28 悲しい気持ちを押し込めて
ジェイクの故郷『ランカスター』公国は『タリス』国の南に位置する場所にあった。
私たちは戦火を逃れるために、迂回ルートで旅を続けた。荷馬車に乗って、何日も何日も……
けれど、その旅は容易なものでは無かった。何しろ、未だに終わりの見えない戦争が続いているのだから。
ジェイクは何か特殊なアイテムを持っているのだろう。時折、腕にはめているブレスレットに向かって何やら話をしている姿がみられた。もしかすると、そのアイテムは遠隔にいる人物と話ができる魔道具なのかもしれない。
ベルンハルト家には特殊な魔道具を所持してはいかなかったけれども、離れた場所にいる人物と会話を交わすことが出来る便利な通信アイテムがこの世に存在するということを聞いたことがあったからだ。
けれど、それは知れ渡ってはいけない物なのかもしれない。何故なら、ジェイクはいつも私に隠れて連絡をとりあっていたからだ。
その姿を目にするたびに、私の胸は締め付けられそうになる。
やはり、私はジェイクに信用されていないのだという事実を突きつけられているような気がしてならなくなるのだ。
……そんなのは、当然のことだと頭の中では理解していた。何しろ事情はどうあれ、ジェイクにしてみれば私は婚約者の身体を勝手に乗っ取った……幽霊のようなものなのだから。
きっと、本当なら今すぐにでも出て行って貰いたいはず。
そう思うと、悲しい気持ちが込み上げてくる。
この気持ちは……一体何なのだろう……?
****
それはジェイクとふたりで旅を続け、十日が過ぎた頃の出来事だった。
何処までも続く荒野をいつものように御者台に座ったジェイクが荷馬車を走らせている。私はジェイクの気持ちを尊重すべく、なるべく自分からは積極的に声を掛けないように静かに荷馬車に座っていた。
すると――
「ユリアナ、ちょっとこっちへ来て貰えるか?」
ジェイクが不意に声を掛けてきた。
「はい、何でしょうか?」
荷台から御者台に移動すると、遥か前方に町が見えてきた。
「あれは……?」
「あの国が『ランカスター』公国だ。幸い、我が国の者達は戦争被害を他国よりは受けていない。無理やり戦争に狩りだされている者達もいない。自ら志願して兵士になり、戦場で戦っている若者たちもいるけれどな。……『モリス』国よりは平和と言えるだろう。そこで、父は戦争に巻き込まれない為に俺とミレーユの婚約を破棄しようと考えていたんだ。けれど、俺は反対し…‥説得をして父を納得させることが出来たんだ。その矢先に、あんなことが起こってしまった……」
「そうだったのですか…‥?」
ジェイクとの会話を最低限に抑えていたので初めて耳にした話だった。ジェイクは平和な公国に住んでいたのに、この身体……ミレーユを救う為に‥‥
ただの政略結婚の相手だとジェイクは言っているけれど、やはりそれは嘘だ。
ミレーユが大切だったから、何としても助けようと行動したに違いない。
そのことがとても悲しかった。
「どうしたんだ? ユリアナ。ようやく、国に到着するのに……嬉しくは無いのか?」
怪訝そうな顔で尋ねてくるジェイク。
「いえ、そんなこと無いです。嬉しいに決まってるじゃないですか」
私は無理に笑顔を浮かべるのだった――
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