第90話 浮かび上がる謎
ゲレオン准教授は、辛さに耐えるように途切れ途切れに話し始めた。
「……彼女との、細かい会話は、すでにモニターされていたものを、皆さん、お聞きですよね?」
総作戦司令ダコールと副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートが頷いた。
「では、細かいところは、割愛させていただきます。
……中庭に出てきた彼女は、『ゼルンバス王国、内務省の長、マリエット』と名乗りました。
つまり、この星の最大版図は、ゼルンバス王国という名であり、王様がいて、閣僚がいます。行政が存在するんです。ということは、なんらかの法も存在しているでしょう。
そして、内務省の長が女性だということは、女性の政界進出も進んでいます。
もっとも、これが選挙によるものか、世襲によるものかによって、社会状況の推測の結果は異なりますが……。
さらに言えば、王政ということから、優秀さで抜擢された可能性もあります。
異星からの使者との、交渉役に任じられるほどですから」
ゲレオン准教授の説明は、だんだんと饒舌になっていった。文化人類学的観察結果も入るようになった。ゲレオン准教授は、話しているうちに落ち着きを取り戻してきたのだろう。
「優秀さゆえに抜擢、だろうな」
「小官もそう思います。
彼女は情報の取り扱いをわかっています」
バンレートの言葉に、情報士官のパウルが同意する。
「で、なんで内務省なんだ?
外務省の誤訳ではないのか?」
このダコールの疑問に、ゲレオン准教授が答える。
「まず、翻訳に間違いはないでしょう。
正方形の内側に斜線を引く平方根の話のときに、内側と外側の概念がありました。連想プログラムがそこを内務省の根拠にしていますから、まず間違いないかと」
「となると、役職ではないところに、このマリエットという女性が出てくる必然があったということになるな」
「そうなりますね」
ゲレオン准教授の説明を聞いて、ダコールとバンレートが推測を進める。
「だが……、このとき、言葉に対する会話があったな?」
ダコールの確認に、ゲレオン准教授は頷いた。
「そうです。
こちらが向こうの言葉を、量子コンピュータの連想プログラムで合成して話してましたから、『どのようにして言葉を覚えなされたかな?』と聞かれて、『言葉を置き換えるからくりを使っています』と答えました」
「つまり、このマリエットさんとやらは、こちらの言葉を知らないということでいいな?」
「そうなりますね」
「じゃあ、なんでそのあと話せる奴が出てくるのに、直接そいつじゃなくて話せるわけでもない役職外の人間が出てきたんだ?」
ダコールの疑問に、その場はしんとなった。
「論理的に裏を返して考えれば、彼女以外は出せなかったとなりますが、それも考えにくいですね」
パウルの言葉に、全員が頷く。
1人しか外交交渉できるだけの能力を持った人間がいなかったとなれば、その状況はもはや国家の体を成していない。
「生物的に考えるのであれば、交渉の場には女性以外は出せないという風習があった、とか……」
ギード軍医の言葉に、ゲレオン准教授が反論した。
「私を縛り上げたのは、男でしたよ。
そのあとに、私に語って聞かせたのも……」
「なら逆に、油断させようと……、いや、それは意味ないか……」
ギード軍医はそう反論しかけて、自ら否定した。
戦争している国同士の交渉で、出てきた担当が女性だったからなどという理由で、なにかが変わるはずもないからだ。
ただ、遠くから来た者に対する交渉役に、特定の性を割り当てている文化はないわけではない。
ギード軍医は、ゲレオン准教授という患者のためだけにここにいるわけではない。
医学、生物学分野のオブザーバーでもあるのだ。だから、その分野から問題を見、発言しているのだ。
「ゲレオン准教授、あなた自身で気がついたことはありますか?
ギード軍医の案は、あなたの専門だ」
再びパウルが聞くが、ゲレオン准教授は首を横に振った。
観察時間も短かったし、そこまでは観察できなかった。なので、ここまでのところ、付け加えられる情報はなにもない。
「では、この問題、今は材料が少なすぎて判断できません。
ひとまず措くべきかと」
パウルの声に、しぶしぶと他の者たちは頷いた。
ここで時間を浪費しても仕方ない。とはいえ、検討が進み、わかったことが増えれば呆気なくとける謎かもしれない。
気まずい雰囲気の中、ゲレオン准教授は報告を続けた。
「話を進めます。
このあとからは、なにを言っても、このマリエットに上手く切り替えされてしまって……」
「この女性、上手いです。
喋っているようで、ほとんど喋っていないに等しい。
名乗った以外は、質問には質問で返し、聞かなくてもわかるようなことしか答えていない」
情報士官だけあって、パウルの指摘は素早い。それこそ、手慣れたものなのだろう。
「引き続いて、降伏の手順等の問答ですが、情報の共有について消極的ですね。
ゲレオン准教授とマリエットの会話を聞いていると、向こうの方が交渉のイニシアチブを握っているかのようでした」
「申し訳ない。
会話を続けようと思う一心で、下手に出すぎたかもしれない」
パウルの言葉に、ゲレオン准教授は詫びのつもりで頭を下げた。
「そういう意味で言ったのではありませんよ、准教授。
准教授の採った方法は、正しいかと思います。
辛い思いをされた中で大変申し訳ない言い方になりますが、ここで交渉が打ち切られていたら准教授は何事もなく帰れたでしょうが、核心に迫る情報は何一つ得られなかったのです」
「そのとおりだ」
ダコールの肯定に、ゲレオン准教授は再び頭を下げた。今度のは、礼のつもりなのだ。
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あとがき
まだまだ、謎は序の口w
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