12 鳳凰暦2020年4月12日 日曜日 小鬼ダンジョン 3層 隠し部屋(4)


「立てるなら、あっちに行こうか。椅子があるし」

「椅子?」


 そう言われてわたしは立ち上がり、鈴木さんが示した方向を見ました。


「たっ! 宝箱っっ! えっ!」

「あれは椅子。宝箱に見える椅子だから」

「そ、そうなのですか?」


 その言葉通り、鈴木さんは宝箱の右側に座って、わたしを左側へと促します。あれ? 宝箱の上にキッチンタイマーですか? なぜこのようなところに?


「キッチンタイマーがどうしてここに?」

「持ってきた」

「へ?」

「さっきの、ボスモンスターが5分でリポップするから。ゆっくり休憩できる時間を測るため。休憩し過ぎて油断するとさっきの岡山さんみたいにフィアーを喰らうし」

「油断してない場合、鈴木さんは恐怖状態にならないということですか? あ、いえ、そうですね。そのまま倒してしまわれたのですから」


 鈴木さんの戦闘、見たかったですね。それどころではありませんでしたが。


「ここはボス部屋なのですか?」

「いや、隠し部屋」

「それでは、ボスモンスターではないのでは?」

「ボス部屋に、あいつと全く同じモンスターがいるから。まあ、厳密に言えば岡山さんの言う通り、ボスモンスターではないかな。でも、魔石も、ドロップする武器も、同じ。別にボスだろうがそうでなかろうが関係ないかな。次は、広島さんも一撃入れてみよう。背中側からどこでもいいから殴る」

「岡山です。背中側から? あの、恐怖状態になったら……」

「大丈夫。リポップしてから5秒間は動かない。その隙に1発だけ殴って逃げる」

「動かないのですか?」

「さっきと同じで、僕たちが入ってきた隠し扉から見て、宝箱を守るように立つから、こっち側で立って待てばいい。で、殴ったら、バックステップで宝箱の真ん前に」

「宝箱?」

「あ、椅子だった」

「本当は宝箱なのですね?」

「……あははははは」

「笑いがわざとらしいです」

「まあ、実は、この宝箱を開けるとこの部屋でボスがリポップしなくなるから、椅子だと思って開けないようにしないとダメなんだ」

「そうなのですか? どうしてそのようなことが鈴木さんにはわかるのですか?」

「今から時間はたっぷりあるから、ゆっくり話すのは後で」

「ゆっくり? 時間がある?」

「寮の門限は原則19時だったよな?」

「はい」

「なら、ここのラストは18時、っと15分にしようか。それで間に合うはず」


 わたしは腕時計を見ました。今、10時54分です。


「……ここでリポップを待ちつつ、18時15分までのおよそ7時間ずっと、戦い続けるということでしょうか?」

「だな」

「滅茶苦茶です……」

「でも、それくらいやらないと、借金を返せないと思う。実際、僕はそうして、さっきの魔石を稼いだんだから」

「……鈴木さんは、この部屋の秘密を知っていたから、わたしの退学を防げると考えたのですね?」

「うん」

「それなら、わたしは鈴木さんに従うだけです」


 ピピピっ、ピピピっ、と鳴ったキッチンタイマーを鈴木さんが止めました。


「準備するから。さっき言われた位置でメイスの素振りを」

「はい」

「合図したら攻撃してバックステップ」

「はい」


 それで話は終わって、鈴木さんは私の右側前方に位置します。

 メイスの素振りをします。ショートソードと比べると、ずいぶん軽い気がします。……どう考えてもメイスの方が構造的に重いはずなのですが?

 わたしが不思議に思って首を傾げていると、目の前の足元に魔法陣が現れ、黒いもやのようなものが噴出して、渦を巻き、竜巻のように上昇していきます。そのもやの中に、さっき見た大きなゴブリンがうっすらと姿を見せ、それが少しずつ色を増していきました。

 ぶるり、と一度、震えがきました。コレの叫びに、さっきはまともに動けなくなったのです。怖さはあります。その怖さを受け止めなければなりません。

 今からわたしがするのは、ごくごく簡単なことです。鈴木さんに言われた、1発殴ってバックステップ。それだけです。できます。できるはずです。


「スタートっ!」


 わたしはメイスをボスの背中に振り下ろしました。びっくりするほどいい感触、というのも変ですが、しっかりダメージが入った気がしました。そしてバックステップ――。


「うっ……ひゃあっっ」


 バックステップが思っていた以上に大きくなり、そのせいでかかとやふくらはぎが宝箱の側面に当たってしまい、そのまま背中から宝箱の上にいわゆるブリッジの姿勢になるように転倒して、さらには宝箱の向こう側へと後転しつつ落ちてしまいました。


 ……もちろん、わざとではありません。


 駆け付けてくれた鈴木さんが、何かを拾いつつ、わたしの手を取って引き寄せ、立たせてくれました。ああ、こんなシーンが『ドキ☆ラブ』にもあった気がします。でも、さすがに後転はしてなかったかと思います。ダンジョンの神様はほんの少しいじわるなのでしょう。


「はい、眼鏡」

「あ、ありがとうございます」


 わたしは受け取った眼鏡を慌ててかけました。素顔を見られてしまいました。恥ずかし過ぎます。

 でも、もう認めてしまっても、いいのかもしれません。たとえそれが勘違いだったとしても、これはもうきっと、恋なのでしょうから。


「また、鈴木さんの戦闘を見逃しました」

「次は気をつけてれば?」

「そうします」


 この日は、本当に、夕方まで、この部屋でボスを狩り続けました。最後の3回は、わたしの単独戦闘というとんでもない地獄の特訓が待ち受けているとは、教えてくれなかったダンジョンの神様を恨みたいと思います。神様は恨んだとしても、鈴木さんのこの厳しさはきっとわたしへの愛なので受け止めます。


 そして、鈴木さんが話してくれた、この3日間の真実。偶然とはいえ、わたしの不幸の原因が鈴木さんにあるかもしれないこと。そして、今朝、助けてくださった後のこの部屋での出来事と、わたしを鍵呼ばわりした理由。衝撃的でしたが、自身の不利になることを正直に話してくださった姿にわたしはますます……。


 他にも、実は戦闘中に寝ていても同じ場所にいるだけでその人が強化されてしまうこと、それをさっきまでのわたしの、何もない通路で転んだり、思ったよりもフィアーからの回復が早かったり、宝箱で後転したりしたことから確信したそうです。


 暇になるボス戦の合間の時間に岡山ブートキャンプとか鈴木さんが言い出してしまい、素振りやダッシュ、反復横跳びなど、トレーニング的な動きをわたしにさせることで、強化された運動能力と、わたしがわたし自身に対して持っている運動能力のイメージを修正するなど、鈴木さんは本当にすごい人です。だって、わたし、ボス、倒してしまいましたから。


 もちろん、いいところばかりではありません。

 何度目かの戦闘をこなすと、呼吸が荒く、動きが辛くなる瞬間がありました。その時には「これ、飲んで」と渡されて、言われた通りに飲むと体が楽になっていくのです。

 わたしがすごいです、すごいですと喜んで、その後も体調がおかしくなる度に飲ませてくださいました。時々、鈴木さんも飲んでいましたので、特に疑問には思いませんでした。


 ところが、これでこの部屋を出る、という時に、「ああ、あれ、スタポ。1本1万円だから。今日は6本飲んだよな? だから6万円の貸し」と言ったのです!


 もしも鈴木さんのことを好きになってしまっていなかったら、きっと「詐欺です」と叫んだことでしょう。でも、今は、その借金さえも、鈴木さんとの繋がりのようで、嬉しく思ってしまう自分がいて、しかもそんな自分が自分で好きなのですから、どうしようもありません。


 ダンジョンは、ナチュラルな吊橋効果を発揮しているのではないでしょうか。夏休みの課題研究のテーマにしてみるのもおもしろいかもしれません。その時は参考資料として『ドキ☆ラブ』を堂々と学校に持ち込みましょう。


 その前に、退学の危機を回避しなければなりません。退学すると鈴木さんとは離れ離れです。そんなことには絶対になりたくありません。なんとかしたいと思いつつもどこかあきらめていた、今朝までのわたしはもういません。


 でも、隠し部屋を出たら実は3層だと教えられ、無駄に装飾された最奥のボス部屋に入り、さっきまで何度も倒していたボスを改めて別の部屋で倒して、転移陣で入口へと戻りました。

 わたし、小鬼ダンジョンをクリアしてしまいました。

 それなら、たかが15万円の借金なんて、どうとでもなるような気がしませんか?


 わたしは鈴木さんに送られて女子寮へと歩きながら、鈴木さんとの出会いに、心から、心から感謝を致しました。


 明日も朝7時45分から、小鬼ダンジョン前広場に集合です。朝から鈴木さんと! 朝練だそうです。もう、今夜は眠れるのでしょうか? 今から明日が楽しみでなりません。そんなことを思ったのは、この高校に入って、初めてのことでした。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る