恒星間艦隊vs魔法王国 −2つの文明の相克−

林海

第1話 小惑星落下、ニウア壊滅


 迂闊だったと責められても、反論できない。

 天眼の魔法を能くするアベルは、天から落ちてきた大岩をまったく予見できなかった。

 その結果、この国、ゼルンバス王国首都マルーラの東、第二の都市ニウアは10万人の住人ごと蒸発した。被害状況の確認は、いっそ楽であった。

 都市ニウアとして残されたものは、クレーター以外なにもなし。

 報告は以上である。


 王に呼び出され、万座の中で叱責されようともアベルにはなにも言えぬ。言っても言い訳にしかならぬ。

 ただひたすらに唇を噛み、視線を床に落としたまま激しい叱責に耐えるのみである。10万の単位の王の民が一瞬で蒸発し、被害があまりに大きかったことから声を上げての嘲笑はない。話はそのようなレベルを超えているのだ。

 ただただ、アベルに向けられる視線はひたすらに厳しい。アベルにとっては、嘲笑われた方がよほどましである。


「弁解はないのか?」

 これは、王座の横に立つ大臣の下問である。

「ございませぬ。

 弁解はございませぬが……」

「今さらに、弁解以外の何の言葉を紡ぐというのか?」

 大臣の語調は厳しく、鞭のように痩せたアベルの全身を打った。


 だが、構わず、視線を上げぬままにアベルは声を張った。

「なにがあろうと、なんと言われようと、これだけは申し上げねばなりませぬ。

 次の大岩が見えております。

 これまで、天から大岩が落ちてきたことなどなく、したがってそちらに目をやることなどありませなんだ。しかし、一度このようなことがあれば、我も改めて天を見るというもの。

 我が弟子のクロヴィスにも、同じものが見えております」

 アベルの言葉に、貴族同士で交わされていた私語が止まり、ざわめいていた玉座の間は静まり返った。


「次とは、まことか?

 次はどこに落ちてくるのだ?」

 王から直接の下問である。

 もはや、大臣の問いを待つなどという、悠長な気分ではいられなくなったのだろう。


「2日後、北の隣国セビエの都市、ネイベンに。

 5日後、西の最果ての国コリタスに。残念ながら、コリタスのどこに落ちるかまではまだ見えておりませぬ。

 8日後、さらにこの世界のどこかに……」

 アベルの言葉は、さほど大きの声ではなかったにも関わらず、玉座の間に響き渡った。


 場は一気に沸騰した。

「すると、この国にはもはや落ちぬのでは?」

「我らが王国の威を認めぬ、東の隣国のアニバールには落ちないのか?

 いっそ、落ちて誅してくれれば……」

「落ちてこそ、平等というものですから、な」

「ニウアなき今、アニバールまでの抑えが消えておりますからなぁ」

「壊滅したニウアの復興は、彼の地の辺境伯モイーズ候に任せれば良いのか?

 王都に来ていて無事と聞いたが、この場にもいらっしゃらぬし、ほとんどの領民を失っている以上、自力での復興はできまい」

「伯の軍も壊滅したと聞いたぞ」

「我々にも負担があるのであれば、相応の利権みかえりが欲しいところだが」

 貴族が持つべき自律に欠けたとしか思えぬ言葉が、小声とは言え諸侯の口から次から次へと漏れる。


 これは本音だけではない。

 多分に、王への牽制と意見具申の意図を持っている。

 さらに、王が何らかの決断を下す前に放言するのは、王が一旦口にした発言を撤回しないで済ませるための根回しにも相当した。つまり、多少行為としては醜くても、双方にとってWin-Winな習慣なのである。


 だが……。

「黙れ、コランタン伯。

 これは容易ならざることぞ」

 王の鶴の一声である。

 玉座の間は再び静まり返った。


 王がコランタン伯を名指しにしたのは、彼の声が一番大きかったからではない。

 彼が王の甥で年若く、名指しで非難してもあとでフォローができるからだ。

 だが、敢えて王が1人を名指しして叱責したことで、場は再び緊張に満ちた。王の物言いは、今後の自らの決断に、貴族の助言を容れるつもりはないと公言したのに等しい。


「アベル、再度そちに問う。

 これが何処いずこからかの攻撃ということはないのか?」

「申し訳ありませぬ。

 我が目に見えているのは、天を駆け、星の間に日に日に近寄ってくる大岩のみ。そこに意思を見るは、我が力では能わず」

 王は、舌打ちを寸前で堪えた。


 天よりの大岩を見つけられなかったからと言って、アベルは神にあらず。そして、魔術師としては決して無能ではない。自分が疑問を聞く相手として、適当でなかっただけだ。

 だが、ここで自分が舌打ちしたら、アベルからしたら死を賜るに等しい。あたら優秀な人材を失うのは、自らの首を絞めるようなものだ。


「大将軍フィリベール。

 どう考えるか?」

「天のどこかに住まう、何者かによる攻撃でございましょう」

 返答は短い。

 つまり、確信があるということだ。人は迷っている時ほど言葉が増えることを、王は知っている。


「して、何故なにゆえ?」

「まずは、海と陸地の面積の比、陸の山野や砂漠と街の面積の比を考えるに、天然自然のことであれば、立て続けに街に落ちることは決してありえませぬ。

 敢えて偶然と考えることもできましょうが、立て続けに落ちた街が問題でございます。

 次に大岩が落ちるネイベンといえば、北の隣国セビエの第二の街。我が国に続き、その国の第二の街というところが可怪しゅうござる。

 つまり、大岩を落としてくる何者かは、いきなり首都を消したら降伏すべき王がいなくなってしまうことがわかっているのでございましょうな」

「つまり、相手は取引ができる者ということか?」

「御意」

 王は唸った。


 つまり、相手にとって、今は脅しの段階ということだ。

 そして、優位の交渉が相手の意図となれば、こちらの皆殺しが前提ではなくなる。となると、欲しいのは魔素などの資源か、この世界の人間の奴隷化がということになろうか。


 大将軍フィリベールと目が合う。

 王の理解を正確にフィリベールは推し量っていた。王との付き合いは長く、何度も共に国難を乗り越え、戦場で陣を共にし戦ってきた仲なのである。

 フィリベールはさらに言を継いだ。

「ただ、相手はその交渉の端緒にあたり、10万の無辜の民を焼き殺すことになんの躊躇いもなかったことは忘れてはなりませぬ」


 戦場で鍛え抜かれた大将軍フィリベールの声は、玉座の間に重く響き渡った。初老とは言え、他を圧する偉丈夫である。平時で手に剣はなく、身に甲冑は纏っていなくとも、その威は大きく言には説得力があった。

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