第2話 二日酔いの朝

萌は悠が実家に泊まっていると思うと中々寝付けなかった。


翌朝早々、萌は静かに2階の自室から1階へ降りてきた。日曜日だというのに両親はもう起きているようだ。父はリビングにいて新聞を読み、母はキッチンで朝食の準備をしている。父は30日に仕事納めなので、明日の月曜日はまだ休みではない。


「おはよう。悠、起こすべ?」

「昨日、悠君は飲み過ぎちゃったみんた。起こしたら、かなしいっきゃ(かわいそうだよ)」


3人はご飯にお味噌汁、目玉焼き、ほうれん草のお浸し、納豆、漬物を食卓に並べ、食べ始めた。食事の間も萌の両親は大学や内定先のこと、里子の近況など萌に色々聞いて話に花が咲いた。


「私のアルバムと卒業文集ってあるべ?悠に見せたいんず」

「ご飯の後に萌の部屋に持ってくべ」


朝食の後に母親が持ってきてくれたアルバムと文集のページを萌は懐かしくパラパラとめくった。萌は卒業文集の『将来の夢』に『ケーキ屋さんになる』と書いた。当時、それを見た母は『毎日生クリームの匂いを嗅いだらケーキ嫌いになるかもよ』と言い、萌はそんなことないと反発したのを思い出してフフフと思わず笑ってしまった。運動会の写真には『初恋の君』が写っていたが、それを見ても当時のようにもう胸が高まらない。


(悠に話したら焼きもち妬くかなぁ…フフフ)


次から次へと思い出が溢れてきたが、後は悠と一緒に見て話そうと思った。


萌は10時まで待ってリビングの隣の和室のふすまをそっと開けた。悠は布団の中でまだ寝ている。


「悠!おはよ!起きれる?」

「んん…あ、あれ?!俺、いつ寝た?」


昨日の晩御飯の後、うわばみ佐藤一家3人と飲んだ悠は早々に潰れて寝てしまった。


「うーん、晩御飯の後、1時間ぐらいで寝ちゃったかな?」

「うわぁ…やっちゃったよ…お義父さん、お義母さん、引いてなかった?大失敗だ…」


悠は二日酔いで元々顔色が悪いのに更に青くなった。


「大丈夫だよ。お父さんは悠とは飲みまくれないなってちょっとがっかりしたみたいだけどね」

「ええっ、そんな…俺、お義父さんの飲みには付き合うよ」

「弱いんだからそこそこにして。潰れないほうがいいよ」

「そ、そうだね…うう“…頭痛い…」

「今日は家にいたほうがいいね」

「え、でもせっかく帰省したならお父さん達とどこかに出かけたいでしょ?俺のことはいいから行きたい所へ行ってきて」

「帰省してもどこかに出かけたりあんまりしないよ。特に年末に帰る時は雪もあるから買い物以外は家にいることが多いの。それより朝ご飯食べたら、私のアルバムと卒業文集一緒に見ようか?うちらはもう食べたけど、悠はお腹すいたでしょ?」

「アルバムと卒業文集は見たいけど、朝ご飯は…まだ胃がむかむかするから食事はお昼にするよ」


悠は顔を洗って萌の両親に挨拶をしてから萌と2階へ上がった。


「これが小学校の時の卒業文集。私が『将来の夢』に何て書いたかわかる?」

「んー、スチュワーデスとか?」

「ブッブー!はずれ!」

「じゃあ、ケーキ屋さん?」

「ピンポン、ピンポン!大当たり!ほら、見て!悠は何て書いたの?まさかパイロット?」

「まさかぁ。漫画家だよ」

「今度、悠の実家に行ったらアルバムと卒業文集見せてね」

「まだあるかなぁ。捨てちゃったかも?」

「えー、そんなぁ。そしたら新田さんちに行って見せてもらっちゃおうかな?」

「あるよ、まだあるよ!」


萌の両親が同棲を許可してくれたら、2人は正月明けに悠の実家へ一緒に行くつもりだ。萌は小学生の悠の姿を思い浮かべて顔が綻ぶ。もし卒業アルバムがなくても真理の家で見せてもらうのは癪なので、本気で言ったわけではないが、真理が小さくてかわいかった悠を知っているのは何だか腹が立つ。


卒業文集の次に見るのは、小学校の卒業アルバムだ。萌のクラスの生徒の顔写真と名前が載っているページを萌は開いた。


「萌はこれだよね?か、かわいい…」

「い、今もかわいいでしょ!」


2人とも顔が真っ赤だ。


「さてここでクイズです!この中に私の初恋の男の子がいます。誰でしょう?」

「えぇ~、酷いよ、萌!そんなの知りたくない!」

「焼きもち妬きだね!悠だって初恋は新田さんでしょ?」

「そりゃそうだけど…最後は黒歴史だし」

「じゃあ、教えないでおこっと!」

「えー、教えてよ!やっぱり知りたい!」

「じゃあ、当ててみて」


悠はちょっと太目で眼鏡をかけてる男の子を指さした。今の悠に少し似ていないことはない。多分、悠の願望も入っている。


「はずれ!」

「ええー、じゃあ、この子?」


今度は悠の正反対、陽キャっぽい美少年を指すと当たりだった。


「この子はね、スポーツ万能で勉強もできてかっこよかったから、女子にすごいもてたんだよ。北大医学部に行ったって聞いた」

「ふぅーん…何だかおもしろくない…」

「私には悠が一番かっこいいけどね。悠、大好きだよ!」

「へっ?!あっ!お、お、俺も、萌のこと…大好きです!」

「ありがとう!悠、だーい好き!」


萌が悠に抱き着いた。二日酔いの胸と腹への圧力は悪い方へ効く。


「ぐえっ」

「えー、ロマンチックじゃないなぁ!ちょっとそこは悠ももう1回『大好き』って言うとこでしょ?」

「ご、ごめん!萌、だ、大…好きだよ」


悠は首まで赤くなった。腕を萌の背中に回そうとしたが、ここがどこか急に思い出して腕が宙ぶらりんになった。初めて来た恋人の実家で抱き合っているのを向こうの両親に見られちゃったら恥ずかしい。でも幸福感でそれもすぐに吹き飛んで、悠は萌をふんわりと抱きしめた。

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