14 鳳凰暦2020年4月11日 土曜日午前 小鬼ダンジョンほか、学生食堂など


 私――浦上姫乃は7時半開始の寮の朝食を朝一番に食べて、それから準備をして、8時を少し過ぎた頃、小鬼ダンジョンへと入った。普通は9時ぐらいからのスタートだと外村から聞いていたので、早い時間に挑戦したかった。未熟な姿をさらけ出すのが恥ずかしいという気持ちもあったのは否定できない。


 自分から強く願って、ソロで。


 もちろん不安はあるが、それが自分を成長させると信じてもいる。

 装備は得意の弓ではなく、ショートソード。冴羽先生に相談して、うまく刃を立てられていないからゴブリンを倒すのに時間がかかっていると教えてもらった。

 ついショートボウの訓練ばかりになってしまうのを反省して、昨日のゴブイチの後は、訓練場でショートソードの素振りを繰り返した。

 訓練場で鈴木に会えたら、初日の発言を謝ろうかと思っていたが、昨日は鈴木がいなかった。こういうのは、そうしようと思った瞬間を逃すと、たぶんもう難しいだろう。設楽の言う、黒歴史、というヤツになるのだ。


 それからギルドで、スモールバックラーシールドをレンタルした。平坂の戦闘のイメージに影響されたのは間違いない。それを自覚して自分で自分を笑った。


 昨夜、読み込んだガイダンスブック。自己責任となるダンジョンの中で、安全のために設定されている戦闘回数の制限。

 初心者は、ゴブリン5匹分までダンジョンを奥へと進み、そこから折り返すように、と書かれてあった。戦闘回数の限界は10回なので、行きで5匹、帰りで5匹が期待できる最大値となる。

 スタミナ切れの症状と、ダンジョンでその状態に陥る危険については、はっきりとガイダンスブックに書かれている。死ぬ可能性が高い、と。

 ダンジョンアタッカーの死亡事故は毎年無数に起きているし、このヨモ大附属でも、数年に一度は若い命が失われている。だからこそ、これは守るべき最低ラインだ。私はソロで自分を厳しく鍛えたいだけで、死にたい訳ではないのだから。


 とりあえずの目標はゴブリンの魔石100個の納品と、それで認められるスキル講習の権利獲得だ。パーティーなら魔石を分け合うのが普通だとガイダンスブックにあったが、ソロなら自分だけの物になる。おそらくそこはソロが有利になるはず。また、ゴブリンの魔石100個は、2層進出の目安でもある。

 最高の結果なら10日間、そうでなくともだいたい2週間で達成できる。

 私はそう考えて小鬼ダンジョンへと身を投じた。


 1匹目の戦闘はとにかく、スモールバックラーシールドでゴブリンの攻撃を受け止めることに慣れることを意識して戦った。攻撃回数は4回、素振りの成果はまだない。ゴブリンは子どものような身長をしているが、棍棒を振り下ろす力は子どもよりもずっと強いと感じた。見た目でモンスターを判断してはいけないとガイダンスブックに書いてあったことを実感できた。


 2匹目は盾の扱いに慣れたので、攻撃力を高めようとショートソードの振り下ろしに力を込めた。こっちが盾でゴブリンの棍棒を受けるとほぼ同時にショートソードを振るう。ゴブリンは盾がないので直撃だ。4回ずつ攻撃し合って、倒した。3匹目も同じ。


 4匹目からはショートソードの攻撃が3回で倒せるようになった。私は成長が早いのかもしれない。

 でも、5匹目も同じ。そこから折り返して、しばらくゴブリンには遭わず、出口までにあと2匹倒して、合計7つの魔石を手にダンジョンを出た。


 ダンジョンを出る瞬間のあの不快感を抜け出た時に少しだけ涙が出た。今、私は生きている実感がある。無意識に泣いてしまったので、誰かに見られてないかと不安になったが、まだ8時42分で、誰もいない時間だった。


 まずは魔石をギルドに納品して換金しようとギルドへ向かった。


 しかし、ギルドはシャッターが下りていて、営業は9時半からだった。私は外村が9時ぐらいからダンジョンに入ると言っていた本当の理由を理解した。物事にはちゃんと理由があるのだ。


 ガイダンスブックを確認すると、ギルドの営業時間もちゃんと書いてあった。そこで訓練場についても確認すると、休日の利用は8時半からだったので、私は訓練場へと向かった。

 ダンジョンを出たばかりで興奮状態にあったからか、私はメイスではなくショートソードだというのに、昨日見た平坂の動きをなぞるような素振りを繰り返した。ショートソードではあれと同じ結果にはならないかもしれないと気づいて恥ずかしくなってからは、移動してショートボウの練習を繰り返すことで心を落ち着かせた。


 やっぱり弓はいい。爽快感が違う。


 気分もすっきりしたところで、ギルドへ行く。魔石を納品して換金し、700円がダンジョンカードに貯まった。


 ダンジョン科ではない普通の高校からダンジョンアタッカーになれるのは18歳になってからだ。初心者は18歳でも今の私と同じように、1度のダンジョンアタックで700円ぐらいしか稼げない。コンビニのアルバイトの時給より安い。だから、アルバイトをしながら、ダンジョンアタッカーを続けるらしい。結果として、泣かず飛ばずで、そのままフリーターになる人が多いという。

 今の私は、アルバイトがしたくなる18歳のダンジョンアタッカー初心者の気持ちがよくわかる気がした。命を懸けた対価として、これは安過ぎる。


 それでもトップランカーたちの何億という年収に、人は目がくらんでしまうのだ。そんな人はごく一部だという事実に気づくことすらできずに。


 既に学生食堂はオープンしている時間だ。私は少し早いが、昼食を食べることにした。

 食券販売機の前で、少しだけ悩む。うどんが150円で一番安く、一番高くても500円のとんかつ定食か、大盛カツカレーか、というお財布に……いや、ダンジョンカードに優しい食堂だ。一番気になるのは、おつゆがなくなるざるうどんが200円と、うどんよりも50円ほど高くなる理由がよくわからないことだ。とても不思議だ。

 私は250円の野菜炒め定食を選んで食べた。


「聞いたか、1年で武器ロストが出たってよ」

「うぉ、マジか。かわいそーに。親が多めに最初の入金をしてくれてりゃ、いいけどな」

「そうじゃなかったら、退学RTAまっしぐらだな」


 先輩たちがそんな話をしていたのをぼんやりと聞きながら、寮に戻ったら座学の勉強もしっかりと積み重ねようと考えていた。




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