2. 絶望と救いの手
今から五年ほど前のこと、お母様が病で急逝してから一年ほどが経ったある日、お父様が後妻にと平民だった女性を迎え入れることになった。
執事は「奥様の死を嘆いていたシルフィーナ様の支えになればと、再婚を決断されたようです」と話していた通り、お父様は変わらず私を大切にしてくれている。
けれども、そんなお父様は多忙で屋敷にいないことが多くなっていて、お義母様やレベッカの嫌がらせが横行するようになってしまった。
勝手に今までいた使用人を解雇され、お父様に手紙でこの事を伝えようとしても阻止されてしまう。
こっそり屋敷を抜け出して、お父様に宛てた手紙を出してみたけれど、それも無事に届いているとは思えなかった。
その時に屋敷から閉め出されたのよね……。
お兄様も二人いるけれど、二人とも留学で屋敷にいない。
頼れるのはガークレオン様だけなのに、肝心の彼がレベッカの味方になってしまっている。
こんな状況だから、今の私に頼れる味方はいない。
「精霊に嫌われるほどの性悪という噂は間違っていませんでしたのね……」
「性格が悪いなら精霊に嫌われているのも当然だな」
周囲からそんなことを囁かれて優位になったと感じたのか、ガークレオン様はこんなことを言い放った。
「この期に及んでレベッカを貶めようとするとは、心外だ。
もういい。貴女との婚約はこの場で破棄する。二度と馴れ馴れしく関わるな。それと、レベッカはクリムソン家で保護する。
分かっても分からなくても俺の前から消えてくれ」
人の話を全く聞かず、簡単に騙されるような人はこちらから願い下げ。
お父様がこの婚約破棄を認めているのなら、ガークレオン様との関係を続ける必要もない。
こんな人との関係を続けるくらいなら、修道院でのんびり暮らした方が幸せになれると思う。
だから……。
「ええ、分かりましたわ。ガークレオン様、今までお世話になりました。さようなら」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるレベッカを無視して、ガークレオン様に頭を下げてから身を翻した。
屋敷に戻ってからの立ち回りを考えながら、周囲の目線を気にしないように出口を目指す。
けれども、すぐにこの場を去ることは出来なかった。
「シルフィーナ嬢、少し話がしたい」
明るいブロンドの髪──王族を示す髪色の殿方が、そんなことを口にしたから。
このパーティーの目的は、私と同じ歳なのにも関わらず、未だに婚約者がいない第一王子殿下の婚約者を決めること。
殿下もまた、精霊の愛し子と呼ばれるほど精霊に愛されているそうで、どの魔法属性も扱える。
勉学もまた優秀で、決して悪い方では無い。
けれども、正式に婚約者になりたいという申し出は無かった。
このお方は病を抱えていて、あと半年も生きられないと言われているから。
お顔に血色が無くて、少し青ざめているように見えるのが何よりの証拠。
殿下と結婚したら、半年もしないで悲しむことになってしまうもの……。
そんなことよりも、今は私自身の身を案じた方が良い状況。殿下に何を問い詰められるか分からないから。
「お話、ですか?」
「事実確認と言った方が正しい。さっき言われてたことは事実か?」
「全て、私がされたことですわ。
どういうわけか怪我をしなかったので、証明は難しいのです……」
私が説明すると、殿下は私とレベッカを見比べながらこんなことを口にした。
「どちらも怪我をしていないから、客観的には嘘だと分かる。状況だけ見れば、貴女の言葉もそうだ。
貴女が怪我をしにくい体質というのは知っていなければ、どちらも嘘を言っていると思える」
「私の言葉を信じてくださるのですか?」
「今は信じよう。他にも話したいことがあるから、別室に来てほしい」
殿下をまっすぐ見たまま頷くと、そのまま普段は王族しか立ち入れない場所にある部屋に通されることになってしまった。
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