5月編
第1話 青葉昴は主人公……ではない【前編】
この世に存在するすべての物語には、中心となって話を牽引する存在――いわゆる『主人公』が存在する。
そして、その主人公を取り囲む魅力的な登場人物たちも当然存在するわけだが……。
ここで一つ、質問だ。
この俺、
それは言うまでもなく俺自身だ。なぜなら俺の物語なのだから。
その点については間違いないだろう。
が……しかし、俺の学園生活での主人公は誰なのだろうか?
――そう。それも言うまでもなく決まっている。
「ね、ねぇ……好きな人っている?」
「……え、俺? 俺は別に――」
「あ、違う違う。君じゃなくて――」
君じゃなくて。お前じゃなくて。青葉じゃなくて。
そんな、何回も聞いたこの言葉。
とはいえ、傷つくとか、不快とか……そういった類の感情を抱くことはない。
あぁ――またか。
思うことはそれだけである。
「
――これからお送りする学園ラブコメディの主人公は俺ではない。
これは、朝陽司と美少女ヒロインたちが織り成すハーレム物語である。
……。
………。
あ、じゃあ俺はなんなのかって?
いやいやいや……そりゃもう決まってるでしょ。
ラブコメには欠かせない存在ですよ?
それはなにか――
……………。
主人公の親友ポジですけどなにか!?
× × ×
ラブコメの主人公には、大抵親友ポジションの男キャラクターがいる。
基本的に物語には深く介入しない、あくまでもただの親友キャラクターなのだが……。
ときには主人公の相談相手となり、そしてときにはヒロインたちの恋愛をも陰からサポートする。
まぁそんなある意味ではおいしいキャラクター。
それが俺、青葉昴という男なのである。
――え? 自分をラブコメのキャラクターに置き換えるのは痛すぎるだろって?
いやいや、いやいやいや……。
それがそうでもないんだよなぁ……。うん。マジで。
「うぃー。おっすおっす。今日の天気も晴れ! 素晴らしい!」
週明け。月曜日の朝。
東京都の外れに位置するここ、
窓から差し込む五月の暖かな日差しを全身に浴びながら、俺は席に座った。
窓際の一番後ろ……ではなく、その右斜め前が我が座席である。
というか、巷では主人公席と呼ばれるその席は、人数の都合で俺のクラスでは空席となっていた。
本来であれば主人公の専用席……みたいなところがあるが、残念ながら我らが主人公はその右隣の座席なのである。
しかし、その主はまだ登校してきていないようだ。珍しいな。
いつもであれば、この時間には既に登校し終えて、ヒロインたちと雑談やらなにやらしているのに――
「週明けからうるさ……」
俺が教室内を見回していると、右隣からボソッと呟く声が聞こえてきた。
顔を向けると、声の主はスマホを横画面にして弄りながら、面倒くさそうにため息をついている。
「うるさ、とはなんだ。朝からこのイケメンフェイスを見られるってだけで元気出るだろ?」
ふぁさ……っと俺は前髪をかき上げて爽やかスマイル浮かべる。
ふっ、今日も俺のイケメンパウダーを振りまいてしまったぜ。
「……?」
――どうやらこの相手には効果が今一つのようだ。
ソイツは頭の上にハテナマークを浮かべて教室内をキョロキョロと見回し始めた。
「おいこら、こっちだこっち! キョロキョロするな!」
「え、あぁ……。そのイケメンフェイス? とやらが全然見当たらなくて。……というかあんた、いたんだ」
「いたわ! なんなら俺に反応してただろ! ったく、
フッとこちらを小馬鹿にするかのように笑い、視線を向けてきた女子生徒。
――渚
それが俺の右座席に座る女子である。
若干癖毛の薄緑色の長髪を、頭の後ろで一つに結ったポニーテールの小柄女子。
黒縁の眼鏡の向こうには、気だるそうに開いた綺麗な紫の瞳が見える。
渚はくぁっと小さく欠伸をすると、またすぐにスマホに視線を落とした。
お前から話しかけてきたくせに興味ない感じ出すなや!
……あれ? そもそもあれって話しかけてきたと言えるのか?
うーむ。昴君分かんない!
行き場のない感情を心の中にしまい込み、俺は席に座る。
「あはは……おはよう、青葉くん」
渚の後ろの席から俺へと声がかかる。
はぁ……と溜息をついて、声の主に視線を向けた。
そこには気まずそうに笑う可愛らしい女子の姿があった。
やれやれ……と大げさにジェスチャーをしながら俺は口を開く。
「おう、
「えっと……る、るいるいはずっとこうだから……」
「ほーんと、るいるいには困っちま――」
――刹那、まるで刃物のように鋭い視線が俺を貫く。
「はい、ごめんなさい。るいるいとか言ったのは謝るので俺を睨みつけるのはやめてください渚さん」
「もう……
「失礼な!!」
「え、えっとー……」
渚のことを『るいるい』と呼ぶこの女子は蓮見晴香。
茶髪を肩まで伸ばしたフワッとしたショートカットスタイルに、メロンパンを模した謎のヘアピンが特徴的だ。
その可愛らしい容姿、誰とも分け隔てなく接する心優しい性格、そして抜群のスタイルと溢れ出る『清楚感』。モテない理由が一切ない。
実際、クラス問わず男子からの人気は高いのだ。
正にこう……一般的な美少女ヒロインそのものである。
「ふぁ……」
「るいるいは今日も眠そうだね……また昨日も遅くまでゲーム?」
くあっと眠そうに欠伸をする渚に、蓮見は苦笑いを浮かべながら話しかけた。
「ん、まぁそんなところ。ついやめ時を失っちゃってね」
「ゲームって、ナイツ&ドラゴンか?」
「もちろん。昨日から新イベントだし、新キャラもガチャで実装されたから。見てよ、このイベント進行度」
ほら、と渚は得意げな表情を浮かべてスマホを俺に見せる。
「え、もうイベントクエスト七章まで進んでるのかよ。アレって十章構成だよな?」
「そうみたいだね」
「今回のは攻略が難しいって聞いたのに……。さすがはゲーマー。攻略が速いことで……」
「ふふ、それほどでも」
満足げに渚はスマホを戻す。
「二人とも、それっていつもやってるゲームの話?」
俺たちの会話を聞いていた蓮見が興味津々な様子で話に入る。
その質問に俺たちは同時に「うん」と頷いた。
おおよそ一年前にリリースされたスマホ用アプリゲーム『ナイツ&ドラゴン』。通称『ナイドラ』。
剣と魔法の世界で描かれる王道ファンタジーRPG。
プレイヤーはとある王国に召喚された指揮官として、さまざまな騎士たちを従えて王国のために戦う……ざっと言えばこんな物語だ。
ゲーム制としてはシンプルなコマンドRPGだが、戦略性の高い高難易度な戦闘に加えて奥深いストーリー。
そして魅力的なキャラクターや世界中のプレイヤーと共闘できるマルチプレイ要素など現在特に勢いがあるスマホゲームの一つだろう。
そんなゲームを俺と渚は遊んでいた。
――あ、そうだ。ナイドラといえば。
「渚、お前新キャラ引いたか?」
「……それ聞く?」
俺の質問に渚は一気に不機嫌になる。
その表情を見ただけで結果は一目瞭然だろう。
「あっ! 私分かるよ! えっと……爆死ってやつだよね?」
「うぐっ……」
そんな渚を見た蓮見の一言。
そのさりげない一言は渚の心を容易に突き刺した。
ナイドラでは毎月新キャラクターが実装される。
キャラクターたちを戦闘で使うには、所謂ガチャで獲得しなければいけないのだが……。
当然、出ないときはとことん出ない。
それに、俺らは高校生だ。
バンバン課金して目当てのキャラが出るまでガチャを引く! ということは現実的ではない。
お目当てのキャラが引けなかったから渚は不機嫌になったのだろう。
……くっくっく。そんな渚に俺様がとどめを与えてやろう! 日頃の恨みも込めてな!
「俺、出たぞ」
「は???」
ぐるん! と凄まじい速さで渚を俺を見た。
てかお前、その低い声どっから出たんだよ。
「だから新キャラ。試しに単発で引いたら出た」
「は? 十連じゃなくて?」
「ああ、単発。いやーラッキーラッキー。日頃の行いがいいからかなぁ!」
「は? え、は? ……は?」
……ふぅ。このくらいでいいだろう。
昨日適当にガチャを引いて当てた瞬間、絶対に自慢してやろうと思っていた。
いやー満足満足。
なにか隣からとんでもないオーラを感じるけど満足満足。
「………………」
「……あ、青葉くん、るいるいがすごい顔で睨んでるよ……?」
「言うな蓮見。俺はあえて見ないようにしている」
今目を合わせたらそのまま目潰しされそうだ。
数秒ほど経って、渚は深いため息をついて再びスマホに視線を落とした。
ふぃー……マウント取れるって気持ちいぃぃ!!!
俺が内心ガッツポーズをかましていると――。
「そういえば――」
蓮見が視線を横に流す。
その橙色の瞳は、彼女の左隣の席に向いていた。
「今日は遅いね……朝陽 《あさひ》くん」
寂しさを帯びた声が漏れる。
そんな何気ない一言を聞き逃さない渚がニヤりといじらしい笑みを浮かべた。
「ふふっ、会えなくて寂しいんだ晴香」
「ちょ、ちょっとるいるい! そういうわけじゃ――」
「ない……って言い切れる?」
「そっ……その聞き方は卑怯じゃないかなぁ!?」
ニコー……。
おっと危ない。
蓮見の慌てる様子を見てたら俺の中のニコニコおじさんが出てきてしまった。
というかなんだこの微笑ましいやり取りは。
顔を赤くして「もう!」って怒ってる蓮見に、それを見て楽しそうに笑う渚。
うーむ……これぞ美少女の戯れ。善きかな。
「で、青葉はなにか聞いてないの?」
「んぁ?」
ニコニコしている俺に突然飛んできた質問。
俺は即座にいつものハンサムフェイスに戻した。
チェンジ! ハンサム! キリッ。
「いや、俺も聞いてねぇんだよ。普通に気になってはいたけどな」
チラッと後ろの席に視線を向ける。
「ふーん。そう」
「なにか事件に巻き込まれてなければいいけど……」
心配そうに呟く蓮見の言葉に俺は笑う。
いやいや、事件なんて大げさな……。
「ま、大丈夫だと思うぜ。なんか変な物でも食って腹壊しただけだろ」
「それはあんたでしょ」
「そうそう、先週冷蔵庫にあった謎の物質を食べて……って、それ俺の話っ! なんでそれをお前が知ってるんだよ!」
こいつ……! なぜ俺の失態を知ってやがる……!
いやほら、冷蔵庫の奥の方に眠ってる物体ってあるじゃん。
いつ入れたか分からない眠れる不思議な食材あるじゃん。
それをまぁ……ね? いけるっしょ! みたいなノリで食べることもあるじゃん。
……え、あるよね?
「……は? ホントに腹壊したの? うわ、怖。引く。引いた」
「ねぇ、俺泣いていい?」
「あ、青葉くんそれで大丈夫だったの……?」
「ん? あぁ余裕余裕。一瞬ヤバかったけど耐えたぜ」
――なんて会話をしていると。
「はぁはぁ――! 危なっ……! ギリギリセーフ!」
教室の扉を開くと同時に慌てた男子の声が聞こえてきた。
あー……この声……。
俺たち三人は同じ方へと顔を向けた。
――ちなみに蓮見。お前だけ異常な速度で反応してたのを俺は見逃してないからな。
「お、やっと来たか。こんな時間に登校なんて珍しいな。司」
さぁ、主人公のお出ましだ。
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