第70話 翻訳検討


 ゲレオン准教授の端末が、再び再生を始めた。

 口調はそれっぽく喋るが、訳しきれないところはあやふやな表現や注釈になってしまうのは仕方ないところだろう。

 そもそも、翻訳するには取り込みできたデータがあまりに少ないのだ。それでも、話題が特定できていたからこそ、言語の連想機能自体は上手く働いたのだ。


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「とりあえず、これが他のドローンと違う点は、このカバーに描かれている図と文字です。

 他のドローンには、まったくありませんでした」

「このドローン自体については(別の者)が担当で、私は離れていてよく見てはいなかった。つまり、他のドローンにはなにも描かれていなかったのか?」

「はい。

 まったくなにも」


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 そこまで聞いたダコールは、目と目の間を人差し指で揉んだ。

 翻訳は不完全で、言葉遣い自体は可怪しいところが多い。

 だが、言っている内容自体は明確に理解できる。


「これで、こちらが海中投棄したドローンが、なんらかの手段で深海から引き上げられたのは確実だ。

 中世レベルの文明で、どうやってやってのけたんだ?

 しかも、すでに分解されているとなると、リバースエンジニアリングの対象となっているだろう。

 だが、分解したものを彼らは理解できるのか?

 彼らの技術レベルが、まったく想定できない……」

 そう言ったダコールの声は、呟くように小さい。


 ゲレオン准教授は、一旦再生を止めた。

 ダコールはそれ以上は口を開かなかったのだが、深く考え込んでいるのはわかったからだ。

 だが、その時間は長くはなかった。

 准教授の視線に気がついたダコールが、申し訳ないという表情になって、再生を促したからだ。

 悩むのは、最後まで聞いてからでもできる。


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「ふむ。

 これがなにを意味しているか、わかりますか?」

「円周率と平方根です」

「それはなんですか?」

「(不明)は、(条件を満たす必要がある)。

 そして、この条件を満たすための調整には、飛び抜けた能力は使いません。

 そうでないと、毎日のことですから、飛び抜けた能力者がいないところでは、(条件が満たされない)。

 で、代わりの能力者を使うんですが、これが工学者の仕事です。

 円を回すには、(不明)が必要で、その数を出すのには、円の直径の3.1倍の長さを出して、そこから(割れば?)いいんです」



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「この辺りは、まったく訳せていません」

「そうですね。

 ただ、准教授、偵察衛星からの画像を見るに、ここは中世的農業の世界ではないか、と。

 となると、回る、回すものとなれば、石臼が当たり前のもので、その動力は風力か水車、家畜になると思うのですよ。

 例えば風車、もしくは水車の概念を、この辺りの会話に代入することはできないのですか?」

「なるほど。

 それは良い考えだ。

 少しお待ち下さい」


 そう言ってゲレオン准教授は、端末の操作を始めた。おそらくは、ヴィース大の量子コンピュータにアクセスしているのだ。端末だけで処理できる演算量ではないことは、専門外のダコールでもわかる。


 その間に、ダコールは、自室外に待機している従卒に茶の準備を命じた。

 ゲレオン教授のチームが来るとともに補給艦も補充され、新たな茶葉も手に入ったのだ。これで、ティーポットのためのもう一匙を節約しなくてもよくなった。


 しばらくして……。

「これはすごい。

 翻訳し直したものを流します」

 ゲレオン准教授は、再び再生のボタンをタッチした。


 − − − − − − − − − − − − −


「ふむ。

 これがなにを意味しているか、わかりますか?」

「円周率と平方根です」

「なんですか、それは?」

「収穫した穀類は、脱穀して粉にしなければ食べられません。

 そして、この調整には、普通飛び抜けた能力は使いません。でないと、毎日のことですから、飛び抜けた能力者のいない地方では穀類は食べられなくなります。

 そのために、水車を使うのですが、これは工学者の仕事です。

 水車を回すためには、流れる水を掴まえる羽が必要で、その数を出すのには、水車の直径の3.1倍の長さを出して、そこから割り振ればよいのです。

 水車の中心点から、角度で割り振っていく方法もありますが、水車の極端な条件によって、羽の数が(不明)になると上手く行かないことがあります」

「なるほど」


 − − − − − − − − − − − − −


「……素晴らしい」

 ダコール口から、思わず感嘆の言葉が漏れた。

「水車は良い案でしたね。一気に会話が浮かび上がってきました。

 ですが、風車を代入したら、やはり上手く訳せませんでした。

 それにしても、食に関することは、全宇宙で汎的に一致するものですね。これだから、フィールドワークは止められません。

 これだけの内容があれば、論文が1本書けますよ」

「それは素晴らしい」

 ダコールはそう繰り返した。


「ゲレオン准教授のこの技術、軍としても採用したいものです。

 新たな敵との遭遇後の対応マニュアルが、激変しますよ。

 当然、然るべき額での契約となるでしょう。

 考慮していただけますか?」

「もちろんです。

 フィールドワークは、資金がいくらあっても足らないのです。

 今回は総統府からの要請で予算措置もされましたけど、そうでもなければなかなか研究室から出られません」

 そう言うゲレオン准教授の顔は、果てしなく残念そうだった。


「なら、例えば目的地までの人員と資材の輸送は軍の協力を得られるとか、付帯事項を付ければよろしい」

「なんと素晴らしい!!

 ダコール総作戦司令、戻ったら教授にも働きかけ、ヴィース大学はこれから先、貴官に全面協力いたしますよ」

 話は、とんとん拍子に進んだ。

 

「では、続きをお願いします」

 従卒が運んできた茶の湯気を顎に当てながら、ダコールは先を促した。

 問いたいことはたくさんある。ゲレオン准教授が問題としているところも同じ箇所だろう。

 だが、その議論は、残りを聞いてからだ。


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あとがき

未知言語の推測連想翻訳、大変ですよね。

楔形文字なんか、「汝らはパンを食べ、水を飲む」からですもんね。

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