ラブコメの親友ポジも楽じゃない!

緑里ダイ

5月編

第1話 青葉昴は主人公……ではない

 この世に存在するすべての物語には、中心となって話を牽引する存在――いわゆる主人公が存在する。

 そして、その主人公を取り囲む魅力的な登場人物たちも当然存在するわけだが……。


 ここで一つ、質問だ。


 この俺、青葉あおばすばるの物語の主人公は誰だろうか?

 それは言うまでもなく俺自身だ。なぜなら俺の物語なのだから。

 その点については間違いないだろう。


 が……しかし、俺の学園生活での主人公は誰なのだろうか?


 ――そう。それも言うまでもなく決まっている。


「ね、ねぇ……好きな人っている?」

「……え、俺? 俺は別に――」

「あ、違う違う。君じゃなくて――」


 君じゃなくて。お前じゃなくて。青葉じゃなくて。

 そんな、何回も聞いたこの言葉。


 とはいえ、傷つくとか、不快とか……そういった類の感情を抱くことはない。


 あぁ――またか。


 思うことはそれだけである。


朝陽あさひつかさ君の好きな人!」


 ――これからお送りする学園ラブコメディの主人公は俺ではない。 


 これは、朝陽司と美少女ヒロインたちが織り成すハーレム物語である。


 ……。

 ………。

 

 あ、じゃあ俺はなんなのかって?


 いやいやいや……そりゃもう決まってるでしょ。

 ラブコメには欠かせない存在ですよ?


 それはなにか――。


 ……………。


 主人公の親友ポジですけどなにか!?


× × ×


 ラブコメの主人公には、大抵親友ポジションの男キャラクターがいる。


 基本的に物語には深く介入しない、あくまでもただの親友キャラクターなのだが……。


 ときには主人公の相談相手となり、そしてときにはヒロインたちの恋愛をも陰からサポートする。

 まぁそんなある意味ではおいしいキャラクター。


 それが俺、青葉昴という男なのである。


 ――え? 自分をラブコメのキャラクターに置き換えるのは痛すぎるだろって?


 いやいや、いやいやいや……。

 それがそうでもないんだよなぁ……。うん。マジで。


「うぃー。おっすおっす。今日の天気も晴れ! 素晴らしい!」

 

 週明け。月曜日の朝。

 東京都の外れに位置するここ、汐里しおり高等学校二年二組は今日も平和である。


 窓から差し込む五月の暖かな日差しを全身に浴びながら、俺は席に座った。

 窓際の一番後ろ……ではなく、その右斜め前が我が座席である。

 

 というか、巷では主人公席と呼ばれるその席は、人数の都合で俺のクラスでは空席となっていた。


 本来であれば主人公の専用席……みたいなところがあるが、残念ながらはその右隣の座席なのである。


 しかし、その主はまだ登校してきていないようだ。珍しいな。


 いつもであれば、この時間には既に登校し終えて、ヒロインたちと雑談やらなにやらしているのに――。


「週明けからうるさ……」


 俺が教室内を見回していると、右隣からボソッと呟く声が聞こえてきた。

 顔を向けると、声の主はスマホを横画面にして弄りながら、面倒くさそうに溜息をついている。


「うるさ、とはなんだ。朝からこのイケメンフェイスを見られるってだけで元気出るだろ?」


 ふぁさ……っと俺は前髪をかき上げて爽やかスマイル浮かべる。

 ふっ、今日も俺のイケメンパウダーを振りまいてしまったぜ。


「……?」


 ――どうやらこの相手には効果今一つのようだ。

 ソイツは頭の上にハテナマークを浮かべて教室内をキョロキョロと見回し始めた。


「おいこら、こっちだこっち! キョロキョロするな!」

「え、あぁ……。そのイケメンフェイス? とやらが全然見当たらなくて。……というかあんた、いたんだ」

「いたわ! なんなら俺に反応してただろ! ったく、なぎさ……てめぇ……」


 フッとこちらを小馬鹿にするかのように笑い、視線を向けてきた女子生徒。


 ――渚留衣るい

 

 それが俺の右座席に座る女子である。

 若干癖毛の薄緑色の長髪を、頭の後ろで一つに結ったポニーテールの小柄女子。

 黒縁の眼鏡の向こうには、気だるそうに開いた綺麗な紫の瞳が見える。


 渚はくぁっと小さく欠伸をすると、またすぐにスマホに視線を落とした。


 お前から話しかけてきたくせに興味ない感じ出すなや!


 ……あれ? そもそもあれって話しかけてきたと言えるのか?

 うーむ。昴君分かんない!


 行き場のない感情を心の中にしまい込み、俺は席に座る。


「あはは……おはよう、青葉くん」


 渚の後ろの席から俺へと声がかかる。

 はぁ……と溜息をついて、声の主に視線を向けた。


 そこには気まずそうに笑う可愛らしい女子の姿があった。


 やれやれ……と大げさにジェスチャーをしながら俺は口を開く。


「おう、蓮見はすみ。お前の親友が俺に冷たいんだが? こんなんクレームだクレーム」

「えっと……る、るいるいはずっとこうだから……」

「ほーんと、るいるいには困っちま――」


 ――刹那、まるで刃物のように鋭い視線が俺を貫く。


「はい、ごめんなさい。るいるいとか言ったのは謝るので俺を睨みつけるのはやめてください渚さん」

「もう……晴香はるか。青葉と話してるとバカがうつるよ」

「失礼な!!」

「え、えっとー……」


 渚のことを『るいるい』と呼ぶこの女子は蓮見晴香。


 茶髪を肩まで伸ばしたフワッとしたショートカットスタイルに、メロンパンを模した謎のヘアピンが特徴的だ。


 その可愛らしい容姿、誰とも隔てなく接する心優しい性格、そして抜群のスタイルと溢れ出る『清楚感』。モテない理由が一切ない。


 実際、クラス問わず男子からの人気は高いのだ。


 正にこう……一般的な美少女ヒロインそのものである。


「ふぁ……」

「るいるいは今日も眠そうだね……また昨日も遅くまでゲーム?」


 くあっと眠そうに欠伸をする渚に、蓮見は苦笑いを浮かべながら話しかけた。


「ん、まぁそんなところ。ついやめ時を失っちゃってね」

「ゲームって、ナイツ&ドラゴンか?」

「もちろん。昨日から新イベントだし、新キャラもガチャで実装されたから。見てよ、このイベント進行度」


 ほら、と渚は得意げな表情を浮かべてスマホを俺に見せる。

 

「え、もうイベントクエスト七章まで進んでるのかよ。アレって十章構成だよな?」

「そうみたいだね」

「今回のは攻略が難しいって聞いたのに……。さすがはゲーマー。攻略が速いことで……」

「ふふ、それほどでも」


 満足げに渚はスマホを戻す。


「二人とも、それっていつもやってるゲームの話?」


 俺たちの会話を聞いていた蓮見が興味津々な様子で話に入る。

 その質問に俺たちは同時に「うん」と頷いた。


 おおよそ一年前にリリースされたスマホ用アプリゲーム『ナイツ&ドラゴン』。通称『ナイドラ』。

 剣と魔法の世界で描かれる王道ファンタジーRPG。


 プレイヤーはとある王国に召喚された指揮官として、さまざまな騎士たちを従えて王国のために戦う……ざっと言えばこんな物語だ。


 ゲーム制としてはシンプルなコマンドRPGだが、戦略性の高い高難易度な戦闘に加えて奥深いストーリー。

 そして魅力的なキャラクターや世界中のプレイヤーと共闘できるマルチプレイ要素など現在特に勢いがあるスマホゲームの一つだろう。


 そんなゲームを俺と渚は遊んでいた。


 ――あ、そうだ。ナイドラといえば。


「渚、お前新キャラ引いたか?」

「……それ聞く?」


 俺の質問に渚は一気に不機嫌になる。

 その表情を見ただけで結果は一目瞭然だろう。


「あっ! 私分かるよ! えっと……爆死ってやつだよね?」

「うぐっ……」


 そんな渚を見た蓮見の一言。

 そのさりげない一言は渚の心を容易に突き刺した。


 ナイドラでは毎月新キャラクターが実装される。

 キャラクターたちを戦闘で使うには、所謂ガチャで獲得しなければいけないのだが……。


 当然、出ないときはとことん出ない。


 それに、俺らは高校生だ。

 バンバン課金して目当てのキャラが出るまでガチャを引く! ということは現実的ではない。


 お目当てのキャラが引けなかったから渚は不機嫌になったのだろう。

 

 ……くっくっく。そんな渚に俺様がとどめを与えてやろう! 日頃の恨みも込めてな!


「俺、出たぞ」

「は???」


 ぐるん! と凄まじい速さで渚を俺を見た。

 てかお前、その低い声どっから出たんだよ。


「だから新キャラ。試しに単発で引いたら出た」

「は? 十連じゃなくて?」

「ああ、単発。いやーラッキーラッキー。日頃の行いがいいからかなぁ!」

「は? え、は? ……は?」


 ……ふぅ。このくらいでいいだろう。

 昨日適当にガチャを引いて当てた瞬間、絶対に自慢してやろうと思っていた。


 いやー満足満足。


 なにか隣からとんでもないオーラを感じるけど満足満足。


「………………」

「……あ、青葉くん、るいるいがすごい顔で睨んでるよ……?」

「言うな蓮見。俺はあえて見ないようにしている」


 今目を合わせたらそのまま目潰しされそうだ。

 数秒ほど経って、渚は深いため息をついて再びスマホに視線を落とした。


 ふぃー……マウント取れるって気持ちいぃぃ!!!


 俺が内心ガッツポーズをかましていると――。

 

「そういえば――」


 蓮見が視線を横に流す。

 その橙色の瞳は、彼女の左隣の席に向いていた。

 

「今日は遅いね……朝陽 《あさひ》くん」


 寂しさを帯びた声が漏れる。

 そんな何気ない一言を聞き逃さない渚がニヤりといじらしい笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、会えなくて寂しいんだ晴香」

「ちょ、ちょっとるいるい! そういうわけじゃ――」

「ない……って言い切れる?」

「そっ……その聞き方は卑怯じゃないかなぁ!?」


 ニコー……。


 おっと危ない。

 蓮見の慌てる様子を見てたら俺の中のニコニコおじさんが出てきてしまった。

 というかなんだこの微笑ましいやり取りは。


 顔を赤くして「もう!」って怒ってる蓮見に、それを見て楽しそうに笑う渚。

 うーむ……これぞ美少女の戯れ。良きかな。


「で、青葉はなにか聞いてないの?」

「んぁ?」


 ニコニコしている俺の突然飛んできた質問。

 俺は即座にいつもハンサムフェイスに戻した。


 チェンジ! ハンサム! キリッ。


「いや、俺も聞いてねぇんだよ。普通に気になってはいたけどな」


 チラッと後ろの席に視線を向ける。


「ふーん。そう」

「なにか事件に巻き込まれてなければいいけど……」


 心配そうに呟く蓮見の言葉に俺は笑う。

 いやいや、事件なんて大げさな……。


「ま、大丈夫だと思うぜ。なんか変な物でも食って腹壊しただけだろ」

「それはあんたでしょ」

「そうそう、先週冷蔵庫にあった謎の物質を食べて……ってそれ俺の話っ! なんでそれをお前が知ってるんだよ!」


 こいつ……! なぜ俺の失態を知ってやがる……!

 

 いやほら、冷蔵庫の奥の方に眠ってる物体ってあるじゃん。

 いつ入れたか分からない眠れる不思議な食材あるじゃん。

 

 それをまぁ……ね? いけるっしょ! みたいなノリで食べることもあるじゃん。


 ……え、あるよね?


「……は? ホントに腹壊したの? うわ、怖。引く。引いた」

「ねぇ、俺泣いていい?」

「あ、青葉くんそれで大丈夫だったの……?」

「ん? あぁ余裕余裕。一瞬ヤバかったけど耐えたぜ」 


 ――なんて会話をしていると。


「はぁはぁ――! 危なっ……! ギリギリセーフ!」


 教室の扉を開くと同時に慌てた男子の声が聞こえてきた。


 あー……この声……。


 俺たち三人は同じ方へと顔を向けた。


 ――ちなみに蓮見。お前だけ異常な速度で反応してたのを俺は見逃してないからな。


「お、やっと来たか。こんな時間に登校なんて珍しいな。


 声の主は額に滲んだ汗を拭いながら席の方へと歩き出す。

 黒髪黒目、身長も百七十三センチ程と、パッと見特徴のない容姿。


 ――朝陽司。俺とコイツは子供の頃からの……いわゆる幼馴染ってヤツである。

 

「まったく……そんなこと言うなって。大変だったんだぞ俺……」


 うんざりした様子で司は席に座る。


「大変? なんだお前、ひょっとして見知らぬ女子と曲がり角でぶつかったのか?」

「いやいや、そんなことあるわけないでしょ……どこのラブコメ?」

 

 俺の質問に渚は呆れたようにツッコミを入れる。

 

 俺はそのツッコミに対して心の中で『やれやれ……分かってないな』と呟いた。

 たしかに言葉だけ聞くとラブコメの定番イベントにように聞こえるだろう。


 ベタ中のベタ。あらゆる読者が見てきた超が付くほどのテンプレ展開だ。


 とはいえ、現実ではそんなことは起こらない。

 

 女の子とぶつかってみろ? そのまま通報されて警察行きだぞ。多分。


 ――とはいえ……だ。


 この男、朝陽君の前では話が変わってくる。


「いやー……まぁ……」


 司は引きつった笑みを浮かべながら頬をポリポリと掻いた。


 ………。


 ……え、本当にそうなの? え?

 自分で言ったのはいいもの、俺は内心引いていた。


「……マジ?」


 ドン引きしている俺の言葉を聞いて、司は慌てた様子で否定する。


「ち、違う! あ、いや別に違くはないんだけど……!」


 違くないんかい。


「そんなラブコメ的なノリじゃなくて……あー、なんて言えばいいのかなぁ」


 ……コイツなんなんマジで。はぁ?

 渚も渚で「……マジ?」と俺と同じように引いていた。そりゃそんな反応にもなるだろう。


 詳細を聞くべきか……触れないでおくべきか……。

 

 どうしたものかと考えながら、ふと俺は司の右隣に座る蓮見の顔を見てみた。


「―――」


 ………。


 うむ。完全に戦闘不能状態の顔になっていた。


 真っ白に燃え尽きてやがる。

 予想外の展開に思考がショートしたのか、目を見開いたまま口をパクパクさせていた。


 ――南無。


 合掌。


「晴香、戻ってきて」


 見かねた渚が蘇生を試みる。

 うおおおお甦れ! 蓮見!


「――えっ、あ! ご、ごめん!」

 

 あ、ほんとに甦った。

 意識を取り戻した蓮見だが、未だに驚愕の表情を浮かべていた。


 俺はとりあえず咳ばらいをして周りを落ち着かせ、状況を整理してみることにする。

 

「コホン。……あーっと、なんだ? つまりお前は、登校中に謎の美少女とぶつかった。んで、そこからいろいろあったせいで遅刻しそうになった……と?」

「うん。まぁ……そんな感じ」


 まるで何事もなかったのように頷く司。

 俺は優しくフッと笑みを浮かべて席から立ちあがった。


 昔からの親友が大変な目に遭ったんだ。ここは俺が慰めてやらねぇとな――。


 俺はゆっくりと司の方へと向き直り――。

 机越しにヤツの胸倉を両手で掴んだ。


「はぁ!? てめぇ人が真面目に登校してるときになにラブコメしてんだオラァ!」

「うぉっ!?」

「気にするとこ、そこなんだ……」


 渚が呆れているが気にしない!


「んで、肝心の見た目は!? どんな美少女だったんだよオイ! オオオオオイ!」


 掴んだ両手をグラグラと前後に揺らす。


「お、おい昴! 痛いって! そんなこと別にどうでも――!」

「よくねぇわ! 早く教えろ!」

「わ、分かったから! 教えるからとりあえず離してくれ。な?」


 ケッ、と俺は吐き捨てるように胸倉から手を離した。

 

 「ったく……」と司は襟を整えながら俺たちを見渡した。

 

「……。えっと、金髪のロングヘアーでなんかこう……見た目はお嬢様っぽい感じで……だけど――」

「あーいい! もういい! これ以上お前の主人公エピソードなんて聞きたくないやい!」


 あまりにも素敵なラブコメ主人公エピソードの前になすすべ無しな俺は両耳を塞いだ。


「お前が教えろって言ったんだぞ!?」


 うるさいうるさい! なんで俺は朝からファンタジー(現実)な話を聞かないといけなんだ!


 金髪ロングなお嬢様女子と登校中にぶつかっただぁ?

 ほんとこいつは昔っから――!


 はぁ……と心の中で深いため息……をしたところで。


 ――待てよ?


 よくよく考えてみれば……俺なんかよりよっぽどダメージを受けているヤツがいるのでは?

俺は耳から手を離し、その人物……蓮見晴香をチラッと見てみる。


「びしょうじょ……きんぱつ……おじょうさま……サマ……らぶ……コメ……」


 あーこれはダメですわ。まーた故障してますわ。

 どうやらあまりにも受け入れ難い情報の羅列に、蓮見の脳のCPUが破損してしまったらしい。


 こうなったらもうどうしようもない……。どうか安らかに……。


「おう渚、お前の大事な親友がショートしてるぞ。修理してやってくれ」

「うん、無理。これはわたしの技術じゃどうしようもない」


 専門家が匙を投げたようです。お疲れ様でした。

 すまねぇ……と首を左右に振っていると、渚が「……それにしても」と話し始めた。


「まだ二人とは去年からの付き合いだけど……朝陽君、多くない? 

「え? 渚さん、そういうのってなんだよ?」

「あー……朝陽君は分からないかもね……で、どうなの青葉」

「それより、なんで俺だけ呼び捨てなのっていう疑問は――」

「お断り」


 ですよねぇ……。

 コイツ、他の男子は君付けなのに俺だけ呼び捨てなんだよなぁ……。

 ――なんて今更すぎる疑問は置いておいて。


 とりあえず今は渚の疑問に答えてやることにしよう。


「超多いぞ。なんなら小学生のときからこんなんだぞコイツ」


 俺は胸を張り、ドヤ顔で答える。


「なんであんたが得意げなのよ」


 さっきも言ったが、俺と司は幼馴染で小さい時からよく一緒に遊んでいた仲だ。

 そのときからまぁ……なんというか、司は女子から一定の人気があった。


 別に司にその気があったわけじゃない。

 モテるためにアレコレいろいろやっていたわけではなく、むしろ司自身は女子にモテたいという願望はないのだ。


 なのにも関わらず、司はとにかく女の子を引き寄せてしまう。


 さきほど言っていた曲がり角で女の子とぶつかるイベントもそうだが、複数の女の子が司を取り合っていたり、司の何気ない一言で女の子を意識させてしまったりなど……。

 

 とにかくまぁ……そんなラブコメ的なアレコレに事欠かないのだ。


 なのに女子の好意に気づかない鈍感系男子だしコイツ。


 いわばそう……朝陽司は『ラブコメ主人公体質』なのである。


 そして俺、青葉昴はそんな男を昔から一番近くで見てきている『主人公の親友ポジション』なのである。


 ――なんか自分で言ってて悲しくなってきたなオイ。


「やっぱり……そうなのかなって薄々思ってたけど……」

「ん? お前らなんの話してるんだよ?」

「「いや別に……はぁ」」


 おぉ、シンクロした。


「……あれ? 私なんで……」


 あ、やっと帰ってきた。

 ショートから自動復旧を果たした蓮見はキョロキョロと周囲を見渡し……そして司と目が合う。

 

 ――そして顔を赤くしてすごい勢いで目を逸らした。

 うーん青春。


「お? 蓮見さん、なんかヘアピン変えた?」


 おいなんか言い始めたぞこいつ。


「えっ?」

「え、うそ」


 頭にハテナマークを浮かべる俺と渚。

 一方で蓮見は突然の質問に驚いていた。

 

 司の言葉を受けて、俺はジッと蓮見のヘアピンを見てみる。

 ……え? いつも通りメロンパンだよな?


 なにが違うの?


 ここはやはり彼女の親友になんとかしてもらうしかない。

 

「おい親友」

「うるさい。ちょっと今本気で見てるから」


 見せろ親友の意地!


「いや、俺も細かい部分もよく分かってないんだけどさ。なんだろう……網目の細かさとか?」

「えっ! 正解!」


 ……は? 網目の細かさ?

 普通そんなの気付く?


「……最悪、全然分からなかった。ごめん晴香」

「あ、謝らないでよ! むしろ私もビックリだし……よ、よく分かったね朝陽くん」

「本当にパッと見た時になんとなく思っただけで……ほら、蓮見さんのヘアピンって個性的だからさ」

「はーん? なんだお前、もしかして普段から蓮見のことジロジロ見てんのか? だったらヘアピンの違いに気付いてもおかしくないな、うん」

「ちょっ、やめてくれよ昴! ……いやでもたしかにちょっとキモいな、ごめん蓮見さん」


 からかうつもりで言ったのだが、司は蓮見に向き直り小さく頭を下げる。

 いやー……真面目なヤツだなぁ。


「う、ううん! 全然! むしろその……見てくれてて嬉しいっていうか……なんていうか……」


……。


「えっと……」

「ん? なに蓮見さん」

「な、なんでもない!」

「そ、そう? ならいいんだけど……でもやっぱり蓮見さんといったらメロンパンのヘアピンだよな。似合ってるし」

「……あ、ありがとう……えへへ」


……。

 ………。


 おい、なんだこれ。


 息を吐くように司は蓮見を褒め、その蓮見本人は頬を赤くして嬉しそうにはにかんでいる。


 俺は……、いや俺たちはいったいなにを見せつけられているのだろう?


「……」


 何気なく渚に視線を向ける。

 

 渚は二人の甘酸っぱいやり取りを見て小さく微笑んでいた。

 

 まぁ……蓮見が司のことをどう思っているかなんて誰が見ても分かるし、親友の恋路を見て嬉しく思っているのかもしれない。


 しかし。気のせいだろうか。


 ――その微笑みからはどこか寂しさを感じたのだ。


「あーほらほらお二人さん、そういうラブコメは二人きりの時にやってくれ。胸焼けでどうにかなりそうだ」


 最も、この二人のこんなやり取りは今に始まったことではないのだけど。


「ラ、ラブコメって……! あ、青葉くん……!」

「やめろって昴。そういうのは蓮見さんに失礼だろ?」


 お前マジでホント……。

 蓮見さんも大変だな……。


「もう……相変わらずだね、この二人」


 渚はいつも通りの表情に戻っていた。

 先ほどの様子については……まぁ、今は考えなくていいか。


「だな」


 ため息混じりに言葉を交わす。


「にしても司、その例の美少女って何者だったんだよ。ほら、どこの高校の制服だったーとか、そういうの」

「あーそれなんだけどさ――」


 キーンコーンカーン――。


 司が説明しようと口を開けたとき、タイミングよくチャイムが鳴り響いた。

 

 なんだよ……せっかく一番聞きたいところだったのに……。 

 しかしチャイムがなってしまったのなら仕方ない。


「話の続きはあとで聞くわ」

「おう」


 司を除く俺たち三人は、モヤモヤを抱えながら前方の黒板へと身体を向ける。

 その美少女転校生とやらの話をもう少し聞きたかったが……。


「――ねぇ、青葉」


 小さな声で渚が呼んできた。


「おん?」

「ラブコメでよくある話ではさ、朝ぶつかった謎の美少女が自分のクラスに転校してくる……なんて話があるあるだけど……」


 正直、それは俺も思ってきた。

 多くのラブコメあるあるを現実にしてきた男だ。


 もしかしたら……なんて気持ちは実際にある。


「ああ、朝転校生が来てばったり再会――なんてあったりしてな?」

「いやいや……まさか……」


 ありえない、と渚が苦笑。


 俺自身半信半疑ではあるけど……。

 いやいやいや……本当にまさか……ね。


「おーし、お前ら揃ってるな」


 低く、そして教室内のよく通る声。

 ガララっと前方の扉が開かれると同時に、スーツ姿の男性教師が入ってくる。


 無精ひげがよく似合う濃い顔立ち、高身長、そして整髪料でしっかり固められたオールバック。

 男が憧れる漢。


 それが我らが担任、イケオジ先生こと大原おおはら純一郎じゅんいちろうである。

 ガタイがよく、よく体育教師と勘違いされがちだが担当科目は国語である。


 ちなみに今年で三十四歳らしい。


「朝のHRを始めるぞー。細かい内容はここに来るまでに忘れたからカット!」


 ハハハッと笑い声に包まれる。

 この先生は今日もユーモアたっぷりだ。


「そんなわけで大事な連絡事項が一つある」


 先生はバンッと教卓を両手で叩く。

 

 大事な連絡事項……?

 内容の想像がつかない俺たちは先生の言葉を待つ。


「フッ、喜べお前ら。――特に男子諸君」


 ニカッと白い歯をのぞかせ、かっこよく笑った。

 

「……あ、これマズい」

「……青葉?」


 イヤな予感が一気に俺を襲う。

 思わず口からこぼれた言葉に、隣の渚が反応していた。


 これは……俺の内容が正しければ――。


「今日からこのクラスに転校生が来る! それも美少女だ!」

『おおっ!』


 突然の報告に、クラスの男子が沸き立つ。

 女子も女子で「どんな子だろうね!?」とソワソワしていた。


 ――いや、正直俺も一緒に盛り上がりたいさ。


 


「そんじゃ、サクッと紹介するぞ。入って来てくれ」

『はい』


 凛と通る美しい声が扉越しに届く。

 

 姿はまだ見ていないが、俺はもう確信していた。

 誰が転校してくるのかを。


『失礼します』


 ――扉が開かれる。


 瞬間。


 教室内の時が止まった。


 トッ……トッ……。

 彼女が歩く音だけが響く。


 腰まで伸びた美しい金髪。堂々と、美しく、そしてどこか冷たさを感じさせる横顔。空をくり抜いたかのように透き通った青色の瞳。

 高校指定の紺色のブレザーを着用した姿は、まるでモデルのようにスラっとした体形で――。

 身長は……百六十くらいだろうか。

 

 その女子は教壇に立ち、俺たちに身体を向ける。


 その存在すべてが――俺たちの目を奪っていた。


「初めまして。今日から皆様と共に勉学に励むことになりました。月ノつきのせ れいと申します。何卒、よろしくお願いします」


 深く、頭を下げる――美少女転校生、月ノ瀬。

 気品漂う所作に対して、俺たちはどう反応すればいいか戸惑っていた。


「――あ、お前やっぱり」


 たった一人を除いて。


 俺の後ろの席から聞こえた声。

 朝陽司の声。


 冷や汗が俺の頬を伝う。


 ――あぁ、なんということだろうか。


「……ん? あなたは――」

 

 司の声に反応した月ノ瀬。

 彼女の視線は俺を貫き、司へと向かった。


 そして。


「ふふっ」


 ふわりと、綺麗に微笑んだ。


「はぁ……」

「……マジ?」

「え? ……えっ? ……え?」


 朝ぶつかった謎の美少女。

 クラスにやってきた美少女転校生。

 今行われた二人のやり取り。


 すべてを察した俺、渚、蓮見は思い思いの反応を見せていた。

 

 ――ここに、改めて宣言しよう。


 これからお送りする学園ラブコメディの主人公は俺ではない。 

 これは、朝陽司と美少女ヒロインたちが織り成すハーレム物語である。

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