5 あり得ない事実
「ほら。これでも食べなよ」
暖炉がパチパチと燃えるテーブルの側で、ジェイクが木の皿によそったスープを私の前に置いてくれた。
「御親切にどうもありがとうございます……」
テーブルに置かれたのはスープと黒パンだった。質素な料理ではあったけれども、彼なりの精一杯のもてなしなのだろう。
それに騎士として戦ってきた私は何度も野営の経験がある。このような料理は口に慣れていた。
「それじゃ冷めないうちに食べようか」
ジェイクが料理を口にし始めたので、私も頂くことにした。早速スプーンでスープを一口飲んでみた。
味付けは薄かったが、優しい味に感じられる。
「美味しいです。とても」
「そうか、それは良かった」
笑みを浮かべたジェイクに私は尋ねた。
「どうして、見ず知らずの私にここまで親切にして下さるのですか?命を救って頂いただけではなく、看病から食事まで……」
「どうしてって……それならユリアナは自分の目の前で死にかけている人を見かけたらどうする?」
「それは勿論助けます」
私は騎士道をゆく誇り高きベルンハルト公爵家の人間。困っている人間には手を差し伸べるように両親から教えられて育ってきた。
「同じことだよ。俺もそうだ。目の前でたまたま溺れている君を目にした。だから助けて連れ帰って来た。それだけのことだよ」
その言葉に、私は改めて自分がどのような状況で彼に助けられたのか気になった。
「あの、ジェイクさん」
「何?」
「私を助けてくれた時の状況を教えて頂けますか?」
「うん、いいよ。あれは今から3日前のことだよ。魚を釣る為に川に行ったんだ。その日は前日に降り続いた雨のせいで水かさが増していたからいつもより川の流れが激しかったな。その時、川上から君が流れて来るのを発見して、慌てて助けに川に入ったんだよ」
「川上から……流れて来た?」
「うん。何とか引き上げると、まだかろうじて息をしていることが分かってね。急いで君を家に連れ帰って来たんだ」
「そうだったのですか」
やはり、ここはジェイクの家だったのだ。一瞬でも小屋だと思った自分を恥じる。
「そして……俺は男だからね。濡れた服を着替えさせる為に近所に住む女性に助けを求めたんだよ。彼女は快く引き受けてくれて、君をベッドに寝かせるところまでやってくれたんだよ」
「御親切な女性なのですね」
「そうだね。でも……こんな社会が不安定で混乱している世の中だから、お互い助け合っていかないと生きていけないからね」
ジェイクの発言で少し気になる点があった。
「その女性の方へはまた改めてお礼に伺いたいと思いますが、もう一つ伺ってもよろしいですか?」
「いいよ」
「今、社会が不安定で混乱している世の中だと仰っていましたが……どういうことなのでしょうか?」
少なくとも私の知ってる限り、国は隣国との冷戦状態で緊張している雰囲気が漂っていたけれども不安定とか混乱している様子は無かった。
するとジェイクが怪訝な顔つきになった。
「え……?一体何を言ってるんだい?今この国は『タリス』の支配下に置かれ、隣国の『モルス』と戦争の真っ最中じゃないか?」
「え?!」
その言葉に血の気が引いた。
戦争中?そんな馬鹿な。私は騎士、戦争が起こっていることを知らないなんてあり得ない。しかも『モルス』とは不可侵条約を結んでいたはずなのに……?
「い、一体……いつから戦争が起こっているのですか……?」
震えながらジェイクに尋ねた。
「え……?今から丁度10年位前だよ。レグヌム歴538年のことだからね」
「そ、そんな…‥!」
私が襲撃されたあの時はレグヌム歴528年だった。
つまり、ここは私にとって10年後の世界だったのだ――。
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