第19話 剣聖帝王

 シオンを残し、宿の外に飛び出したイリス。


「くっ! 六翼盾!!」


 その瞬間を待ち侘びていたかのように、弾丸の雨が降り注ぐ。

 即座に障壁を展開し、敵の人数を把握する。


「20……30……大体35人ってところかな」


 そして、弾道から狙撃手たちの位置を全て把握する。

 敵は隊列を組み、弾切れの隙を無くす陣形を構築していた。

 恐らく、絶え間ない狙撃で足止めし、その隙に近接部隊がこちらにやってくる手筈なのだろう。


「狙撃部隊だけで、これだけの人数……シオンを裏口から逃がそうとしたの、間違いだった……?」


 イリスは、自分の策が間違いだったのではないかと不安になる。

 シオン1人であれば、逃げ遅れた街の人として保護してもらえるかもしれないと思っての策だった。

 しかし、敵はイリスを本気で捕縛、あるいは殺害しようとしている。

 彼女が敵に保護され、イリスと関係があると分かれば、彼女の身に何が起きるか分からない。


「──大丈夫。その前に、全員殺して、シオンと合流する!」


 そんな不安を振り切り、イリスは攻めに転じるため、弾丸の雨が止む瞬間を待ち続ける。

 そして、彼女が待ち続けていた、第一隊の弾切れと第二隊の狙撃開始の一瞬の隙が訪れる。


「五翼弦!!」


 盾を解除し、全方位に弦を張り巡らせ、狙撃隊を切り裂く。


「──ああ、お前なら絶対にそうすると思ったぜ」


「っ!? 六翼盾……!!」


 血の雨が降り注ぐ中、イリスの背後から、冷たく鋭い殺気を感じる。

 咄嗟に、葬具の形態を盾へと変化させる。


「遅えんだよ」


 だが、それよりも速く、凶刃はイリスの首元に迫る。

 無理矢理に身体を捻り、どうにか刃を躱した彼女は、剣を持つ手を蹴り上げ、一歩後ろに退く。


「一翼刃!!」


 そして、葬具の形態を盾ではなく、刃に変化させ、振り下ろされた一閃を防ぐ。

 二人の刃がせめぎ合い、ギリギリと音を立てながら、火花が散る。


「……お久しぶりです、クレス兄さん。随分なご挨拶ですね」


「国も立場も捨てて逃げたガキには、ちょうどいい挨拶だろ」


 再会の挨拶と同時、クレスの剣が弾かれると同時、イリスの脇腹に重たい蹴りが加えられた。


「ぐふっ……二翼斧!」


 霊魔種との戦いで負った傷が完治していないイリスの身体に、二重の激痛が走る。

 だが、痛みで動きを止めるわけにはいかない。

 戦斧を振り下ろし、地面を叩き割る。

 轟音と共に、大地は砕け、土煙が舞う。

 イリスは、砂塵の中に姿を隠し、一旦、クレスとの距離を取ろうと考える。


「甘えんだよ」


「くっ……!」


 そんな彼女の考えごと、クレスは砂塵を切り裂いた。

 彼の一閃は空を裂き、周囲の建物は真っ二つに切り裂かれる。

 しかし、その先にイリスの姿はなかった。


「逃げ足だけは速くなったみたいだな」


 クレスは特に驚いた様子もなく、背後に刃を振るった。

 その刃は、クレスの脳天を狙っていた弾丸を切り裂く。

 崩壊する建物の影から、死角を狙って放たれる弾丸の悉くを、彼は切り刻んでいく。


「だが……何だ、その戦い方は? お前はそんな行儀の良い戦い方をする女だったか?」


 そして、クレスは冷たい殺気を放ちながら、倒れてくる建物を全て切り刻む。

 姿を隠し、遠距離攻撃に徹していたイリスの姿を暴くために。


「あなたは相変わらず、デリカシーの欠片もないみたいね。純粋無垢な乙女に向かってさぁ……!」


 粉々になった瓦礫の雨の中、全方位に張り巡らせた弦を足場に、クレスに向かって急接近する。

 移動速度も大したことのない、単純な軌道。

 あまりにも愚かな攻撃。

 まるで、殺してくださいと言わんばかりの行為だが、そういった行為には大抵何か狙いがある。

 クレスは、多少の警戒心を持って、イリスの動きを注視する。

 一直線に飛来するイリスの手には、一翼刃が握られていた。

 そして、彼女が刃を振り抜こうとする姿を見て、クレスは肩を落とす。


「どうやら、何の狙いもなかったらしいな。こんな雑魚、生かして捕らえる価値もない。ここで殺してやる!」


 呆れ果てた様子で剣を構え、イリスの首を切り落とそうとしたその時。


「は……?」


 クレスの眼前、彼女の直上に空気の弾丸が飛来し、イリスの身体に激突する。

 イリスは、彼に急接近する直前、空気の弾丸を空中に撃ち出していた。

 このタイミングで、彼女にいる位置に落下してくるように計算して。


「あぁぁぁ!! 黒翼一塵(プレアデス)!!」


 地面に叩きつけられることで、完全な死角に逃れた彼女は、刃を振りぬく。

 クレスの予想外の方法、タイミングで死角に移動できた今、この好機を逃すわけにはいかない。

 放たれし技は、一閃する間に、最高速で六連撃を叩き込む、彼女の奥義の一つ。

 反理銀翼の元になった葬具の一つ、「黒翼一刃(プレアデス)」名を冠する技。

 この技で、イリスは戦場を駆け抜け、多くの敵を切り裂いた。

 どんな状況、どんな体勢でも、確実に命中させてきた。

 だが、それは今よりもコンディションの良い時、クレスの足元にも及ばない相手に放った時の話だ。


「上等だ……!!」


 クレスは、楽しそうに笑いながら、本能だけで、死角から放たれた一撃目を受け流す。

 ギリギリの回避。クレスの頬には小さな傷が出来るが、そんなことはどうでもよかった。

 気にする前に、次の一撃がやってくる。

 だが、死角から放たれた一撃目さえ受けきることが出来れば、後の連撃は、ただ速いだけの剣閃でしかない。

 最後の一撃に合わせ、クレスは全力で剣を振るい、彼女の放った一撃を弾き返す。


「う、そ……」


 刃を上に跳ね上げられたことで、イリスの胴体は完全にがら空きになる。


「嘘じゃねえよ。俺の異名、忘れたわけじゃねえよな?」


 クレスは、容赦なくイリスの胴体を切り裂いた。


「俺は、剣聖帝王(けんせいていおう)クレス・ラスティア。お前ごときが、剣技で俺に叶うわけねえだろ」


 腹部から血を流し、地面に崩れ落ちる彼女を、クレスは頬の傷から流れる血を拭いながら、冷たい目で見つめていた。

 しかし、彼の言葉も、その視線も、イリスには届かなかった。

 自分の技が完全に破られた挙句、致命的な傷を負ってしまった。

 咄嗟に身体を後ろに引いたとはいえ傷は深く、これまでの戦闘で、霊魔種との戦いで負った傷も開いた。

 このままでは、遅かれ早かれ自分は死ぬ。

 シオンとの約束も果たせない。

 やっと、ただのイリスとして自由に生きていけるところだったのに。

 血が流れ、意識が遠退く。

 薄れゆく意識を、怨嗟の声が満たしていく。


「……あはっ」


 気が付くと、イリスは笑っていた。

 地面を染める鮮血に、薄氷の上を歩くような命のやり取りに、興奮が止まらない。

 鼓動が跳ね上がり、狂気いしきが覚醒していく。


「──六翼盾」


 そして、イリスは葬具をクレスの背後に放り投げ、指を鳴らす。

 その瞬間、刃は光の障壁となって、彼をイリスの方へと強引に押し出した。


「ちっ……!」


「はははっ!! 三翼拳!!」


 広範囲に展開された障壁を避ける術はなく、イリスの拳が、クレスに直撃する。

 間一髪で彼女の拳は剣で受け止められたが、その衝撃までは受け止めきれなかった。

 後方に吹き飛ばされたクレスは、自分の身体に巻きつけられた弦に気が付く。

 しかし、断ち切る前に、空中に放り投げられる。

 その先には、戦斧を振り上げるイリスがいた。


「落ちろ!」


「っ!」


 どれだけクレスの剣技が卓越したものだとしても、空中で体勢を立て直す暇もないこの状況では、防御姿勢を取ることで精一杯だった。

 刃同士がぶつかる音が響いた直後、クレスの身体は、隕石のように地面に叩きつけられた。

 砕けた地面の中心で、空を見上げる。


「ようやく、戻ってきたか。葬銀天死(タナトス・アルギュロス)イリス・ラスティア」


純粋な狂笑を浮かべる白銀の死天使は、美しい青空の中に静かに佇んでいた。

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