第2話 湖畔にて

「うっ――― んん…… 」


≪バイタル異常無し――― サチュレーションは97%で安定。気圧変化に伴う拒絶反応も確認出来ません≫


「そりゃあ結構だ。ご苦労さんマザー、上手く撒けたか?」


≪問題有りません――― ≫


「被害状況は? 」


≪転回用のサブブースター周辺が焦げた程度で運用に問題は有りません≫


「そうか」


 ―――ライフポッド浮上―――


「俺を閉じ込めるなら空調も頼むよ、もう汗だくだよ」


≪スミマセン気が付きませんでした。クリーンルームで除菌しますか? ≫


「除菌って―――」


 ―――人をバイキン扱いしやがってぇ……


「いいえ結構です。湖畔で身体を洗います」


≪感情のブレ幅を確認しました。何か問題が御座いましたか? ≫


「何でもありませんよぉ~だ それよりも周辺状況の報告をお願い」


≪現在指定座標上バーレントン山脈5㌔手前のミルビン湖の沿岸に停泊中。周辺環境に生体反応及び汚染は感知されていません。菫外線きんがいせん照射率も低い為、ゴーグルも不要です。また、酸素濃度は平地で650hpa程で 稍々やや低めですが月下人種ムーミンであれば問題無いかと≫


「そうか、では次にこの惑星の情勢を教えてくれ」


≪惑星リジェイルは約187の国家が形成されており、その内の24カ国が現在紛争若しくは戦争状態です。また、環境保全の為に核の使用は宇宙空間でのみと各国で条約が締結されており、惑星の地表面での使用が禁止されております。然し乍らこの条約が戦争を長引かせてる要因の一つであるとも考えられています≫


「ふむ…… それで確かこのバーレントンはカレッツァ帝国領と言う事だったと思うが、この国の現在はどうなんだ? 」


≪多種多様な種族により、民主国家を形成しており、紛争等も無く治安は安定傾向にありますが、難民の流入により軽犯罪が横行し始めているとの情報です≫


「入国審査はどうなってる? 」


≪独自通貨での入場が可能となっております。民間では有りますが現在の全宙通貨タップダクスレートでの外貨両替が可能な商店が多数存在しているようです≫


港湾施設マリーナは無いのか? 」


≪軍施設内に民間機用の係留施設は有りますが許可制です。抑々そもそも未登録機は入場自体が困難を極めます。余程のコネが無い限り――― ≫


「じゃあ未登録のshipはどうしてるんだ? 今の時代、公的な仕事を生業にしている奴等以外、もぐりの方が多いだろ? 」


≪カレッツァ帝都城下より北へ35㌔地点にキャラバン商人街が展開しております。近くに平坦な内陸砂丘地帯が広がっており、多くの未登録機が訪れているようです≫


「まぁきっと軍の見回りが来たら不時着とか故障とかで言い訳してるんだろうな。カレッツァ帝国と銀河連邦との関係は? 」


≪カレッツァは現在銀河連邦加入申請中では有りますが隣国からの圧力と意義申し立てにより決議は難行しております。未加入の為、連邦法適用外ですので重刑指名手配犯以外は拘束される事は無いかと≫


「了解。ホバーサイクル反重力バイクの自己修正メンテアプリを起動しておいてくれ。身体がベタベタで気分が晴れないから水浴びしてくる」


≪では、お出かけ前にわたくしとの脳内リンクだけお願い致します≫


「了解――― 」


<どうだ? これでいいか?>


 小さなブレスレットを手首に装着すると、口に出さずに自分の脳裏でマザーに声を掛けてみる。


≪はいクリアです――― ≫


<溺れたら直ぐに呼ぶからな。ちゃんと助けてくれよ? >


≪ご冗談を――― ≫






 船外へと足を延ばし久しぶりの地表との対面を果たす。深く深呼吸をすると軽い眩暈を起こした―――


≪心拍上昇確認――― 如何されましたかマスター? ≫


<大丈夫。久しぶりの大気とこの日差しだからかな、眩暈を起こして…… >


≪―――了 いくら純血種デイウォーカーいえどもマスターは…… ≫


<分かってる――― >


 外気温は少し暑く感じる程度。チャプンと足首を水面に潜らすと少し温い透明感溢れる水滴が白い肌を余計に輝かせた。


 鈍く銀光を放つ機体はグリニス=ブリワンクス社製のデルタ型TR-VBetaトライアングルブイベータという機体で、かなりの骨董品だがその美しい姿に目を奪われ、今はすっかり虜になってしまっていた。


 TR-bアストラと云う初代の型は地球人種との共同開発で製作された機体であったとされ、プラズマ推進方式の小型原子力エンジンで故障にも強く、単純構造でメンテもし易かった等の利点も多かったが、小型で非力が故にいつの間にか廃れてしまった機体だったらしい。


 その何代目かの後継機が大きくなって生まれ変わったのがこのVBetaという型だ―――

 

 今回搭載された推進ユニットは、古い時代物だが馴染みのジャンク屋のオヤジの手に因って改造が施された代物だ。地表から宇宙空間へ翼を広げるには核反物質パルスエンジン(反物質爆式核パルス推進)を使い、宇宙空間ではイオンスラスターエンジンに切り替え航行する。余り詳しくはないが、イオンスラスターは推力密度が低いことや作動環境が真空中に限られる為、惑星からの打ち上げに使うことは出来無いらしい……


「じゃあオヤジ‼ パワー不足なら次元侵入ショートダイブワープなんて出来ないじゃねぇか」


「まぁ待てや嬢ちゃん、その辺は企業秘密って事でアップグレードしといてやるぞい。しかも聞いて驚くなよ、無料でじゃ――― 」


「むっ‼ 無料で⁉ いいのかよ、嘘じゃねぇだろうな? 」


「嘘なもんか。だがな…… お前さん次第ってとこだなグヒヒ」


 ―――チッ……

(思い出しただけでも反吐が出る…… )


 現在どちらもこの形式のエンジンは宇宙機法に則り搭載が禁止されてしまっている。


 ―――金さえあればもう少し高出力のエンジンが買えるんだが……


 短距離の次元侵入ショートダイブワープならいざ知らず、ロングレンジの超次元侵入連続ワープには力が足りない……


 服を全て脱ぎ捨て水面に飛沫を上げる。飛び込んだ世界が水面下で広がりを見せると、空からの美しい光が水中を漂っていた。モヤモヤした感情が洗い流されけがされた身体を清めると、不図ふと、実験室から逃げたあの日の映像が浮かび上がって来た―――


―――まだ安心は出来ない。

 

出来るだけ遠くに行かなければ―――


≪フライングフォックス射出――― ≫


<どうした…… マザー>


≪マスター護衛の為、蝙蝠こうもりをお供させます≫


<分かった――― >

 水中から顔を出し蝙蝠を凝視みつめる。


 蝙蝠とは昼夜問わず飛行可能な武装AIドローン型の超小型哨戒機の事を指し、アイリンクをすることで、蝙蝠が見た映像を脳内で共有出来る。その姿形は手触りに至るまで本物と疑う程に精巧に作り込まれており、一見してドローンなどとは到底思えない程の仕上がりを見せていた。


 そんなリンクしたばかりのドローンからの映像が脳裏に届く―――


 慌てて水面から顔を出し目線を投げると、何者かがバシャバシャと水面で消魂けたたましい音を立てている。


「なっなんだ⁉ あれって俺の服じゃないか? マザーあれは一体…… 」


≪あらいぐまですね。マスターの服を洗濯してくれているようです≫






「はあぁぁぁぁ⁉ 」

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