぐに両親が出てきた。


「今日は突然お邪魔して申し訳ありません。真理さんとしばらく前から付き合っている野村孝之と言います」

「なんとなく感じてたけど、本当にお付き合いしている方がいたのね!」

「えっ?! それ、初耳だぞ!」


 初対面の俺の前にもかかわらず、真理の父親は娘に彼がいるとは全く知らなくて慌てふためいていた。


「もう、お父さん! 初耳とか、野村君の前でどうでもいい事でしょ!」

「そうよ」


 真理のお父さんはわざとらしく咳払いをした。新田家の力関係が何となく分かった感じで身につまされた。


「んん……それで野村君は真理と同じ大学なのですか? 就職は決まってますか?」

「お父さん、そんなにいっぺんに聞かないで」

「そうよ。それよりこんな所で立ち話も何ですし、家に上がって下さいな」

「いえ、お約束していた訳ではないので、今日はお宅に上がらせていただく訳にはいきません。でも今日、お伝えしたい事があるんです。僕は真理さんと同じゼミで卒業後は〇〇商社に就職が決まっています。4月から2ヶ月間、東京本社で研修を受けてその後勤務地が決まります。もし真理さんが部屋を借りるなら、研修期間中、彼女と同棲する事を許していただけませんか?」

「その後はどうするんだ?」


 慌てふためいていたお父さんの表情は消え去り、厳しい表情をしていた。


「もし東京本社で引き続き勤務するのなら、同棲も続けたいと思っています」

「同棲なんてだらしない事は許したくないな」

「もちろんダラダラ同棲するつもりじゃなくてお金を貯めて数年後には結婚も視野に入れています」

「お金を貯めるなら、真理が実家から通勤する方がいいだろう?」

「貯金の事だけ考えたならその方がいいんですが、かなり忙しい仕事なんでなるべく一緒にいたいんです。でもご両親の気持ちも当然です。少し考えていただけませんか?」

「いい返事をできるとは約束できないよ」

「分かっています。それでは今日はこれで失礼します――真理ちゃん、またね」


 俺が帰った後、真理のお父さんは『こんな大事な話を玄関先でしよって!』と憤っていたらしいが、お母さんが『あらぁ、中々礼儀正しい子じゃない?』って弁護してくれたそうだ。


 その後、卒業式の前に今度は約束してお邪魔し、お父さんも渋々ながら同棲の許可をくれた。

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