第16話 この感情は何?

真理は今でも実家暮らしだ。本当は大学生になったら東京で一人暮らししたかったのだが、モデルの収入がある時は洋服やブランド物を買い過ぎて一人暮らしの資金が出せなかった。収入が途絶えた今となっては父親がこっそりくれるお小遣いが命綱だ。そんな状態で実家を出れるわけがない。それに真理は自分でも気が付いていなかったが、実家を出ない、出たくない理由が他にもある。


真理と悠が今も住む分譲地は、千葉は千葉でも東京に近い方だ。隣同士の2人の実家には猫の額ほどしか庭がない。そして幼馴染の恋愛漫画みたいに真理の部屋と悠の部屋は向かい合わせにあってお互いに在宅かどうかすぐにわかってしまう。


だから降雪注意報の夜、悠が帰ってこなかったことは真理も気付いた。翌日になって悠は帰ってきたが、随分遅くてほとんど夕食の時間になっていた。


(えっ、今まで何してたんだろ?!昨日の夜は降雪注意報が出てたのに?!)


真理は部屋の隅に置きっぱなしになっていた父親の釣り竿を久しぶりに手にとった。悠が真理の言いなりになっていた頃、真理は父親からこの釣り竿を『強奪』して隣の家の悠の窓をコンコンと叩くのによく使っていた。その前は家の前で拾って溜めておいた小石を投げて合図をしていたのだが、ある時勢いつけ過ぎて悠の部屋の窓を割ってしまった。両親と悠に怒られてそれなら何か長い棒をちょうだいと言って父親から釣り竿をせしめたのだった。だが悠が急に冷たくなってからは釣り竿で窓を叩いても大抵無視されるか、返事があってもすぐに窓を閉められるので、使わないようになっていた。


コンコン――


悠は明らかに室内にいるのに、窓を開けない。真理は悠が窓を開けるまでめげずに窓を叩き続けた。


「うるさいよ!何?!」

「昨日の夜、どこに行ってたの?降雪注意報が出てたのに」

「バイトだよ」

「バイトって今までじゃないでしょ?どこに泊まったの?」

「…真理に関係ある?」

「なっ!」

「寒いからもう窓閉めるね」


真理が呆然としている間に悠はぴしゃりと窓を閉めた。真理は我に返ると怒りが腹の底から湧き上がってきた。


(何様よ!!モブのくせに!生意気なっ!)


翌週、大学で真理は聞き捨てならないことを聞いた。降雪注意報が明けた日の夕方、悠が佐藤萌と一緒にマンションから出てくるところを真理の取り巻きの女の子のうちの1人が見たという。


真理はなんだか胸がむかむかして苛ついて仕方なくなり、悠が目に入ると突進して行った。


「悠!あんた、なんで嘘ついたの?!」

「嘘?!」

「降雪注意報が出た日、佐藤のところに泊まったの?」

「あ、そのことか…真理には関係ないよね」

「あんた、まさか、や…やっ……てないでしょうね?」


真理があまりにどもっていたので、彼女が何を言ったのか悠は理解できなかった。


「何?どうでもいいでしょ」


悠は強制的に話を切り上げて去って行った。真理はその背中を茫然と見送ったが、悠の背中が見えなくなると急に自分達が注目を集めていたことに気付いた。


「なっ……何見てるのよ!幼馴染を心配してだけなのに、いちいち聞き耳立てるなんて嫌らしいわね!」


(そうよ、せっかくの幼馴染が心配してのに、何あの態度!生意気過ぎる!)


真理はあまりにイライラして次の授業はさぼることにした。

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