二十八人目 黒い紙
玄関前の扉に名刺ほどの大きさの黒い紙が貼られるようになったのは、半年前のことだった。
最初こそ不気味だったものの、一週間もすると慣れてしまい、一ヶ月もすると貼られてない日は不安を覚えるまでになってしまった。
この黒い紙は帰宅時に現れ、朝の出勤には消えている。黒い紙はいつも決まって、覗き穴を塞ぐように貼られている。
なにより不気味なのはどうやって貼られているのか、分からないということだ。
一度、黒い紙を手に取ったが、テープを使ってる様子もなく、かといって裏側がべたべたしている様子もない。
不思議に思って部屋の壁、冷蔵庫、窓、鏡、とありとあらゆる場所に黒い紙を貼ってみたが、力なく床に落ちるだけであった。
一番、不思議なのは、その時の黒い紙をテーブルの上に置いたのだが、帰宅すると黒い紙はどこにもなかった。
そして黒い紙は玄関の覗き穴を塞ぐように貼られている。
侵入者を疑った私は、再度、黒い紙を剥がしてテーブルに置き、玄関と窓に細工をした。
その結果、侵入者ではないことが判明した。
侵入者であるかどうか分かるよう、細工していたものが壊れていなかったからだ。
ならば黒い紙を定期入れに入れてみた。ここならなくさないだろうと思ったからだ。
しかし、一日過ごすと黒い紙のことはいつの間にか記憶から消え、玄関の覗き穴を塞ぐように貼られた黒い紙によって記憶の引き出しが開かれる。
定期入れの中に黒い紙はない。
次の日も同じことを試そうとしたが、玄関の覗き穴を塞ぐように貼られる黒い紙を見るまで思い出すことはないのだ。
そうして私は今、黒い紙と共に日々を過ごしている。
酒を片手に本を読んでいた時、私はひとつのことを試していなかったことに思い至った。
缶をテーブルの上に置き、玄関に向かい、出ている靴を適当に履いて外に出た。
黒い紙は覗き穴を塞ぐように貼られている。私は黒い紙を剥がした。
そうして中に入ると、おもむろに黒い紙を破った。
破った、と言って良いのか分からない、なんとも言えぬ心地だった。
裂いた、と言った方がいいのか、私が紙だと思っていたものは、髪だったのだ。
手の中で解けたそれは動揺した私の手により玄関の床に散らばり、そして、その場で消えてしまった。
以来、黒い紙は貼られなくなった。
それでも私は今も、あの感触を忘れることができないでいる。
肌に馴染むような手触りの、手の中で解けたあの紙だったものの感触を思い出す時、手の震えが止まらない。
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