第60話 敗戦要因


 総作戦司令ダコールと副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートの、敗戦要因の検討は続いている。

 どう考えても、偵察衛星から送られてくるデータの不審さの原因が突き止められないのだ。

 この惑星からは、雷ぐらいしか電磁波の発生源がない。特に人工のそれがないかは何度も確認しているし、ダコールもその結果報告は受けている。


 だが、この状況の中、どうしてもそのまま鵜呑みに信じることもできない。

 惑星内通信であれば光ケーブルも使えるが、空を飛んでいるもの相手では基本的に電波しか使えるものはないはずだ。そしてなにより、こちらが配置した偵察衛星である。レーザー通信機能などないのは、こちらが一番良く知っている。


「光学変動なり重力変動のアナログデータで紛れ込ませて、デジタルデータ化された段階でプログラムに化ける……」

「無理です。

 我々が運用している偵察衛星も、一応は軍用です。ご存知のとおり、全二重5段の情報防壁を備えています。それを簡単に超えるウイルスプログラムは、あまりに想定しにくい。

 ファーストコンタクトの相手にバックドアがあるはずもないし、ログイン・トライは自由ですが、その回数はリアルタイムにこちらにアラートされてきます」

「ちなみに、母艦以外からのトライ回数は?」

「0です」

 これでは、どうにもこうにも八方塞がりである。


「ったく、敵は魔法でも使っているのか?」

「総作戦司令、腐るのはわかりますが、戦術分析班も解明できなかった謎です。

 我々が、1日で答えが出せるもんでもないでしょう」

「母星に、交戦時のタイムログは送ってあるんだよな」

「はい。

 ですが、分析結果はそちらからも来てはおりません」

「結局、丸投げもできないか……」

「……そうですね」

 当たり前といえば当たり前だ。


 戦術データはデータベース化されているし、そこから得られる戦訓もきちんとまとめられている。

 そこへのアクセス権は、ダコール艦隊でも、母星の戦略・戦術研究所も、軍事博物館の戦史研究部ですらも変わらない。おそらくは、ここと同じように悩んでいるのだろう。


 話ここに至って、バンレートが軍組織に生きる人間としての気遣いを見せた。

「ただ、総作戦司令、次の作戦は立てておかないと、こちらの怠慢を疑われます。ただ待っていたと悪く取られたら、目も当てられません」

「敵の手がわからないのに、作戦立案もへったくれもあるか!」

 思わずダコールは怒りの声を上げる。

 もちろん、バンレートに対してではない。バンレートと同じく、組織というものが時折見せる理不尽さを知り尽くしているからこその怒りである。


「まったく、その通りではあるのですが……」

 バンレートは、ダコールを宥める。

 これも、「副」が付く役職の仕事のうちである。

 とはいえ、ダコールは基本、そのようなお守りが不要な、よい上官ではあるのだが。


「もういい。

 検討するだけ時間の無駄だ。

 ならもう、魔法でいいじゃないか」

「どういう意味です?」

 まさか、自棄やけになってしまったのかと、バンレートは心配する。魔法などと総司令官が言い出したら、その艦隊は終わりである。


「敵は、我々以上の科学力を持っている。

 解析できないほど高度な科学技術ならば、それは魔法として扱えばいい。そういうものだ、と。

 その上で、敵ができることを洗い出し、作戦を立てることならできる」

「なるほど」

 ダコールの言葉にバンレートは納得する。

 たしかにそれなら可能だ。


 ダコールとバンレートは、軍人であって科学者ではない。

 だからこそ、この割り切りもできる。

 そもそも神ではない身、敵のことを完全に理解などできないのだから、戦場では推測、推論からの対症療法的な場当たり対応を完全に無くすことなどできない。

 ダコールの言は、その割合を多めに許容しようということだけだ。

 先ほどのバンレートの心配が心配したように、自棄になったわけではない。バンレートは、気を回しすぎたと反省する。


「敵は我々より優れた科学力を持っている。ただしそれは、月軌道内に限定されている。よほどに、変わった文明の進化を遂げたのだろう。

 その結果として、月軌道内に入ったら、我々の防御スクリーンも複合材料の装甲も敵の攻撃を防げないなら、月軌道の外側からアウトレンジ飽和攻撃を掛ければいい。

 必要ならば、もっと遠くからだって攻撃するさ」

「まぁ、本当に月軌道の外が安全ならば、ですが」

 バンレートはそう釘を刺す。


「それを言ったら、今、この時に攻撃されている。

 大体、攻撃をかけてこない理由がない。我々は戦闘態勢を解かざるをえない状況だし、今回負けたにしても、我々の方が敵を多く殺している」

「ただ、そうは言っても、あまりに敵は狡猾です。なにを考えているかわからない。

 だからこその今回の被害です」

 とバンレートは応じ、同時に2人は視線を合わせ、同じことに思い至った。


「……まさか」

「我々は敵に初弾から被害を与えられていないのか?

 だから、許されているのか?」

 その想定は、必然的にさらに恐ろしい推測を呼ぶ。


 初弾からその戦果を偽装されたということは、この恒星系内に入った瞬間から監視されていたということになる。

 なのに、まったくその姿は見つけられなかった。

 ということは、今このときも、自分たちは敵の包囲の中にいるのではないか?

 遊ばれているのではないか?


 蒼白の面持ちで、バンレートが言う。

「ですが、画像の洗い出しの結果、偵察衛星の画像が加工されていたのは、今回の攻撃のわずか1日前からです。

 つまり、初弾は戦果があったはずです」

「それがそもそも可怪しいとは思わんか?

 なんで敵は、急に画像の加工を始めた?

 未だに我々は、偵察衛星をどうハックしたか解明できていない。それほど高度な技術を持っている敵が、1日前に初めて画像加工技術を開発したなんてことはありえないだろう?

 画像加工技術自体も相当に高度なものなのだし」

 これには、バンレートも頷かざるをえない。



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あとがき

十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。

のです。

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