第3話 二日酔いの朝

 悠がキャリーケースを客室に運び込んだ後、彼の両親から萌の両親へ電話があった。萌の両親は電話しながら、ペコペコお辞儀して恐縮していた。


 萌は顔をしかめて悠に耳打ちした。


「悠のご両親には見えないのに、うちの両親ったら、変だよね」


「そんなことないよ。うちの両親なんてきっと電話しながら土下座してるよ」


 悠の両親は、結婚前に同棲して別れるようなことになれば女性のほうが「疵物きずもの」と呼ばれることになると言って同棲に大反対していた。そんな考えは時代遅れだし、悠と萌は合意の上で「もうやることやっちゃってる」から、「疵物きずもの」もへったくれもない。


 でもそんなことを両親に言えば、もちろん火に油を注ぐだけだから、悠は同棲の金銭的なメリットをひたすら話して両親を説得した。悠が萌の両親にもちゃんと挨拶に行くと伝えると、両親はようやく渋々ながら同棲を認めてくれた。そして悠が萌の実家にいる間に悠の両親が萌の両親と電話で直接話すのも、同棲を許す条件に加えられた。


 両親同士の電話が終わると、夕食前からビールが出てきて夕食の時間には萌の父も萌も悠もすっかり出来上がってしまった。萌の母だけは夕食の支度があると言って食事前には飲まなかった。でも夕食はしゃぶしゃぶをしながら、皆一緒に飲んでワイワイガヤガヤ楽しく会話した。


 食事の後は、全員でこたつに移動して日本酒とつまみで飲み続けた。でも悠は実は佐藤家の面々ほど酒に強くない。それに緊張と疲れと満腹感が合わさったせいで、いつしかコテンと床に転がってこたつの中で眠り込んでいた。


「悠! 悠! 起きて! ここで寝たら風邪ひくよ! 歯も磨こう」


「ん~……」


 萌がいくら揺さぶっても悠は起きなかった。萌の母はそれを見て、かわいそうだからやめなよと娘をとめた。


「園田君、おたって疲れてねぷて眠たいびょんんだろう。起こせば、かなしいかわいそうっきゃ」


へばだばそれだとかじぇ風邪ひくっきゃ」


「客室にふらんけ毛布あるっきゃ」


 萌は客室から悠のために準備してあった毛布を取ってきて悠にかけてから、歯を磨いて自分の部屋へ行った。でもベッドの中に入っても、悠も実家にいると思うと中々寝付けなかった。


 翌朝7時頃、萌は静かに2階の自室から1階へ降りてきた。


 日曜日だというのに両親はもう起きて身支度も出来ていた。父はリビングにいて新聞を読み、母はキッチンで朝食の準備をしている。


「おはよう。悠はまだ客室で寝てるっきゃ? 起こすべ?」


「昨日、悠君はなんぼすごく飲んだびょん。起こせば、かなしいかわいそうっきゃ」


 悠はこたつの中で寝入ってしまった後、明け方に目が覚めて客室に行って寝ていた。


 3人は悠を起こさずに朝食にすることにして、ご飯にお味噌汁、目玉焼き、ほうれん草のお浸し、納豆、津軽漬を食卓に並べた。


 津軽漬は松前漬みたいに数の子や昆布が入っていて粘々した醤油ベースの漬物だ。でも松前漬と違って大根も入っているので歯ごたえがある。大根の他にきゅうりも入っているねぶた漬もおいしい。どちらも萌の大好物で、大学進学で青森を離れている間にも両親に冷凍ものを時々送ってもらっていた。


「やっぱり津軽漬は、おいしいまんまご飯が進む! あっ?! 食べ過ぎたべが? 悠の分、まだあるっきゃ?」


「まだ冷凍庫にもあるはんで、すぐに解凍できんず。好きなだけ、食べて


「やったー!」


 朝食の間も萌の両親は大学や内定先のこと、里子の近況など、萌に色々聞いて話に花が咲いてあっという間に1時間ぐらい経っていた。


 そろそろ朝食の片づけをしようかと3人が話していると、リビングのドアがそーっと開いて真っ青な顔をした悠が入って来た。


「お、おはようございます……」


「悠! おはよう。顔色悪いけど、大丈夫?」


「だ、大丈夫……」


「園田君、ご飯食べるよね? 味噌汁、すぐに温めるから座って」


「あ、あの……すみませんが、朝食は食べられそうもないです……」


 萌は悠に近づいて耳打ちした。


「二日酔い? まだ寝てる方がいいんじゃない?」


「ううん、せっかくご両親に会いに来たのに……うっ!」


「え?! 悠、大丈夫?!」


 悠は口を押えて慌ててリビングを出てトイレに駆け込んだ。しばらくしてトイレから出て来た悠の顔色は一層悪くなっていた。


「悠、大丈夫?」


「うん……まだ胃がムカムカする。頭も痛い……初めて萌のご両親に会ったのに……呆れられちゃったよね?」


「そんなことないよ。大体、息子ができるってお父さんが喜んで悠にどんどん飲ませたのがいけないんだから、悠に責任はないよ」


「む、息子?!」


 萌の父は、息子とキャッチボールをするのが夢だったけど、結局萌は一人っ子になった。だから、父は悠と飲めて嬉しいと言って悠に飲め、飲めとしきりに勧めていた。でも、実は娘を取られた腹いせでガンガン飲ませていたのかもしれない。


「うちのお父さん、気が早いよね。でも私達、結婚するんだから、お父さんにとって悠は未来の息子か」


「ゲホッ、ゲホゲホ……うぇ……」


「うわ?! 悠、大丈夫? 嬉しくて調子にのったお父さんが悪かったよね。ごめんね」


「ううん、俺がもう飲めないって言えばよかったんだよ」


「あれは断れなかったでしょ。さあさあ、気にしないで客室に行って横になってなよ」


「ご両親に断ってから行くよ」


「親には言っておくから、気にしないで休んで!」


「……ううっ、ご……」


「悠?!」


 悠はもう1度トイレに駆け込んだ。


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番外編でも主にこちらのサイトを参考にしています:

https://kuroishi.or.jp/tsugaruben/tugaru_frame.htm

http://tgrb.jp/

https://aomori-daibouken.com/4641

https://www.kokusai-koryu.jp/seikatujyouhou/seikatujyouhou-2371/


このエピソードの津軽弁

おたる:疲れる

ねぷて:眠い、眠たい

びょん:~だろう、だよね

かなしい:かわいそう

へばだば:それだと

かじぇ:風邪

ふらんけ:毛布

なんぼ:すごく

め:うまい、おいしい

まんま/まま:ご飯

け:食べる

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