第6話 王が王に遣わす使者
クロヴィスは、王の命に応えてモイーズ伯に説明した。
「2日後、北の隣国セビエの都市、ネイベンに再び天から大岩が落ちまする。今このときも、星々の間からその大岩はこちらに向かっております。
5日後には、西の最果ての国コリタスに。残念ながら、コリタスのどこに落ちるかまではまだ見えておりませぬ。
8日後、さらにこの世界のどこかに落ちてきましょうが、それについてはまだなにもわかり申さず……」
「なんと……」
モイーズ伯はそう嘆息した。
「我が王の申されよう、初めて理解でき申した。
我が領地に燃え盛る大岩が落ちて以来、その後処理に追われており、このような事態になっているとは露ほども知りませなんだ。
なるほど、王のご憂慮、わかりましてございます。
……『敵』が想定されるのですな。
すべてはその『敵』に対するため。
不敬の段、お詫び申し上げます」
「余としても、モイーズ伯の憂慮はわかっておる。
気にすることはない」
この気にすることはないには、言外の意味もある。
モイーズ伯は、今回の天からの大岩で自らの軍を失った。
それを良い機会と、伯を王の使者として他国に出し、その留守の隙に王家がその領地を取り上げようとすることを伯は疑った。実際、極めてありそうなことであるし、ゼルンバス王国の長い歴史の中でも類似の事件がある。
だから、この疑いは極めて自然なことだ。
だが、その疑いを持った不敬を、王は不問とした。
結果として、王とモイーズ伯との間に齟齬は生じなかったという、玉座の間の儀式なのである。
実際、そのようなことをしている場合ではない。モイーズ伯は使える駒で、使える駒だからこそ疑いの念を持った。つまり、王からしたら、ますます失うには勿体ないということが言える。
モイーズ伯は一揖して、王に応え、自らの任を理解していることを伝える。
「ご下命の意味はわかり申します。
セビエにて、その第二の都市ネイベンをあえて犠牲にすることを説くに、我をおいて他に使者として発てる者はおりますまい。我なればこそ、高みの見物の非礼を避け、同じ痛みを知る者として話ができ申します。
さらに、その説得を確実なものとするために、刻々の状況を見ることができる天眼通の魔術師と、嘘をつかれないために他心通の魔術師を呼ばれたのですな。
まこと、行き届いたことかと」
「そのとおり」
王は頷く。
「ただし……」
とモイーズ伯は言を続けた。
「私が思うに、今の話だけではセビエの王に話を持ち込めませぬ。
天の敵どもが、天眼の術でこちらを見ていて、騙されてくれるという見込みなくば、ネイベンの犠牲は無駄になりましょう。
さらに、5日後のコリタスへの被害が出る前に『敵』にどのように対するのか? それをこちらが語れなければ、セビエの王とてむざむざと犠牲を増やすことに納得はいたしますまい」
茫洋とした外見に似合わず、交渉の問題を洗い出し、話す内容は鋭い。レティシアの顔に描かれた紋様を見ただけで、その力を「他心通」と見抜いたあたり、魔法の術に対する知識も深いのであろう。
辺境伯の名にふさわしい才である。
「モイーズ伯の仰っしゃり様は正しい。
だが、今回の件がなんらかの意志を持つ者による攻撃と断じてから、すぐにその方たちを呼んだ。つまり、まだ日時計一目盛り分も動いておらぬ。
敵に対する策は、相手が準備万端で攻めてきたと想像できるだけに、熟慮の必要がある。半日といえど拙速のきらいはあるが、せめてそのくらいの時間は欲しい。
ゆえに検討の上、書をそなたたちに送り、併せて先方の王室への公文書も追送するゆえ、とりあえず身を運ぶことを優先してはいただけぬかな?」
「御意」
モイーズ伯は再び頭を下げた。
王の言う事情はわかる。
ネイベンに天の大岩が墜ちるまでの、2日の猶予はあまりに短い。だが、対処が不可能かと問われればそうとも言い切れぬ。やれることはやっておきたいという王の意もよくわかるし、そのことに異を唱えるつもりは毛頭ない。
ただ、敢えて言えば、急ぎすぎて拙速の拙が先行してしまわないか、である。だが、これは臣下の身としてはとても言えぬ。
「クロヴィス、レティシア双方に聞く。
今モイーズ伯が看破したとおり、お主らの務めは使者としてのモイーズ伯に助力することだ。
この際、なにか言っておくこと、聞いておくことはあるか?」
王の問いに口を開いたのはレティシアである。
「我が王と、天眼クロヴィスにお尋ねいたします。
ニウアの壊滅は間違いないところでしょうか?」
「再度確認するまでもなく、なに一つ残らぬ惨状だ。
それは、なにを意図する問いか?」
王はレティシアに聞き返す。
「天眼にてなのか、肉眼にてなのか、どちらでそれを見られたのか? ということでございます。
つまりニウアの被害は、相手に寄って考えるのならば、これは大戦果ということになりましょう。
必ず、相手方においても確認した者がいるはず。
そして、セビエの第二の都市ネイベンをもう一度犠牲にする王のお考えは、戦果を確認する者の目を欺き、ひいてはこちらの対応を読ませぬためかと愚考いたします。
なら、その者の目はどのようなものにして、どうこの世界を見ているのでしょうか?
天眼のアベル殿、クロヴィス殿と同じ魔素を使いし術なのでしょうか?
それとも、偵察の者がニウアまで見に来たのでしょうか?
どちらの方法だとしても、また違う方法だとしても、それは我々と同じものを、同じように見ているのでしょうか?」
「なるほど……」
王はそうつぶやき、そのまま絶句した。
見られている。
だから欺く。
これについては、王たる自分も大将軍フィリベールも反射的に思考が働いた。相手が取引できるであろう相手という目星もつけた。
だが、相手がどのようにして見ているのかまでは、さほどに考えていなかった。無意識に魔法を使っているものと思い込んでいたのだ。
とはいえ、相手が違う世界の者である以上、真っ先に考慮が必要な項目ではあった。その検討なくば、策は足元を掬われよう。
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あとがき
高みの見物の非礼を避ける、これはとても大切なことなのです。
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